第16話 別れの問い

――九塔朱美視点――


 私は幼い頃から体が弱かった。


 物心ついた時から、入退院を繰り返していた。


 小学校、中学校と進むにつれ、徐々に私の病気は進行した。そして、ようやく進んだ高校では、入院している日の方が長いくらいだった。


 それでも体の調子が良く、自宅に帰れる時期もある。そんな時には学校に通うこともできた。


 学校にあまり通えていない私は、ただクラスメイトと授業を聞くだけでも気持ちが浮きたってしまう。


 そんな高揚感の中、たまたまサッカー部の練習を見て部長の先輩に恋をした。


 恋と言っても、今思えば幼いただの憧れのようなものだ。


 しかし人生経験のまるでない当時の私には、大きな出来事のように感じてしまった。


 その勢いのまま、よく読んでいた少女漫画を真似して、校舎の屋上で先輩に告白した。


「ありがとう九塔さん。でもオレには他に好きな人がいるから」


 と、あっさりと振られてしまった。


 私はショックで呆然としながらも教室に戻り、下校のため校舎の出口に向かう。


 そして下駄箱の向こうで、私は告白をした先輩とサッカー部仲間の男子が話しているのを聞いてしまった。


「アイツ、病気持ちでロクに学校も来れないクセに、よくオレに告ってきたよな」


「ちょっとキモくね。顔青くして通ってんの見たらゾッとするよ」


「まあ、それでも遊んでやるってのもアリだったかもよ」


「マジで。お前趣味悪すぎじゃね。それじゃあお前はアイツを…………」


 その後は思い出すのも憚られる品のない会話で、私は彼らと会わないよう隠れながら学校を出ていった。


 ◇


 それから私はすぐに体調を崩し、いつものように入院することになる。


 私は病院のベットの中、無料の小説サイトで悪役令嬢を題材にした小説を読んだ。元日本人が悪役の貴族令嬢に転生する話だ。


 転生者である悪役令嬢は、洗礼式で特殊な能力を持つことを知る。しかし周囲はその能力を理解せず、彼女を非難し貴族家から追放してしまう。


 身に覚えのない罪を着せられ、実の両親、姉妹、従者、元婚約者達から罵詈雑言を浴びせられる主人公。


 しかし彼女は追放先でその才能を開花させ、自分を認めてくれる運命の人に出会うのだ。


 性格の悪い両親や浮気症の元婚約者達に「ざまぁ」をして、本当に主人公を愛してくれる人と幸せな人生を送る。


 私は自分の人生のあまりにも色のない世界から逃れるように、その物語に夢中になった。


 ◇


 結局、高校は通うことができずに退学した。私は通信制の高校に入り直し、その後、通信制の大学に進学することになる。


 大学は卒業したが、もちろん就職などできるはずもない。体調が良い時に、親戚の家業の手伝いをするぐらいだった。


 それでも、人との出会いが全くなかったわけではない。


 私に好意を持ってくれる人もいた。私もその想いに応えたい気持ちもあった。


 でも私は、あの下卑たサッカー部の先輩達の会話を思い出し、恐怖を感じて遠ざかってしまった。


 もしかすると、酷く傷つけてしまったかもしれない。


 私は他人に対して、自分の想いを伝えることに極端な恐怖心を持つようになってしまった。


