【坂井 真樹絵編】一第三話一



緋都瀬が、心の整理をして、落ち着いた後、調べ物をすることになった。真樹枝と緋都瀬は、待合室へと向かった。何故待合室なのかというと、予約制となっており、患者や関係者ならば使っても良いことになっているからだ。 今回は、真樹枝が、看護師に掛け合って、待合室を予約したので、自由に使うことが出来るのだ。 待合室に向かっていると、真樹枝に看護師や患者達とすれ違った。


「こんにちは。真樹枝ちゃん!」

「こんにちは〜!」

「あー!まきお姉ちゃんだ!ねえねえ!お話読んで〜!」

「ごめんね〜!今日は、この子と大事な用事があるから絵本読めないんだ!」

「え-!けちー!」

「じゃあ、夕方ね!夕方遊びに行くから待っててね!」

「はーい!」

「………」

(すごい人気だな…)


通りかかった看護師、子どもの患者、老人など…老若男女問わず、真樹枝は、人気者だった。彼女によると、入院生活が長いため、自然と色々な人達と友達になっていたらしかった。

特に、小さな男の子や女の子達に、真樹枝は優しく接していた。 ふと、緋都瀬は、真樹枝の担当看護師である中野 美津子の言葉を思い出した。


『私たちでも手が焼くような患者さんでも、真樹枝ちゃんは、すぐに仲良くなっちゃうんですよ。 特に子どもの患者さんには人気者なんです』


「……まきちゃんは、人気者だね」

「え?あ、うん…そうなんだ!えへへ〜羨ましいでしょう?」

「はは…」

(まさかの無自覚だった…!?)


待合室に入った後、緋都瀬が声をかけると真樹枝は、照れたように笑った。無自覚だったことに多少驚きつつも、緋都瀬は席に着き、真樹枝は向かいの席に行き、車椅子を止めた。


「それで…図書館で、何か分かった?」

「…いくつか、気になる単語を見つけたんだ。まきちゃんが、見覚えのあるものはないかな?」


緋都瀬が借りてきた本を開くと、《古代の鬼巫女》《鬼灯六人衆》《鬼神》《夜刀神》《鬼呼》の単語を指差していった。

真樹枝は、真剣な表情で、緋都瀬が指差していった単語を見つめていた。すると、彼女は、一度両目を閉じて、胸の前で両手を合わせ出した。


「?」


首を傾げる緋都瀬を余所に、真樹枝が、再び両目を開けると――彼女の目には、白い光が宿っていた。


「!」


反射的に、緋都瀬の目も青い光を宿した。真樹枝は、緋都瀬を安心させるように微笑んで見せた。


「大丈夫だよ。ひーちゃん。わたしの《贄鬼》様の力は、弱いから…ひーちゃんに影響はないよ」

「…《贄鬼》様の力ってどんな力なの?」

「《贄鬼》様の力はね…調べたい物の事を知ることが、出来るの。 でも…お兄ちゃんに教えてもらうのがほとんどだけどね。 えっと…まず、どの単語から調べたらいいかな?」


真樹枝が、緋都瀬に改めて聞いてみると、彼は、自分が指差した単語を見つめながら言った。


「じゃ、じゃあ……《鬼灯六人衆》について聞いてもらっていい?」

「…《鬼灯六人衆》様ね。ちょっと待ってね」


緋都瀬に聞かれた単語をそのまま真咲に伝えた。 兄は、すぐに答えてくれた。


「《鬼灯六人衆》様は……《古代の鬼巫女》様に仕えた武人の人達なんだって。 わたし達のご先祖様で……大昔に戦争していた《鬼神》と《夜刀神》の争いを鎮めたことで伝説の存在になったってお兄ちゃんが、教えてくれたよ」

「……」

(すごいな…一瞬で、答えてくれた…)


すぐに答えを返してくれた真樹枝に緋都瀬は、言葉を失うほど驚いてしまった。普段の彼女は、大人しく、優しい性格をしているだけに、今自分が話している彼女は、別人のように見えたからだ。


「《鬼呼》については、どうかな?」

「…《鬼呼》っていうのは……《災いを呼ぶ墜ちた人間》のことなんだって…」

「……《災いを呼ぶ墜ちた人間》…」

「……」


二人は顔を下に向けたまま、沈黙した。真樹枝達の脳内には、秋鳴達の姿が、浮かんだからだ。 《鬼の試練》の中には、善良な霊である羽華の兄や、真咲が自分達を助けてくれたこともあった。

ふと、緋都瀬はある考えが、頭を過った。それは――自分たちは、《兄》達のことについて知らないことが多すぎる気がした。 彼らに何があったのか。何故自分達の記憶の中から両親や兄達のことを忘れてしまったのか。

次々と分かってきたことがある中で、疑問も同時に浮かんできたのだ。


「…祈里ちゃんのことも、双鬼村のことも、《黒い海》のことも……俺達…知らないことばっかりだね…」

「……そうだね。直接、双鬼村に行ければいいんだけど…夕日お兄ちゃんが、わたしの試練が…終わるまで、行ってはいけないって言ってたから…」

「…っ……」



真樹枝の言葉に、緋都瀬は掌を強く握りしめた。今自分達の身に起こっていることは何なのか。 兄達との間に、何がったのか……全ての真相を早く知りたいと思うあまり、焦ってしまうのは、良くないことだと分かっている。

