第4章 困難への挑戦編
第1話 不可能な条件
森での仕事の翌日、朝イチの時間に俺は街道を駆けていた。目的地は、街の中心街から少し外れにある冒険者ギルドだ。
俺達が森の仕事で倒した魔物の素材を、冒険者ギルドに運んで買い取って貰うことにしたのだ。
鉱山より冒険者ギルドの方が、高く魔物素材を買い取ってくれると父から聞いた。
お使いで、魔物や素材を運んでくる子供もいるみたいだ。俺の年齢も上がってきたから、大丈夫だろうと父は判断した。
街の中心街を抜け、冒険者ギルドに着いた。木造だが、そこそこ大きな建物だ。ドアの上に掲げられた、金属製の冒険者ギルドを示す看板が人目を引く。
今日で冒険者ギルドに入るのは2回目だけど、少し緊張する。前回は父がいて、ギルド職員への顔通しなどしてくれた。でも、今日は一人だ。
ドアを開けると、ロビーにいる冒険者達が一瞬俺に視線を向ける。ちょっと怖いぞ。
屈強で精悍な体つきもそうだけど、モヒカンだったり、角のような尖った髪形だったりするのもビビる。ギードさんもそうだけど、冒険者の流行りなんだろうか。
でも、入ってきたのが子供だとわかると興味を失ったようだ。すぐに喧騒が戻る。
俺はカウンターの前に行き、先日話をした職員を探す。あ、いたいた。
「すみませーん。ダーシャさん、おはようございます」
俺が呼びかけると、一人の女性が振り向いた。目鼻立ちのはっきりした、長身でスタイルの良いお姉さんだ。
笑顔でカウンターに来てくれる。
「カイ君だったわね。今日は魔物を持ってきてくれたの?」
「はい。量が多いので、奥の広めの場所で渡すよう父から言われてるんですが」
「お父様からお話しを聞いているから大丈夫よ」
そして、ダーシャさんが案内してくれる。通路を歩き、扉を開けるとそこは広い倉庫だった。
「ここで出して良いわよ」
≪アイテムボックス≫
ダーシャさんに許可をもらったので、俺は昨日の魔物討伐の成果を床に出した。
キラーマウス10体、グリーンスライム8体、シャドウフロッグ5体、フライスネーク3体、レッドウルフ4体、ビックボア2体を出す。
「こ、これは……凄いわね。全て貴方が倒したの? それにこの容量が入る「アイテムボックス」持ち……」
「ええ、仲間と一緒にですが。あともう一体大きいのがあるので、少し離れてもらえますか」
≪アイテムボックス≫
俺はそう言って、最後の大物を出す。
ジャイアントベアが1体。立ち上がると、背丈が5mを越える熊の化け物だ。破壊力と防御力が凄くて、倒すのにかなりの時間をかけてしまった。
「すみません。まだ未熟なので、毛皮や肉がボロボロになってしまいました」
「す、す、すみませんじゃ無いわよーーーー!」
ダーシャさんが声を上げた。
「ご、御免なさい」
「もう、御免なさいでも無いわ。いえ、謝る必要は全く無いの。貴方のお父様が言う通り、カイ君が規格外であることを理解したから」
そう言って、腕組みをして考え込んでいる。
「カイ君。冒険者ギルドに来たら、必ず私を見つけて声をかけてね。カイ君の能力や状況を把握していない他の職員だと、トラブルになる可能性があるわ」
ダーシャさんが俺に忠告する。
そうなのか。確かに俺について理解してくれている人の方が、スムーズに進められそうだ。
そして魔物の状態が確認され、買い取り代金等の詳細が書かれた明細書をくれた。代金は後で、俺達の鉱山の口座に振り込んでくれるそうだ。
ダーシャさんと翌週以降のもろもろの話をした後、俺は冒険者ギルドのロビーに戻った。
落ち着いてロビーを見ると、壁に依頼書が張ってある。定番の「ゴブリンの巣を駆除」の依頼があったりするのだろうか。
少し興味が湧き、邪魔にならないようにしながら依頼書を見てみる。荷物運びや護衛、魔物の討伐など様々だな。
しばらく見ていると、目に留まった依頼があった。「月の聖女様の連絡先取得」と書いてある。
どうも、その聖女様と連絡を取りたい人が依頼を出しているみたいだ。月の聖女様は正体を隠していて、容易に連絡できないとのこと。
本人と直接連絡が成功したら、なんと金貨100枚を支払うそうだ。
月の聖女様? 何やら厨二病的なワードだな。これ本人が名乗っているとしたら、相当に恥ずかしいな。
俺は何となく気になりながらも、別の依頼書も確認して満足し、冒険者ギルドを後にした。
◇
そのまま鉱山の事務所までやってきた。父に用事が終わったら、早めに来るよう言われていたからな。
父に冒険者ギルドでもらった明細書を渡し、報告を済ませる。そして父と冒険者ギルドでの出来事について雑談をしていると、何やら外が騒々しい。
「時間通りだな。ほら、カイ、これから偉い人が来るからな。シャキッとするんだぞ」
「何の話? 偉い人って誰?」
「バルテナ町の領主だ」
そう言って、父がドアを開け外に出ていった。
窓から外を見る。装飾された立派なコカトリス車が建物の前に止まった。そして中から、いかにも高級そうな衣装を着た、30代に見える男性が降りてきた。
