何かがおかしいオークと女騎士

ソーマ

Case1:もしも女騎士が……

日の光がほとんど入らない、狭く古ぼけた個室。

そこに1人の女騎士がうずくまるようにして座っていた。

愛用の鎧と剣は、今はここには無い。

今女騎士が身に纏っているのは、局部を隠すのすら心もとない、ボロボロの布切れだけだ。

そして両手両足は縄で縛られている。

そしてその縄は頑丈な鎖に繋がれ、さらに鎖は柱に巻き付けられている。

今の女騎士の行動範囲は、この柱を中心として鎖の長さ分を半径とした円の広さだけだ。



きぃ……



その時、女騎士のいる個室のドアが小さな軋み音を上げて開いた。

そして個室に入ってくる2つの大きな影。

身長は優に成人男性の1.5倍はある。

腕は丸太のように太い。

あんな腕で殴られでもしたら骨など折れるを通り越して砕けてしまうかもしれない。

大きな口から覗かせている牙はとても鋭い。

女騎士の肌などたやすく貫きそうである。

衣服は革の腰巻を巻いているだけだ。

そのいでたちが野蛮さと獰猛さを醸し出しているように見える。

極めつけは……肌の色が薄黒い緑色をしている。

この世界に一定数いる、オークと呼ばれる種族の特徴だ。

女騎士は、個室に入ってきた2体のオークを睨みつけ、叫んだ。


「くっ……殺せ! こんな恥辱を晒すくらいなら死んだ方がマシだっ!!」


そんな女騎士に対し、2体のオークは欲望に濁った眼を女騎士に向け……


「……いや、そんなキラキラと目を輝かせながら言われても、なぁ?」

「そッスね、先輩。この人間言動が一致してないッス」


……るようなことは無く、むしろ困ったような表情でお互いの顔を見合うのであった。




Case1:もしも女騎士がド変態だったら




「何を言うか! 貴様らオークどもは他種族のメスを見境なくさらい、己の子を孕ませる鬼畜のごとき種族だろうがっ!!」

「いやどこ情報よそれ。少なくとも俺らの世代でそんなトチ狂ったことしてる奴なんて聞いたことも無いぞ」

「と言うか、種族が違うのに子供を作ることってできるんスかね?」


やや興奮気味に叫び散らす女騎士に対し、オーク2体はとても冷静だ。


「できる! 私は実例を知っているんだ」

「え、マジで?」

「私の故郷に牧場を経営している家族がいるんだが、そこの長男が絵にも描けないほどの醜悪な面構えをしていてな。アレは間違いなく牧場の奥方が昔オークに孕まされてできた子供だ!」

「とりあえずアンタその牧場のご家族に謝った方が良いと思うッス」

「それも土下座する勢いでな。気の毒に……こんな変な奴に目をつけられて……」


見たことも会ったことも無い、牧場を経営している家族に同情しか湧かないオーク2体。


「それに私をこのような破廉恥な格好をさせて独房に放り込み、挙句の果てには手足を縛って鎖で繋ぐなどという所業……! 私も貴様らの子を孕むための苗床にしようという魂胆か!」

「いやそれアンタ自分でやったんだろうが」

「俺らの集落に来た瞬間鎧を脱ぎ捨てだしたときは何事かと思ったッスよ」

「とりあえず小さい子もいたから慌ててここに放り込んだけど、ちょっと目を離したら何かおかしなことになってるし……しかも武具を無造作に投げ散らかすから片付けるの面倒くさかったんだぞ」

