第28話 人工生命
「禁断の……果実……」
メアリーは驚愕し、ロゴスの言葉を反芻することしか出来なかった。
「人工生命は、魂を作り出すことが不可能だった。だから、だから……今までそれを実現することは出来なかった。けれど、今は違う! 知恵の木の実から人の魂の情報さえ抜き取って、それを移植して仕舞えば……全てがうまくいくのだから」
「狂っている……」
「その仕組みを残したのは世界だ。それを言うのなら、狂っているのは世界そのものだと言えるけれどね?」
ある意味、屁理屈でもあった。
しかしながら、メアリーは得体の知れない恐怖に襲われていた。
いや、メアリーだけではない。彼女以外の全員も、理解しきれないが故に恐怖に包まれている。
人間の価値観や倫理というものを前提から覆すような、そんな有り得ない思考。
「まあ、良い。今日の僕は気分がすこぶる良いからね。愚弄しているように見えることだって、はっきり言って今の僕からすれば些事だ。シグナルが残していた財産を見てみたくないかい?」
「シグナルが……?」
現在においてのシグナルは、メアリーがリーダーを務める組織ではある。
しかしながら、この文脈においてシグナルは、現在のシグナルの由来でもある——リュージュ直下の技術部隊のことを指す。
「そうだ。ついてきたまえ」
そう言うと、すぐ側にあった扉を開けた。扉の向こうには階段となっており、地下深くまで潜るようになっている。
「……どうする?」
レーデッドの言葉に、ロマは溜息を吐く。
「どうする、って……。とにかく今はあいつの指示に従うしかないんじゃないの? それとも、それ以外に画期的なアイディアがあるとでも? あるというのなら、納得はするけれどね」
ロマの言い方はいつもキツく感じられる。
それこそ、氷のように冷たくあしらってくるのだ。
「分かった。分かったよ……ついていこうじゃないか」
何がどうなっているのか、未だレーデッドには理解できていない点があまりにも多過ぎる。
しかしながら、今は少なくとも理解や解釈やらに時間を費やす場面ではなく、相手を追いかけて少しでも多くの情報を手に入れる場面であることを——レーデッドは理解せざるを得ないのだった。
◇◇◇
階段は深く深く、どんどん下へ伸びている。
「……何処まで続くんだろう?」
少し先にはロゴスが居る。彼もまた延々と続く階段を降り続けている。
そして、階段の先にある扉のところで彼は立ち止まった。
「ここがゴール?」
「まあ、そういうことになるね」
ドアノブを回し、中に入る。
そこにあったのは——巨大な部屋だった。壁には多くの機械が設置されていて、今もなおライトが不規則に点滅を繰り返している。あちらがついて、次にこちらがついて……という何かしらの法則こそありそうではあるが、しかしそれよりもこんな地下にあって機械が今もなお動いているということ——その事実をメアリーは受け入れられなかった。
「ちょっと……ちょっと待って? こんなの、見たことないわよ……」
「そりゃあそうだろう。リュージュはずっと隠し通したかったらしいから。まあ、死んでしまってからはそんなことも無理になって、いとも簡単に見つかってしまったのだけれど」
部屋の中心は、円形になっている。
否、正確には——ガラスによって円形の空間が作り出されていた。
まるで、それを何処からでも監視できるように、誰かがそう仕組んでいたかの如く。
しかし、そこにあったのはベッドだった。
それと、そこに横になって眠っている——一人の少女だ。
「……彼女を監視しているということか? 何とも気分の悪い空間だな」
「まさか。メアリー・ホープキン、君はあれがただの人間だと思っているのかい? だとすれば、君の目は節穴だね。もっとしっかり見てみると良い。そうすると、あれが何者なのかが分かってくるはずだ」
あれ。
まるで人間ではないような、そんな扱いを受けている少女。
しかし、ロゴスの言葉の真意を知るべく、メアリーとレーデッドはさらに近づいて少女を観察するのだが——。
「——嘘」
先にそれに気づいたのは、メアリーだった。
レーデッドもそれから少しだけ遅れて、目を丸く見開く。
「まさか……。いや、幾ら旧時代の文明が進んでいたからと言って、そんなことが……」
「有り得ないことは有り得ないよ。過去の人類は、あまりにもとてつもない技術を使っていた、ということになる訳だね」
「ロゴス。あなたは彼女をどうするつもり?」
「彼女? ああ——あのロボットのことだね」
さらりと言い退けたロゴスは、両手を広げる。
「彼女は、自ら考え自ら行動することの出来るロボットだそうだ。その周囲にあるたくさんのコンピュータは彼女の母体であるとされる。旧時代では人間とロボットが争いを繰り広げたことで、ほとんどの技術が消滅したとされていたが……偶然にもあれは生き残っていた。心という概念が備わっている以上、もはや人間とは区別をつけられないと言って良い。彼女に聞いたところ、それからたくさん量産されたようだがね……人間と同じような心を持っておきながら、人間の下位互換と見做されたことに反旗を翻したらしい。そうして、あっという間に人間は殆ど滅んでしまったのだとか。全く、面白い話だね。旧時代の人間のそういう不手際で、今の我々が苦労している——そう言っても差し支えないだろうに」
ただし。
「彼女には感謝しているよ。お陰で、我々が開発している人工生命に『心』をインストールすることが出来た。過去の人間の模倣というのは気に食わないけれど、こればかりは致し方ない。使えるものはどんなものだって使って仕舞えば良い。それが僕らの価値観だからね」
「……で? そのあなたたちご自慢の人工生命はどうなったの? さっきのはただの肉塊だ。ここまで言うのなら、出来ているのだろう? 心を宿した人工生命が」
「結末を急ぐのは時期尚早だと思いますよ? とはいえ、はやる気持ちは理解しますけれどね」
声がした。
その声はロマでもレーデッドでもライラでもフィードでもない——況してや、メアリーやロゴスでもなかった。
ロゴスの背後には、一人の少女が立っていた。
妖艶な笑みを浮かべ、こちらの力量を見定めているような、そんな視線を送っている。
金髪のポニーテールに、赤いリボンが付いている。くすくすと笑っているその表情からは八重歯を垣間見ることが出来る。
少女は、ロゴスの隣に立った。
「紹介しよう。彼女は——リリス。この世界で初めて誕生した『心』を持った人工生命だよ」
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