第16話 理想の追求

 盗賊団の企てを阻止してから数日後、俺とヘンリ君は鉱山の事務所を訪れていた。


 盗賊団を捕えた報奨金を貰えるとのことだ。盗賊団のボスには結構な金額の懸賞がかかっていたみたいだ。


 父は俺に金貨80枚、ヘンリ君に金貨50枚くれた。


 俺の取り分が多いのは、カメコの諜報活動分とのこと。今度カメコに良い魔石をあげないと。


 ヘンリ君にとっては借金返済に大きく役立つな。俺は使うこともないので貯金だ。


「それで、捕まった盗賊団はどうなるのかな」


 俺は父に聞いた。


「これから裁判になるから、その判決次第だな。ただ、恐らく盗賊団のボスは死刑。その他の構成員は、一生流刑地で強制労働の刑だろうな」


 現行犯で捕まっても、ちゃんと裁判を受けられるんだ。全員問答無用で打ち首とかではないんだな。


 日本と比べたらその刑罰は重いと感じるけど、森や街を破壊しようとしたことを考えれば妥当とも思える。あと、今までに犯した余罪もあるのか。


 ともかく、一生俺達の前に現れることは無いと聞いて安心した。


 ◇


 盗賊団の事件から一月程経ったある日、俺は元工場に向かって歩いている。


 何故そこに向かっているのかと言うと、学校でヘンリ君から元工場の中で会いたいと言われたからだ。


 あらたまって何だろう。学校では話せないことでもあるのだろうか。


 元工場に着いた。中に入るのは結構久しぶりだ。最近はヘンリ君の打撃棒製作を邪魔しないようにと、遠慮していたのだ。


 俺は扉を開けて、目の前に広がる光景に驚いた。そこは個人の作業場所を超えた、工房と言っていい程の様子だ。


 まず目に付くのは、素材となるトレントの木片置き場だ。大まかに加工され、大量に積まれている。ヘンリ君は最近トレントを敵ではなく、素材としか見てないからな。


 そして幾つもの棚が設置されている。そこには製作途中から完成形まで、多くの打撃棒が置かれていた。形も様々で、試行錯誤の跡が見える。


 一番驚くのは、中央に置かれた金属製の機器類だ。おそらく木を削ったり磨いたりする用途と思われる。


「ゴメン、着くのがが遅くなっちゃった。待たせたかな」


 扉から入ってきたヘンリ君が謝る。


「全然待ってないよ。それより凄いね。この機器とか本格的だ」


「うん。セシルさんが作ってくれたんだ。この魔道具があるおかげで、製作効率や精度が随分上がったよ」


 ヘンリ君は機器のフタを開け、魔石を入れる。そしてトレントの素材を持ってきて、機器に取り付けた。スイッチを押すと素材が回転し始める。


 手にしたノミを素材に当てて、魔力を流すヘンリ君。回転する素材の表面が、するすると抵抗感なく削れていく。


 あっという間に打撃棒の形になったぞ!


 セシル姉さん、魔道具製作の腕が上がったな。そして、どんだけヘンリ君のこと好きなんだよ。


「こんな感じで作っていくんだ。でも理想にはまだ遠いと思ってる」


 ヘンリ君は嬉しそうに話す。もう完全にバット職人の姿だ。


「それで、今日はこの工房を見せたかったのかな?」


「あ! ゴメン。そうじゃなくて……」


 急にヘンリ君は、恥ずかしそうにモジモジし始めた。ちょっと顔が赤い?


 ダ、ダメだよヘンリ君。俺達は男同士……


「こ、これを貰ってくれないかな。頑張って作ってみたんだ」


 ヘンリ君はマジックバックから長い棒を取りだし、両手で持って俺に差し出した。


「え! これは……」


 俺はこわごわと受け取った。


 手に吸い付くようなバランスの棒だ。恐ろしい程の精度が感じられる。


 黒い塗料による艶やかな皮膜は微かに魔力を帯び、異様な存在感を放っている。


 これ、どこかの王家が所持する宝物じゃないの。


「少し魔力を込めて、ちょっと振ってみて。面白いよ。何かにぶつけないように気を付けてね」


 俺はそう言われて魔力を少しだけ流し、軽く棒を振ろうとする。


 シュッ! という鋭い音と共に、棒の美しい軌跡が残像として描かれた。


 お、おい……


 そこには力感や抵抗感というものが欠片も無かった。しかし、この棒に当たった対象物は粉々に砕かれるイメージがある。怖いよ、ヘンリ君。


「カイ君の黒い棒が壊れちゃったよね。だから、何とかならないかと思って。どうかな……」


「本当に嬉しいよ。ありがとう」


 職業進化の影響もあり、コアラ達にもらった黒い棒が俺の力に耐えきれなくなったのだ。市販の棒も試してみたけど、どうもしっくりこない。だから、どうしようと思っていた所だった。ヘンリ君は気にしてくれてたんだ。


「でもいいのかな、こんなに凄い棒。特に使われている黒い塗料は、尋常じゃない感じがするよ」


「流石カイ君。よくその塗料の価値に気が付いたね。その塗料は、南の海に生息するクラーケンの墨からできているんだ。エリクさんにも助けを借りて、ようやく手にすることができたんだよ」


 満面の笑みのヘンリ君。これはマニアの笑顔だ。自分のこだわりに気づいてもらったから嬉しいんだな。


「このクラーケンの墨は魔力効果を増やし、また貯める性質がある。つまりこの墨を塗布すれば、小さな魔力を増幅、蓄積して大きくできるんだ。今度は靴や服にも塗ってみて、その性質を……」


 そうして、ヘンリ君の「クラーケンの墨談義」が始まった。長い、話が長いよヘンリ君。


 俺の頭がオーバーヒートしてクラクラし始めた頃、ヘンリ君が話を止める。


「あ、ゴメン! 話が専門的過ぎたかな」


「ううん、全然大丈夫だよ。ありがとうヘンリ君。大事に使って、壊れないようにするよ」


「いや、壊れても全く問題ないよ。まだ、その棒は完成形じゃないんだ。今後も改良版の製作を考えているから、気にせず使ってね」


 要は、まだ棒の出来に満足していないということだ。


 俺はヘンリ君の職人魂を甘く見ていたようだった。




 俺はヘンリ君から貰った棒を、「黒棒コクボウ」と名付けた。


「ヘン棒」とか「棒クロちゃん」とかの候補を挙げたけど、ヘンリ君はやんわりと別の案を促した。製作者としてはお気に召さなかったようだ。


 そして、黒棒は森での魔物討伐や、マジゲー攻略で活躍した。その扱いやすさと破壊力は桁違いだ。


 俺は黒棒の助けもあり、今まで以上に仕事やゲームを楽にこなせるようになっていった。

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