EP.040 鬼子母神を討てⅣ/暁の兆し


「──HMBユニット。これが、母体型ガイストを倒すことができる切り札だ」


 ブリーフィングの再会と同時に、その場へ集った軍人達へ、クロウは告げた。


 それを聞いてブリーフィングルームの中では、ざわめきが起こる。


 一様に黒髪の少年へ視線を向ける軍人達。


 そのほとんどが胡乱気な、ありていに言えばクロウを疑うような眼差しを向けてくる中、代表してラストがクロウへ問いを発した。


「……HMBユニットってのは、確かいま工房で試験が行われているやつだったか。遺構都市からデータをサルベージしたとは聞いていたが、だがな、クロウ。それってFOFを四機運ぶための輸送機だろ。それがいったいどうして母体型ガイストを倒す切り札になるんだよ……」


 HMBユニット──高機動増強加速輸送機ハイモビリティ・ブースターユニットと名付けられたそれが……はっきり言えば超高速でFOFを運ぶ以外に使いようのない輸送機であることをラストは知っていた。


 飛行不可能なFOFも高速で運べるという点は便利だが、一方で最大搭載機数が四機と少なく、そのくせ一回使用したら二度と再利用できない使い切りの兵器と言うこともあって、周辺諸都市とたいした対立も抱えていないカメロットでは無用の長物と化していたものだ。


「よしんば、それで母体型ガイストに取り付けたとして、あいつをどうやって倒すつもりだ? まさかあのガイストの腹の中に入っていって内側から壊すとか言うんじゃねえだろうな?」


 半ばジョークとしてラストが告げた言葉に、しかしクロウは感心の表情を浮かべ、


「さすがだな、ラスト。その通りだよ」


「は?」


 首肯するクロウを見て、唖然と目を見開くラスト。


「おいおいおい、冗談だろ、クロウ。あの母体型ガイストだぞ? 全長60kmとか言うバカでかいガイストの腹の中にたかだか四機のFOFで入っていってもどうにもならないだろ⁉」


 ラストとしては、当然のことを主張したつもりだった。


 だが、クロウが返してきた表情は、逆に彼の言動へ呆れたようなそれだ。


「何言っているんだ、ラスト。あの母体型ガイストは、?」


 まるでトンチのようなクロウの物言い。


 それにまたもラストはポカンとした表情を浮かべたが、すぐに彼は気づく。


「おい、まさか──」


 ラストの呟きに、クロウが我が意を得たり、というように頷く。


「そうだ。あの母体型ガイストもガイストである以上──


 クロウの呟きにブリーフィングルーム内ではまたもざわめきが起こった。


 しかし今度のそれは胡乱な表情をはらんだものではない。


 むしろ逆、希望が見いだせたからこそのざわめきだ。


「……言われて見ればそうだな、おい。あのデカさで忘れていたが、母体型ガイストも、ガイストなんだ。それならばコアがあるに決まっている……」


 ガイストというのはおおむねにおいて、コアを持つ。


 このコアを中心にエーテルナノセルという細胞上のナノマシンによって半機械半生物的な肉体を構成するというのが基本だ。


 そしてガイストというのは、おおむねコアを破壊されると活動を停止するもの。


 母体型ガイストと言えど、その原則に変わりはない。


「母体型ガイストはあの巨体だから、普通のガイストとは違って二つのコアが存在している。どちらのコアからもエネルギーが供給されているうえに、片方を壊しても、もう片方からのエネルギー供給で復活しちまうってのが難点だが──」


「──逆に言えば両方を壊せば、母体型ガイストを倒すことができる」


 クロウの言葉を引き継いで、告げたラスト。


「そうだ。んで、それをするために必要なのは数じゃない。母体型ガイストの中に入り込み、その途中にいる母体型を守る他のガイスト達を倒しながら、コアのところまで到達し、それを破壊するだけの腕を持った──凄腕のFOF乗りだ」


 言って、クロウはラストを見た。


 同時にラストもクロウを見返す。


 いまのシティ〝カメロット〟でクロウが告げたことをできるFOF乗りは、そのクロウ自身とラストの二人だけ。


 逆に言えば、この二人が母体型ガイストに到達することさえできれば、母体型ガイストを倒すことができるのだ。


「そういうことか、クロウ。俺とお前でHMBユニットに乗り込んで、母体型ガイストに張り付くことさえできれば、あのデカブツを倒すことができる」


 ラストの言葉こそが、答えだった。


 なすすべもなく滅ぼされると思っていた事態に光明が見えた。それまで暗く沈んでいたブリーフィングルームの中に活気が戻り、軍人達がにわかに浮足立つ。


 そんな軍人達を見渡して、クロウも満足げな笑みを浮かべた。そして──


「あーでもな、ラスト。この方法には一つ問題があるんだ」


「ん? なんだ、何でも言ってくれ。あの母体型を倒せるのならば、なんだってしてやる」


 ようやっと光明が見えた状況だ。それをなんとかするためならば、いくらでも困難を打破してやる、と請け負うラストに、そこでクロウはなぜか申し訳なさそうな表情を浮かべて、


