第24話 ヘブンズ・ドア

 シュラス錬金術研究所の中は、暗く深く、されど今まで誰か住んでいたようなそんな痕跡も残っているようだった。


「……やはり、誰かここに居たのか?」

「こればっかりは何とも。ただ、噂は事実なのでしょう。シュラス錬金術研究所を拠点として活動する組織。彼らの目的は確か——」

「——『新たなる神を創造する』」


 背後から、声が聞こえた。

 振り返ると、そこには白衣を着た少年が立っている。

 前髪を長く下ろしており、目が見えることはない。身長と白衣のサイズが見合っていないようで、裾と袖が完全に身体のそれと見合っていない。


「……あなたが」


 メアリーは対峙する。

 少年はケタケタと笑いながら、


「まさかこうも早く対面することになろうとはね。メアリー・ホープキン、予言の勇者一行の生き残り、とでも言えば良いかな?」

「……知っているのかしら?」

「寧ろ、知らないとでも? 空白の歴史は、何故そうなったか分からないけれど、一応探ろうと思えば探ることは出来る。けれど人々はそれをしたがらないだけだ。予言の勇者は、世界を守るためにやってきたとされている——我々とは異なる世界から、ね」

「そこまで知っているの」


 メアリーは少しだけ感嘆する。


「でも、神はこの世界を監視こそすれど、世界を良くしてくれることはない。予言の勇者であったとしても、それは例外ではない。神から召喚されて、世界を救ったら終わり、と。世界を救った後の記録は、何一つ残っていない。勇者一行の中でも、勇者だけは、ね」


 メアリーは頷く。


「そうして、新しい神を作ろうと? それはあまりにも荒唐無稽すぎると思うけれどね。一体どうしてそうしようと思ったのか、全く思いつかないけれど」

「『扉』」


 少年は呟いた。


「かつて、シュラス錬金術研究所で活動をしていた組織『シグナル』は、旧文明の詳細を調べていくにつれて、ある存在に辿り着いた。それが——『扉』だ。異世界とこの世界を繋ぐ扉、それによって人々は新たなる技術を生み出し、それを世界の興隆に充てたとされている。……まあ、それは自らの手によって滅ぼされてしまったがね。或いは、神々がそれを望んだか——。人間が神に近づいてしまったのを悟り、一度世界をリセットしようとしたのかもしれない」

「……シグナルは、それに辿り着いた、と?」


 メアリーの言葉に、少年は二度頷く。


「どうやって生み出したのかは、不明だった。しかしシグナルは『扉』を呼び起こし、未だこの世界では到達し得ない段階にある技術を広く手に入れることが出来た。……これが、スノーフォグが科学大国と言われた所以だ。しかし、それもまた予言の勇者によって滅ぼされ、この世界の科学レベルは一度リセットされてしまったがね」

「……リュージュを倒すためのあの旅は、神によって操られたものだった、と?」


 少年は頷いて、笑みを浮かべる。


「すべては想定内である——神はきっと、そう言うだろう。世界の全てを知り、世界の未来を牛耳り、人類の未来がどうなろうと構わない。神はそんな強欲な存在だ。それがガラムドであるのかさえも分からない。もしかしたらガラムドではない、別の存在が居るのかもしれないけれど……、いずれにしても、世界を操作して楽しんでいる存在——それが今の神だ。そんな存在は、我々人類には必要ない。だから、神を創造するのだ。我々『ヘブンズ・ドア』の手で」


 数瞬の沈黙が生まれた。

 メアリーも、ロマも、レーデッドも、ライラも、フィードも。誰も彼も、その会話に入ることが出来やしなかった。


「……ふふ」


 沈黙を終わらせたのは、ロマだった。


「ククッ、あはは……あははは! 何を言い出すかと思いきや、新しい神を創造する、ですって? そんなこと出来るはずがない。シグナルでさえも、わたし達のような出来損ないを作るだけで精一杯だったんですから!」


 出来損ない。

 それは、メタモルフォーズのことを言っているのだろう。

 少年は笑みを浮かべ、


「メタモルフォーズ……ひいては、そのオリジナルとなるオリジナルフォーズでさえも、『扉』から得られた知識だというのに?」

「何ですって……」

「この世界は一度壊滅的被害を受けた。具体的な情報は流石に一万年以上も昔のことだから分からないけれど……世界の環境を変貌させてしまう程の、莫大な被害を生み出したらしい。その環境に変容したのがオリジナルフォーズであると言われているが、果たしてそうだろうか?」

「神が細工をしたと言うのか? ……オリジナルフォーズを作り上げて、世界を滅ぼそうと……『偉大なる戦い』を作り上げたとでも?」


 ライラの言葉に、少年は頷く。

 少年は歩き始める。まるで、メアリー達をどこかへと誘うように。

 メアリー達もそれに従って、ゆっくりと歩き始める。


「そうさ。偉大なる戦い——それによってガラムドは神となり、この世界を監視するようになった。この世界における唯一神であると言われている。けれど、それじゃあこの世界を創造したのは誰なんだよ? という話になる。誰もそれを疑問に抱かなかった。かつてはそういったことを記した書物もあったはずなのに、全て闇に葬られた。まるで都合の悪い事実を隠すように」

「この世界のターニングポイントには、全て神が関わっているのか。或いは、神の上位存在とでも言うべきか……」


 レーデッドは何だか久しぶりに発言したように見えるが、しかしそれは話の核心を突く発言でもあった。


「そう。この世界をどう動かしていくか——それは既存の神がずっと決めてきたことだ。ガラムドでさえも、恐らくは操られているのだろう。予言の勇者フル・ヤタクミでさえも、ね……。今、彼は何処で何をしているのだろうね? 恐らくは、未だ役目があると判断されているに違いないが、きっとこの世界ではない違う世界に居るのではないかとさえ思ってしまうけれど」



 ◇◇◇



「……核心を突いてばかりですねえ、彼は」


 白い世界、或いは円卓と呼ばれる場所。

 オール・アイはモニターを眺めながらそう呟いた。


「殺しますか?」


 コンタクターは開口一番そう言うが、オール・アイは笑い出す。


「あなたのそういう対応の速さは感心しますけれど……、でも未だですね。今ではありません、それは間違いなく言えることです。この世界を掻き乱すためにはまだまだ重要です。彼がどう足掻こうとしても、恐らくこの空間に辿り着くことさえ出来ませんから。我々が歩み寄らない限り」

「それは不可能でしょう」


 コンタクターは言う。


「この世界は、彼らの世界とは違う。一つ上の次元なのですから」

「あなたはどう思いますか?」

「……こういう存在は脅威に思う方が良いと思うがね」


 男は呟いた。

 黒いローブに身を包んだそれは、顔を窺い知ることさえも出来ない。


「プロフェッサー。あなたがそう思うのなら、致し方ないと思いますが」

「……『終わり』を迎えますか? まだまだ早いような気もしますけれど。リセットって、そう何度も繰り返したらつまらないと思いません?」

「……オール・アイが言うのなら、致し方ない。未だ監視することとしよう。そうして、『終わり』をするかどうか、決めれば良い」


 プロフェッサーの発言を最後に、円卓の会話は終了した。

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