第三章

第22話 マジック・エッグ

 シュラス錬金術研究所に行くには、それほど難しいことではない。

 元々スノーフォグの主要施設だったこともあり、そこまでは街道で一本で行くことが出来るからだ。とはいえ、廃墟になった今ではそこまで繋がる道もまた廃道そのものであると言っても過言ではないのだが。

 スノーフォグ高原の出入口に立っているのは、レーデッドとメアリー、それにライラとフィードだった。


「フィードも着いていくの?」

「……フィードもまた、勇者の能力が顕現されし存在だよ。フルが居ない今、この世界の巨悪に立ち向かうには彼を連れて行かなくてはならない」

「おれもわざわざ行く必要はないと思ったんだけれどさ」


 両手を挙げ、降参するようなポーズを取る。


「じゃあ、ずっとあの地下で燻っている方が良かった——ということかしら?」

「……そこまでは言っていないだろう」


 ライラの言葉に、フィードは少し口籠もりつつ、そう答えた。


「とはいえ、これからのことを考えた以上——着いていった方が無難だろう、という結論に至った。ただ、それだけのこと。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「そんな回りくどいことを言わないで、着いていきたかったと素直に言えば?」


 フィードの言葉に、ライラは茶化す。

 いつもこんな感じなのだろう——レーデッドは思いながら、ふと疑問に思ったことをメアリーに質問する。


「そういえば、これからはどうするんだ? 歩いて行くのか?」

「それも悪くないんだけれどねえ」


 メアリーは髪の毛をくるくると指先に巻き付けながら、


「歩きで行くと、きっと数日はかかる。……はっきり言って、そんなのんびりと悠長に進んではいられないの。であれば、何を使うか」

「馬車か?」

「馬車は、そう長い時間遠くに出せない。あれはあれで良いのだけれどね」

「じゃあ、どうするんだよ?」


 レーデッドは質問する。

 こちらがあれやこれや言っても全て否定してくるので、余程良いアイディアを持っているのだろうと思っていたのだが、


「『マジック・エッグ』」

「……聞いたことがあるような、ないような」


 レーデッドの反応に、思わずずっこけるメアリー。


「まあ、仕方ない……か? 何せもうこれは随分昔に消滅したと言われているし——表向きは」


 メアリーはそう言ってポケットから何かを取り出す。

 それは卵であった。

 卵と言っても、白い卵ではなく、何処か灰色のそれは既に亀裂が若干見えている。


「『マジック・エッグ』は簡単に言えば、術式を封じ込めた携帯型錬成陣。昔は学校の課外授業に持参することもあったのだけれど、今やもうこれを生み出せる存在すら居なくなっていって、気付けばこれは貴重な代物と化している。……そういう意味では、知らないのも致し方ないのかもしれないけれど」


 ほいっとメアリーはその卵を地面に投げつける。

 出てきたのは、小さい車だった。

 しかしその車は、所謂馬車で言うところの荷台だけで、それだけでは全く動きそうにない。


「……これは?」

「さっき、マジック・エッグの説明をしたけれど、あれは昔の話なのよねえ」

「昔?」

「うちに居た研究者が、マジック・エッグには術式以外も封じ込めることが分かった。マジック・エッグには極小の反重力物質を封じ込めているから、質量を限りなくゼロに近づけることが出来るんだって」

「……つまり?」


 レーデッドには、直ぐにその言葉の意味が理解出来なかった。


「——つまり、この卵に入りきらないぐらい巨大な物体であっても封じ込めることが出来る、ということ。だから魔術や錬金術もここに封じ込めることが出来た——って訳ね。尤も、それを生み出したのは、今より遙かに技術が発達した旧時代のオーパーツ……。容易に生み出すことは、出来なくなってきているのだけれど」

「……それじゃあ、如何してこれを今でも生み出しているんですか?」


 レーデッドの問いに、メアリーは唇を窄める。


「……まあ、それは秘密としておきましょうか。別にあなたには言っても良いのだろうけれど、出来る限りこの事実を知っている人間は減らさないといけないし」

「つまり、言いたくないってことだな。——まあ、別に良いけれど」

「知りたいと思わないの?」

「教えてくれないんだろう? だったら、別に良いよ。変にいざこざを起こすつもりもない」

「有難いけれど、張り合いがないというか……。まあ、良いわ」


 メアリーは強引に話を切り上げて、さらに話を続ける。


「ともかく……、この車は結構変わった車でね」


 メアリーはそう言うと、手の上に炎を生み出す。

 至って簡単な、初級錬金術の一つだ。

 しかしながら、この程度の簡単なものであったにしても、錬成陣や術式を唱える必要もある——にも関わらず、メアリーはそれを何もせずにやってのけた。


「この炎を、この車に放り込んであげると……」


 蓋を開けて、炎をそこに投げ入れる。

 炎と言うよりは、種火に近いぐらい僅かな炎ではあったが、それを車に入れた瞬間、車が震え始めた。


「……何が起きているんだ?」

「これもまた、旧時代の技術ってところかな。私も詳しいメカニズムは分からないのだけれど、炎を入れると暫く動き続けるみたい。どうやら勝手に中に入っている燃料に火を付けて、それをエネルギーにして動き続けるらしいのだけれど」

「……これも、旧時代の——」


 レーデッドは訳が分からなかった。

 旧時代は、自分達が生きているこの時代よりも、遙かに文明が発展していた世界であること——それだけは分かる。

 しかしながら、逆にいくつか疑問も湧き出てくる。


「……どうして、旧時代の文明は今の時代に残らなかったんですか? もし受け継がれていたのならば、今の時代はもっと住みやすくなっていたのでは?」

「少なくとも、今のように魔術なり錬金術なりは発展しなかったでしょうね」


 メアリーは少し俯くように言った。


「それが良いのか悪いのか……今のわたし達には俯瞰でしか物事を見ることは出来ないけれど、少なくともこの結果以外の別の可能性が有り得たなんてことは、正直想像がつかないわね」

「……成程」


 とにかく、だ。

 今はこれに乗り込まなくては、話が全く進まない。

 それを分かっていたレーデッドは、自ら進んでそれに乗り込んだ。


「——あれ? 思ったより快適……かも?」

「何せ馬車はのんびり動くし揺れるしで、快適性は皆無だったからね。それに比べれば、全然」

「そんなものでしたっけ? マジック・エッグの存在こそ分かってはいましたけれど、よもやそんなことになっているとは思いもしませんでしたよ」


 ライラの言葉に、メアリーは首を傾げる。


「そうだったっけ?」

「そうでしたよ。別に間違えたことは、一つも言っていません」

「……まあ、そんなことでも」


 一先ずは。

 このオーパーツ染みた機械に乗って、レーデッド達は一路シュラス錬金術研究所へと向かうのであった。

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その果実は禁断なり 巫夏希 @natsuki_miko

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