 そうして25才の時、持病が悪化した私は、病院のベットの上で前世を去った。


 ◇


 私は天界の受付で来世への選択肢を見せられた時、思わず声を出した。


「ここには異世界への転生が書いてありません。そうした選択肢はないんですか?」


 受付の女性に頼み込み、私はヘブンゲームにチャレンジすることになった。


 ◇


 1回目のゲームは私の得意分野だ。


 何せ、入院中は勉強する時間だけはあった。


 辞書が友人とも言えるぐらいの自分にとって、新しい、しかも未知の世界の言語学習は娯楽のように感じられた。


 しかし、2回目のゲームは過酷だった。


 草原で大型のモンスターに立ち向かうのは、病院暮らしが長かったインドアな私には絶望的だ。


 せめて、怪我をしても回復できるようにと、ゲームが始まった時から考えていた職業である「闇医師(初級)」を取得した。


 私は飛んできたモンスターから逃げ遅れた。その場で「闇支配」を咄嗟に使い、数秒動きを止めた。しかしあまりに短時間だったため、足で蹴られてしまい飛ばされてしまう。


 私はその場で倒れて動けなくなった。そして更に攻撃されることを恐れた。でも、たまたまそこにいた男の人が、私を安全な場所まで抱えて連れていってくれた。


 現実の男性に苦手意識のある私だったが、その男の人――ミツキさんには気を許してしまう。


 突然一緒にゲームを攻略することを提案されたのには驚いたが、悪いような気はせず受け入れた。


 頼りなさげなような、でもその人の良さからつい行動してしまうような、そんな雰囲気を感じた。


 そしてミツキさんと一緒に行動していると、彼の良いところが見えてきた。


 彼は自分が足りないことを知り、それを克服しようと、苦しみながら前に進もうとしている。


 自分の得意なことはできても、そこから離れられない私とは違った。


 私は彼に影響を受け、「勇気(小)」のスキルを取り、前世では考えられないことを成し遂げた。


 ミツキさんは自分のできないことが何かを考え、このゲームをチャンスと捉えて成長することを目標にしていた。


 そして彼が「勇気(小)」スキルを、ゲームの攻略とは関係なしに取得したのには驚いた。その目的は、皆に役立つ自分になるためだった。


 皆に一生懸命になって話をするミツキさんの姿が、私には輝いて見える。


 私は、自分の成長する可能性に気づいていなかった。だから彼ともっと一緒にいて、共に進みたいと思った。


 いつの間にか、私は彼に惹かれていたのだ。




 無事に3回目のゲームを終え、転生に向けたステータス設定の時間がきた。


 私は自分のステータスを確認する。


種族:人間

性別:女性

職業:闇医師 ( 初級 )

魔力:20/20

SP:15

取得スキル:言語理解LV3 鑑定LV2 アイテムボックスLV2

職業スキル:闇治療LV1 闇診察LV1 闇支配LV1 影操作LV1

〈下界では非表示〉

取得スキル:天素魔力変換

境遇:奴隷出身 前世記憶あり

〈転生時に魂に能力が付与され消去〉

精神補助スキル:勇気(小)