どう見ても貴族の当主といった雰囲気だ。この人が町の領主だろう。
続いて俺と同じぐらいの年だろうか、女の子が降りてくる。
遠目から見ても、貴族のお嬢様の気品を感じる。ただ恰好は立派な仕立てではあるが、外で活動するための服に見える。
領主と話をする父。しかし父は、堂々として自然にやり取りしてるようだ。
そして、その一団の何名かが部屋に入ってきた。俺はどうしたらいいんでしょうか。
「いやあ、肩の凝る会話は苦手だな。なあ、アードルフ」
父が領主に話しかける。
おえ! 貴族にタメ口ですか? 父が不敬罪で逮捕される件について。
「お前は……いつでも変わらないな。エリク」
何だか問題は無いようだ。そして少し会話を交わした後、父が俺の方を向く。
「息子のカイだ。森の魔物討伐担当の一員でもある」
「鉱員長エリクの息子、カイです。微力ながら、鉱山を魔物から守る任に当たっております」
貴族の挨拶はわからないから、直立不動で答えるしかない。
「私はアードルフ・バルテリンク。バルテナ町の領主をしている」
そう言って、領主のバルテリンク様は俺をじっと見つめた。何だかすべてを見透かされてしまいそうな目だ。
「ふうむ、報告書の通り、利発そうな子だな。引き続き励むように」
そうバルテリンク様が俺に言う。良かった。大丈夫だったみたい。
すると後ろに控えていた女の子が、すっと前に出てきた。ブロンドの長い髪が美しい、上品で透明感のある顔立ちの少女だ。
「お父様、私もご挨拶してよろしいでしょうか」
「うむ」
「初めまして、エリク様、カイさん。バルテリンク子爵家長女、リーゼロット・バルテリンクと申します」
そう言って優雅な仕草で膝を曲げ、お辞儀をした。
俺はその流れるような所作に見とれてしまい、ボーッと呆けてしまった。
「カイさんは、いつから魔物の討伐をされてきたんですか?」
お、俺に話しかけてる?
「は、はい。6才の頃より鉱山で活動してきました」
「長くご活躍されているんですね。私はこれから鉱山の森で、しばらくの期間お世話になる予定です。よろしくお願いしますね」
「わかりました。どのようなことでも、なんなりとご用命下さい。お困りの際には、すぐに駆けつけます」
「おい。カイはいつの間にお嬢様の従者になったんだ」
笑いをこらえるように父が俺に言う。
うるさいぞ。会話を邪魔するんじゃない。
「それでは、時間も無いので出発させてもらおう」
バルテリンク様が、話を切るように俺達に伝えた。
そして、皆が部屋を出ていく。
うっ! 黒髪の女の子が部屋を出る時、何故か俺を激しく睨んでたよ!
これが本物の殺気か。一瞬「警戒」の〇が赤くなり、アラームが鳴りました。
俺も最後に部屋を出る。外にはギードさんがフル装備で待機していた。そして騎士達も同じくフル装備だ。
その中心にいるリーゼロット様は、腰に付けた袋から槍を取り出しチェックしている。
もしかして、これから魔物討伐? 鉱山の森でお世話になると言ってたけど。
そして、一行は森の入口へと向かっていった。あのお嬢様が、魔物へ挑むのだろうか。大丈夫かな。
さすがに貴族家当主のバルテリンク様は、一緒に行かないようだ。リーゼロット様達の出発を見届けたら、騎士や鉱山の職員と共に別の場所へ移動していった。
嵐のような時間だったな。突然の貴族の来訪に、俺は思考が追いついていなかった。
そして、リーゼロット様の姿が目に浮かぶ。貴族の令嬢とは、あのように眩しいものなのか……
「おい、カイ、無理だからな」
父がニヤニヤして俺に声をかける。
「な、何がだよ」
「リーゼロット嬢は子爵家の公子。身分が違うと一緒にはなれない昔からの慣習があるぞ」
「慣習?」
「ああ、貴族の子供と婚姻を結ぶには、様々な条件がある。例えば子爵家の子供は、下は男爵家、上は伯爵家の子供としか結婚できない。つまり父さんの身分が、最低でも男爵でないと無理だ。残念だったな」
「こ、婚姻とか、残念とか、話が急すぎるよ」
「ただ、方法がないわけじゃないぞ」
「え! 何、何?!」
「食いつくな……カイ。それはお前が男爵になることだ。貴族身分そのものでも、条件が満たされるぞ」
男爵? 父は何を言っているのだろうか?
「貴族になんて、なれるものなの?」
「そうだな、平民から貴族になった例としては、30年前に国の危機を救った、剣聖の二つ名を持つ人物がいるな。魔王と呼ばれた、とんでもない魔物を討伐したらしいぞ」
魔王討伐……どんなおとぎ話だよ! 非現実的過ぎるだろ!
俺は父の言う無理難題を聞いて途方に暮れた。
それに俺には、転生したクトウさんをこの大陸で探すというミッションがある。心を囚われる訳にはいかない。
父が仕事のため事務所から出ていき、やることもないので家に帰る。
鉱山からの帰り道、俺は先程の出来事を思い返していた。
そうか、貴族になる必要があるのか……
俺は何故かその不可能な条件について、ふと考えてしまうのだった。
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