第35話 ザック
ハイダルク城——かつて世界を一としていた国の首都に存在する城塞であり、小国に分立した今でさえも一定の存在感を保っている国家の中にある。とはいえ、現在は首都の機能は別の都市に移行しており、今は長閑な街並みが広がっているだけに過ぎない。
「……にしても、」
ヴァイスタックからハイダルクまでは、徒歩であれば一週間以上はかかる。
とてもじゃないが、そんな時間はかけられない。
次に考えられるのは、鉄道だ。蒸気機関とやらを用いて大陸間横断鉄道が運転されている。それを使えば一日もかからないでハイダルクまで到着するが——問題は料金だ。
「確か、金貨三枚ぐらいかかるんだっけか……?」
大体、ヴァイスタックの住民が一か月に稼げるお金が金貨十枚と考えれば、金貨三枚——それも一名で、片道料金だ——の重みに容易に気付くだろう。
「となるとどうするか……。早く向かいたいけれど、そこまでお金を持っている訳でも無いし……」
とどのつまり、手詰まりだ。
あれやこれやと思考回路を巡らせたところで——結局何の意味もなかった。
そんな時だった——玄関がノックされ、誰かが入ってきたのは。
「……誰だ?」
息を潜めて、ゆっくりと玄関へ向かう。
当然ながら、ミリアには部屋に入ってもらい、待機してもらうことにした。
何が起きるかさっぱり分からないし、もしミリアのことを知って誰か襲いかかってきたら——正直、対処出来る自信がない。
玄関に向かい、ゆっくりと扉を開ける。
そこに立っていたのは、茶髪の青年だった。黒いローブに身を包み、水晶のついたペンダントをつけている。そういった見た目をした人間なんて、ヴァイスタックではたった一人しか存在しない。
「……何だ、ザックか。吃驚させやがって……」
深い溜息を吐いて、俺はそう言った。
「吃驚って。お前が勝手に驚いているだけだろ。で、何かあったのか?」
「お前こそ、何で来たんだよ。何か理由があるから来たんだろ?」
ザックに問いかけると、ザックは首を傾げ、
「いや? 別に……。理由がないと、親友の家に来ちゃいけないのか?」
「そんなことは言っていないが……」
「ははーん、何か隠しているな? ロード」
ザックがいきなりそんなことを言い出したので、俺は目を丸くしてしまった。
そしてそんな反応を示してしまい——すぐにしまった、と思ったが、ザックにはもうとうにバレていた。
そうなってしまったら、最早素直に認めるしか方法はなかった。
「……認めるよ、ザック。悪かった。ちょっと隠さないといけないことがあってさ」
「俺という人間であっても、か?」
「信じられないって訳ではないよ。けれども、起きたことのない出来事だからさ。少しは緊張や不安だって入り混じっているものだろう? それとも、そんなことは関係なしに普段通り生活をしていこうと思う口かな」
「……難しい話だけれど、それでも、一人で抱え込むよりかはマシじゃねーの?」
ザックの言葉に、はっと息をのんだ。
「別に、君のやっていることを悪いと言うつもりも無いし、言いたくもない。けれどさ、それで一人で抱え込む……ってのはまた違う話だろう? 難しいことぐらい重々理解はしているつもりさ。けれどね、頼ろうよ。少しは」
真っ直ぐに意見を言ってきたザック。
俺もその意見に、その態度に——真摯に向き合わねばならないと思った。
「分かった……分かったよ、案内する。俺はお前を信じる。だから、裏切らないことはここで誓約してくれ」
「誓うさ、当たり前だろ」
間髪を入れずに言ったその発言には、寧ろ安心の気持ちが優った。
そう思いながら、俺はミリアにザックを会わせるべく、彼を案内するのだった。
◇◇◇
ミリアを見たザックは、最初普通に眺めているだけだった。しかしことの経緯を説明していくうちにその表情は徐々に曇っていき、やがて俺を一瞥してこう言った。
「……何というか、良く家に招こうと考えたよな……?」
「何だ。さっきまで威勢が良かったのは何処にいったんだよ?」
「誰もこんな想像なんてしてねえっっうの!」
ザックは半ば笑いながら冗談めかしてそう答えると、ミリアの表情をまじまじと見つめた。
「しかし……人間らしくないっていうか。そうでなくても、見覚えがあるんだよなあこの顔に」
「んな訳ないだろ。こんな田舎町に住んでいる人間でさえ知っているなんて、ヒーローかスーパースターか勇者……或いは王族とかじゃないと、意味が分からないぜ?」
「それはまあ、そうなんだけれど……」
ザックはブツクサ言いながら、ミリアの表情を真剣に眺めている。
しつこいな、仮に有名人だとして——だったらどうして俺の家にやってくるんだ? それも、わざわざ死の海たる赤い海からやってくる理由は全くない。偽装するにしても、やりすぎ感が否めない。
けれども、それを差し置いても——ザックは彼女が何者なのかを判明させたいのだろう。確かに俺だってミリアが何者かを知りたくないか、って言われると答えは是としか言いようがない。絶対に知りたいかと言われると曖昧だけれど、知りたいか知りたくないかだったら前者を選ぶだろう。
「……で、これからどうするんだ?」
ザックの問いに、俺は首を傾げる。
いきなり何を言い出すのかと思いきや……。
「彼女が何をしたいのかはさっぱり分からないけれど、ハイダルク城へ向かいたいんだろ? だったら、何かそれに対するサポートをしてあげるのが、男ってもんじゃないのか?」
「言いたいことは分かるが……」
どうやって、彼女をハイダルク城に連れて行けば良いんだ?
ヴァイスタックから遠い隣国のハイダルクまで向かうのは、そう容易ではない。
それをザックだって分かっているはずなのに、何故そんなことを言ってしまうのか?
「俺を誰だと思っているんだ。俺だって魔法使いの端くれだぜ。……まあ、と言っても昔手に入れたアレを漸く使うときが来た、と言っても良いんだろうけれどな」
そう言ってザックはポケットから何かを取り出した。
「……それって」
「マジック・エッグ。言い伝えの中でも出てくるだろ? 術式を封じ込めた携帯型錬成陣……。一応、うちの家宝というか、昔から取ってあった代物ではあるんだけれどさ。使うなら、今じゃないかな」
「使うなら……って何が入っているんだ?」
「さあね」
ザックは笑いながら、マジック・エッグを軽く上空に投げる。
そしてそれを手に取って、強く頷いた。
「でも、使えるものを使わないまま放置するのは勿体ない。そうだろ? 使える手はどんなものだって使って見せろ——それは俺の師匠の言葉でもある。これは運命だ。運命なら、従ってみせるのが人間ってものだよ」
直ぐに意味は分からなかったけれど、しかしそれに縋るしかないのもまた事実。
だから、俺は頷くとザックとともに外に出ることとした。
マジック・エッグに入っている物によっては、家が破壊されかねないし——そればっかりは、勘弁願いたいものだからな。
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