 私はまず、病弱になるステータスがないことにホッとした。


 そして14SPあれば、最初に考えた計画を実行できるだろう。


 でも、私の願いはゲームに参加した当初とは違うものになっていた。




 ミツキさんが、心配そうに私を見つめている。


 彼が優しいことは、ゲームの間隣にいた私は良く知っていた。だから、その優しさに甘えて私の想いを伝えれば、叶えてくれると思った。


 転生後に私と一緒に居られるように考えて欲しいと。


 でも、私は言えなかった。


 肝心なこの時、私は前世の呪縛から離れられていなかったのだ。


 私の「勇気(小)」スキルでは、自分の想いを伝えるには足りなかった。


 私にできたのは、彼の手を取り、目を見つめて何とかしてもらうことを縋るだけだった。


「ダメだ。クトウさん。俺のことは気にせずSPを使うんだ」


 想いは届かず、彼からそう言われた。


 そして私のことをよく見ていたミツキさんは、私の最初の意思を大事にするよう諭す。


 辛そうに話す彼の言葉に、彼の優しさがそう言わせているのを感じる。


 でも、私は逆に彼の優しさが辛かった。


 私は言いたかった。


 異世界転生の目的だった「悪役令嬢になって貴族家から追放された後、素敵な王子様と恋に落ちる」に大した意思がないことを。


 私が「闇医師」を取得したのも、来世では健康でいたかったのと、闇の力を持つことで周りから疎まれ、追放される為だった。


 その理由まではわからないミツキさんは、私が職業を取得したのも、大切な目標に向かってプランを進めて来たからだと思っているのだろう。


 しかし、それよりも大事なのは、目の前にいるミツキさんと来世も過ごすことだ。


 でも、そう伝えるのは恥ずかしくて、怖くて言えなかった。


 もし呆れられたらどうしよう、もし馬鹿にされたらどうしよう。


 そんなあり得ない呪縛が、私の口を閉ざした。


 私は泣きながら、その場を離れた。




 移動した後、しばらく混乱した気持ちが収まらなかった。


 転生への時間は、刻々と近づいている。


 私は何とか気を取り戻し、ミツキさんに言われた異世界転生の当初の目的を達成するため、ステータスウィンドウを操作した。


 貴族家への転生に必要なSPを検討するが、奴隷身分から貴族家出身への変更は相当なポイント数が必要だった。


 生前、悪役令嬢の理想の出身は、辺境伯や公爵家といった高い身分だと思っていた。追放後、より状況に落差がある方がインパクトがある。


 でも、今の私に必要なことでは無い。私には最大限使用できる14SPを使った、伯爵家出身への変更で充分だった。


 しかし、私はこれで良いのかと自問自答した。


 このまま転生したら、私は来世で一生後悔したまま生きることになる。


 それは前世と変わらない人生だ。


 私は、ミツキさんならどうするかを考える。


 彼なら、きっと自分が足りないところを見つけ、スキルが取得できる今のチャンスを生かそうとするだろう。


 そして、本当に叶えたい自分の目標を目指すのだ。


 私に足りないものは何だろう……


 ミツキさんごめんなさい。ミツキさんに言われたことを少しだけ守りません。


 私はステータスウィンドウを操作し、11SPを使用して境遇を「貴族出身(子爵)」に設定した。


 そして取得スキルで3SPを使用し、今最も必要なスキルを取得する。


 5cmぐらいの光の球が、私の体の中に入っていく。


 胸の奥が熱くなり、自分の意思を大きく後押しする力が生じた。


<勇気(中)>

強い恐怖や未知の経験等、著しい困難に対して勇気を持って立ち向かい、克服することができる。常時起動。初回起動時に魔力3使用。天界のみ取得可。


 転生までの残り時間を見ると、あと少ししかない。


 駆け足でミツキさんの元に向かう。


 私は走りながら決意する。そして、その想いを声に出し魂に誓った。


「私は悪役令嬢になり追放され、ミツキさんと出会い一緒になる」


 そのために、異世界で彼と出会うための情報が必要だ。ステータスを決めた後の今であれば、ミツキさんは教えてくれるはず。


 彼に何を聞けばいいのか。その問いが来世の私を変えるかもしれない。




 走っていると、ミツキさんの姿が見えてきた。


 良かった、嬉しそうにしてくれる。拒まれるのが一番辛かったからホッとする。


 ミツキさんに辿り着いた。息を整えて、彼の方を向く。


 先程のような強い恐怖感はない。何とか言葉にしたい。彼に聞きたい。


「転生前に、ミツキさんに聞いておきたいことがあるんです……ミツキさんは何の『職業』で、転生したらどんなお仕事に就きそうですか?」


 少し声が震えたけど、聞けた。そして、何故聞くのかをわかって欲しい。


 ミツキさんは真剣に考え込んでいるみたいだ。そして答えを教えてくれた。


「俺の『職業』は『警備員(地域)』なんだ。その能力を活かして、自分の大事な人達を守る仕事に就きたいと思う」


 この手がかりが、来世の彼への道筋になる。私は前に進んで行くミツキさんに、追いつくことはできるだろうか。


 そして魔法陣が広がり、異世界へ向かう時が来たことを知らせる。


「私は来世、ミツキさんの頑張っている姿を見たいんです」


 私は思い切って言う。するとミツキさんは、照れたような笑顔を見せてくれた。


「俺も来世、クトウさんの活躍してる姿を応援したいな」


 私は溢れる感情を抑えながら、彼を見つめた。


 その瞬間、私の周りが光に満たされた。

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