「……実を言うとな、このHMBユニットには──単体で母体型ガイストに張り付くことができないんだよ」


「は?」


 笑顔を浮かべたまま固まるラスト。そんなラストを見てクロウは後頭部を掻く仕草をした。


「まー、その、あれだ。HMBユニットあくまで輸送機だから……母体型ガイストが展開しているエーテルシールドを突破する機能を持っていない」


「ダメじゃねえかよッッッ⁉」


 せっかく光明が見えたと思ったら、特大の落とし穴が待っていた。その事実にラストはがっくりと肩を落とす。


「シールドを超えられないって、それじゃあダメだろ。母体型ガイストに張り付いてコアを壊すって話なのに、その前提が崩れちまうじゃねえか」


「……まー、だから、その方法をプロの軍人さん達と相談したいなあ~、というわけでして」


 クロウの言葉にラスト達軍人は、むっ、と眉根を寄せた。


 確かに解決法は提示されたのだ。ならば、それを実現するための手段を考えることこそラスト達、シティ〝カメロット〟を守る軍人達の仕事。


「つってもなあ、俺達のシティにあのデカブツのシールドを割る手段なんてあるわけが……」


 カメロットはほかの周辺都市に比べて軍事力を持つと言えどもしょせんは食糧生産系の弱小シティ。とてもではないが母体型ガイストのシールドを割る手段なんて持ち合わせているわけがない、とラストは判断した──のだが、


「いえ、一つだけ、その方法があります」


 ブリーフィングルームの中でそんな声が生じる。


 それを発したのはマリア・オーレイン──爆轟機士団の機士団長である女性だ。


「……? マリア。それは一体どういう意味だ……?」


「これは、本来国家機密であり、明かしてはならないものなのですが……このような状況です。やむを得ないでしょう」


 言いながらマリアが、ブリーフィンルームにある機器を操作する。


 そうして映し出されたのは、一つの兵器だ。


 巨大な……本当に巨大な砲だった。


 全長にして300メートル以上。


 母体型ガイストと比べたら小さく見えるが、それでもあのリヴァイアで暴威を振るったエーテルブラスターよりもさらに巨大な砲の映像をマリアが表示させた。


 それを見てラストがギョッと目を見開く。


「おいおい、嘘だろ。これって──」


「はい。エーテルビームカノンバスター──都市同盟の条約で保持が制限されている禁止級戦略兵器です」


 淡々と、マリアが告げる。


 それにラストは一瞬呼吸を忘れて、それを見た。


「……ガキが親に隠すにしては、あまりにもすぎる代物だぞ」


「そうですね。ですから、表向きは我がシティも保有していることを秘匿しているものです。本来ならば私を含め爆轟機士団の基幹要員数名しかその存在を知りません。もし他に知られたら、それだけでこのシティが攻め滅ぼされても同情はされないでしょうね」


 マリアはさらりとそう告げるが、軍人である彼女が告げるその意味はあまりにも大きい。


 ラストですら神妙な表情になって、マリアを見やり、


「そんなものを隠し持っていたこと、それを俺達鋼槍機士団側にも秘していたこと……まあ、いろいろと言いたいことはあるが、一つ問わせろ──これがあれば母体型ガイストのシールドを突破することができるんだな?」


 内心で様々な想いを巡らせながら、それでも軍人として聞くべきことを聞いたラスト。


 それに対しマリアもまた軍人として果たすべき責任を果たす。


「ええ。確実に」


 肯定の頷きを返すマリア。その上で、彼女は画面上に表示されたエーテルビームカノンバスターへ視線を向けた。


「むしろシールド割れないことが問題でした。これは一発を撃つのにシティのエーテルジェネレーターの四割に及ぶエネルギーを消費する代物です。それゆえ連発できないのはもちろんですが、それ以上に問題なのが四割ものエーテルを消費してジェネレーターが出力を堕とすということ。つまり──」