だが…秋人と祈里のことを考えると、早く助けてあげたいという気持ちが強くなっていくというのも事実だった。 緋都瀬の思いを読みとった真樹枝は――彼の隣まで移動すると、静かに手を握りしめた。


「…まきちゃん…」

「……ひーちゃん。 あなたの気持ちは、よく分かるよ。でも…大丈夫。あなたの思いは…わたしにも分かるし…信ちゃん達も分かってるよ」

「…ありがと…まきちゃん」


緋都瀬が、真樹枝に微笑んだ瞬間――待合室の電球が、点滅した。


「「?」」


二人は同時に天井を見上げた。電球は、尚も点滅を続けている。次第に点滅は、速度を上げ始めた。


「え?なに…?」

「……《何か》が、来る…!」

「?」


青い光を宿した緋都瀬は、ゆっくりと顔を扉に向けた。緋都瀬につられて、真樹枝も扉の方へと顔を向けた。 次第に、電球の点滅は無くなると、部屋の中から光が消えた。まだ昼間だということもあり、完全に暗闇になっていないことだけが救いだった。 しかし、緋都瀬と真樹枝から警戒心が無くなることはなかった。部屋中に満ちる空気は重々しいものだったからだ。


外で忙しなく鳴いていた、蝉たちの声も聞こえなくなった。

緋都瀬は、震える足で立ち上がると、青い小刀を掌に現した。扉の方を見つめながら、彼は、言った。


「まきちゃんは、動かないで」

「……うん…」

「……………」


真樹枝の声は、震えていた。両手で自分の体を抱きしめ、何かに耐えていた。 真樹枝のことを見つめた緋都瀬は、かける言葉が、見つからなかった。 ただ、今は…扉の外にいる《何か》から、真樹枝を守ることが重要だった。唾を飲み込み、ゆっくりと扉へと近付いていく。 心臓が、早鐘を鳴らす中…扉の窓枠へと顔を近づけた時だった。


バン!!!


「!!」

「……っ…」


赤と黒が混じった手が、扉の窓枠を叩きつけた。 その後も何度も何度も、扉の窓枠を叩きつけている。 緋都瀬は、一歩後ろへと下がると、青い小刀を扉の外にいる《何か》に向けた。

悲鳴が出るのを堪えた真樹枝は、両耳を両手で塞いだ。

その間に、扉の外にいる《何か》は、扉を揺らしたり、鍵穴に指を入れているようだった。 どの方法を試しても失敗しているのは、緋都瀬が塞いでいるからだ。


(早く、諦めてくれよ…!!)


顔を歪ませながら、緋都瀬は、耐え続けた。 そんな緋都瀬の願いが届いたのか――突然、音がしなくなった。


「………」

(諦めた、か…?)


先程まで、騒がしかった扉が、静かになった。 突然の静寂に二人は戸惑ったが、外にいる《何か》が諦めたのだと思い、緋都瀬が青い小刀を降ろした時だった。


パキン!!


「なっ…!?ぐっ!?」

「ひーちゃん!!」


強烈な力が、扉の窓枠を突き破った。 虚を突かれた緋都瀬は、割れた窓枠から伸びてきた白い腕に首を掴まれ、窓枠へと引きずられていった。 真樹枝は慌てふためくと、緋都瀬を追いかけた。彼の体は、窓枠の所で止まっているも、首を絞められ、苦しんでいた。



「かっ…あ…はな、せ…!!」

「やめて!!ひーちゃんを、離して!!」


必死に真樹枝は、緋都瀬の体を背後から引っ張った。しかし《何か》の力の方が強いのか…彼の体は、動かなかった。


「!」

(これは、ひーちゃんの小刀…?)


下を見ると、青い小刀が転がっていた。それに気付くと、真樹枝は、青い小刀を拾い上げた。


――頭の中で白い鈴が鳴った瞬間、青い小刀の刃は透明になった。


「これなら…!!」


真樹枝は、緋都瀬を苦しめている《何か》に届くと確信があった。体が、勝手に動くと、二枚のうち片方の扉へと移動し、透明な刃を刺した。


『!!』

「げほ、ごほごほ!!」

「ひーちゃん、大丈夫?」

「な、何とかね。助かったよ。 まきちゃん…」


《何か》は、驚きと痛みの衝撃から、緋都瀬の首から手を離した。 突然解放された緋都瀬は、むせ込んでいたが、無事なことと、感謝の言葉を言った。


「待って…!あなたは、一体何者なの?」

『…………』


《何か》が、立ち去ろうとしているのを察した真樹枝は、咄嗟に声をかけた。 真樹枝の声に《何か》は、立ち止まると、窓枠の方を見つめながら、言った。



『ワレハ、《クラオニ》』

「「!!」」


喋ったことに驚いた二人を置いて、《蔵鬼》は、続けて言葉を放った。


『ツギハ、必ズ、クラウ』

「……っ」


そう言い残すと、《蔵鬼》の気配は、感じなくなった。 完全に姿が消えたことを自覚したのは、電気が復旧したことと、蝉たちの声が聞こえ始めてからであった。

二人はしばらく、その場から動けずに座り込んでいたのであった。


END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る