「──その分だけ、エーテル場が狭くなってガイストに近づかれるつーところか」


 シティ〝カメロット〟がガイスト達に取り囲まれていながらいまだ攻められないのは、カメロットが持つジェネレーターから放たれるエーテル場が、ガイストに有害だからだ。


 ガイスト達の持つコアは、ジェネレーターのエーテル場を受けるとその活動を著しく阻害される。それこそ母体型ガイストのようなそもそも膨大なエーテルを纏ったガイストでもない限り、そこらのガイストは基本的にシティ近辺に近づくことすらもままならないほどだ。


 それによって数百万というガイストに囲まれていながらも、カメロットはなんとか安全を保っているわけだが……カノンバスターを撃てばそうもいかなくなる。


「それだけでいますぐシティが攻め滅ばされることになるわけじゃない……だが、ガイストとシティの距離が近くなれば、いざという時シティ防衛の縦深がなくなっちまう……そうじゃなくてもガイストが接近するってのは、市民の不安を煽ることにつながる、か」


 軍人として、民心を守ることもまた仕事であるラストとしては、いかんともしがたい問題であった。それだけですぐに滅亡へ直結するわけではないが、シティとガイストの距離が近づくというのは、それだけで市民の不安を掻き立てることになるだろう。


 へたをすれば暴動が起こって、ガイストとの戦いどころじゃなくなる。それがラストにも想像できたからこそ、彼は苦り切った表情を浮かべるしかなかった。


「……総監レムテナントが命じれば市民感情を無視して、カノンバスターを使うことはできる。他の治安組織と協力すれば、暴動が起こっても抑えることはできるだろう。だが、それは──」





 ──シティの外と内で同時に戦争をするようなもんじゃねえか……。





 ラストの言葉が、ブリーフィングルームの中に重々しく響き渡った。


 せっかく見えた希望が、また遠ざかる──





     ☆





 誰も彼もが、クロウですらも作戦実行が難しいという状況に表情を暗くする中、ただひとり──ハルカだけが、別のことを考えていた。


(……問題点は、市民の理解を得られるかどうか──)


 作戦が実行できれば、カメロットの戦力だけでも母体型ガイストを倒すことができる。


 だが、それをするには市民に対して多大な犠牲を強いてしまう──要するに問題とされているのはそこだ。


 そのほかにもシティが秘密裡に抱え持っていた条約違反兵器を使用することをシティ上層部に納得させられるか、などもあるが──いまは、それを考える時ではない。


 重要なのは、シティの──ハルカにとって大切な故郷であるカメロットに住まう人々を安心させること。


 そして、それができるのは、


「──あの」


 ハルカが口を開いた。


 それにブリーフィングルームにいるすべての人間の視線が集まる。


 あまりの視線の数に一瞬ハルカは尻込みしそうなるが、しかしそれでも耐えた。


(こんな視線。ガイストの群れに真正面から突っ込んだ時より怖くありません)


 クロウのオペレーターとして一緒にFOFに乗り込み培った胆力。


 それによって気を持ち直したハルカは、ブリーフィングルーム内の人々に向かって告げる。


「市民の説得──それを、私に任せてくださいませんか?」


 覚悟をもった少女の瞳がそこにはあった。










────────────────────

Q.エーテルビームカノンバスターってなあに?

A.はどうほー


【爆轟機士団】

 またの名を〈バスター・ナイツ〉。シティ〝カメロット〟が二つ保有する機士団の内の片割れ。


 主に遠距離爆撃型のFOFを中心に配備された機士団であり、その任務としては爆撃によって前衛を務める鋼槍機士団の砲支援、他シティあるいはガイストがシティ近辺にまで接近した際、先制砲撃によってその機先を制する先制砲撃などを主に行うべく成立された……というのは表向きの話。


 実際はカメロットの支配圏にある遺構都市から偶然サルベージできた戦略兵器エーテルビームカノンバスターを運用するための特殊任務部隊であり、表向きの砲支援任務をカモフラージュにいざという時にカノンバスターを運用するための訓練や計画立案に努めてきた。


 このことは同じカメロット所属の鋼槍機士団にすら秘匿され、爆轟機士団内でも機関要員数名だけに共有されてきた国家機密であった。


 ひとえにこの事実が知られれば、それだけで他のシティから攻め込まれるゆえんとなりかねないことが理由であり、本来ならば条約違反として保有が禁止されているはずのそれを所有し運用するための部隊という性質はなにがなんでも隠さなければならないものだった。


 ……なお、それほどまでに強大なエーテルビームカノンバスターをなぜ、カメロットは欲し、これを秘密裏に運用しているのか。そのことについては爆轟機士団の機士達も知らされておらず、総監はじめシティ中枢の人間だけが知っているとされる。

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