「あ、ちなみに脱ぎ捨てた装備品は部屋の隅に纏めて置いてあるんで帰る時に持ってってくださいッス」


確かにこの個室の隅に、女騎士が装備していた武具一式が綺麗に並べられていた。

脱ぎ捨てた時に付いた汚れなども綺麗に拭き取られている。


「ちなみにここ、独房でも何でもない、ただの空き家だからな? もちろん鍵もかかっていないからいつでも出て行って良いからな? というか出てけ」

「ふざけるな! この縛られた手足と柱に繋がれた鎖が貴様らには見えんのか!」

「いやそれもアンタが自分でやったんだっつーに。俺たち何もしてねーよ」

「と言うか鎖と足は良いとして、どうやって自分で手を縛ったんスかね?」


後輩オークが疑問を呈する。

見た感じではかなりしっかりと縛られている。簡単にほどけそうにはない。


「フッ……この程度の技術、騎士ならば当然の嗜みだ」

「……騎士って何なんだろうな?」

「と言うかそんな技術、日の目を見る時があってほしくないッス」


ドヤ顔で自慢する女騎士に対して、げんなりとした様相のオークたち。


「……ところで、そろそろどうだ?」


唐突に意味の分からないことを言い出す女騎士。


「……どうだって、何が?」

「そろそろこの私の煽情的な痴態を見てムラムラしてきたのではないか? 自慢ではないが、私は自分の容姿には自信がある方だぞ?」


今の女騎士は、面積の小さいボロボロの布切れを纏ってどうにか局部だけを隠しているような状態だ。

しかも自分で言うだけあって、プロポーションは素晴らしいものがある。

だが……


「アンタは俺たちを何だと思ってるんだ」

「無論、性欲が服を着て歩いているような魔物だ!」

「とりあえずアンタ全オークに謝れッス」


堂々ととんでもないことを言い出した女騎士を冷めた目で見るオーク。

劣情を催しそうな様相は微塵も感じられない。

というのも……


「同じ人間からすればそりゃもうそそられるんだろうけど」

「それが俺たちオークにも適用されるかどうかは別問題ッス」


オークと人間とでは美的感覚が異なるのだ。

たとえ人間の中で絶世の美女と言われても、それがオークにも通用するとは限らない。


「アンタも厩舎の中で一番の美丈夫な馬を見せられたって欲情しないだろ? それと同じだ」

「何を言っている? 私は欲情するぞ?」

「えぇー……」

「見初めた日に早速夜這いを仕掛けたんだが失敗して、厩舎の主に出禁を言い渡されてしまった」

「うわぁ……」

「もうそう言う意味不明すぎる言動で全てが台無しッス」

「なん……だと……?」


信じられないものでも見るような目でオークたちを見る女騎士。

そんな目をしたいのはオークたちの方なのだが、そのことに女騎士は気づかない。


「そんなはずは無い……! 私はな……幼い頃からオークがどのような生物なのか独自に研究してきた。様々な書物をあさり、それを己の知識としてきた」

「へぇー」

「そして調べて知識を積み重ねていくうちに、自分の中にひとつの欲が生まれたのだ」

「何スかね、嫌な予感しかしないッス」

「そう! 無数のオークに囲まれて、肉欲と性欲にまみれた宴を開きたいという欲が!!」

「何をどうしたらそうなる」

「絶対余計なガセ知識を積んでるッスね」

「前後左右上下全てをオークに囲まれて夜通し行われる終わらない狂乱の宴……そして果てる間際に私はアヘ顔ダブルピースを決めながらこう言い残すのだ。……『性欲を持て余す』、と」

「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ周りの人間は……」

「前後左右上下って……一体どういう絵面なんスかね?」

「む? そうかそんなに気になるか! ならば教えてやろう。まずは……」

「いらんいらん! 解説を始めようとすんな!!」


身振り手振りで説明を始めようとする女騎士を制止する先輩オーク。


「もう何からどう突っ込めば良いか分かんないッスよ……」

「何をどう突っ込めば良いか……だと? 何、簡単なことだ。お前のその逸物を私の」

「下ネタはやめろぉっ!!」


表現が直接的になってきた女騎士に、ついに先輩オークがキレた。


「さっき言ったよな!? ここ、小さい子もいるの! そして防音とかも全くないから外に丸聞こえなの!!」

「何? お前は他人に聞かれて興奮するタイプなのか!?」

「そんな事言ってねぇぇぇ!! そんな仲間を見るような目でこっちを見るな! そんな趣味ねぇよ!!」

「せ、先輩! 落ち着いてくださいッス!!」


後輩オークが慌てて宥めにかかる。


「もう帰れよ! 装備もそこにあるし縄も切ってやるから!」

「断る! 目的も果たせずこのまま帰れるか! 小さい頃保育所で『おおきくなったらたくさんのおーくにおかされたいです』と書いた、いたいけな私の願いはどうなる!!」

「いたいけ要素微塵もねーよ! そんな願い肥溜めにでも投げ捨ててしまえ!!」

「と言うか小さい頃からそんなんだったんスね……筋金入りのド変態ッス」

「フッ……そう褒めるな」

「褒めてないッスよ!?」


ついには後輩オークもキレかけてきた。


「ああもう……こうなったらお望み通り、恥辱にまみれた末路を辿らせてやるよ」


いつまで経っても話が平行線のまま進まないので、痺れを切らした先輩オークがそう切り出した。


「先輩!? 良いんスか? 確か先月結婚したばかりッスよね?」

「だからだよ。俺は早く帰って嫁の顔を見たいんだよ。こうでもせんと終わらんだろ……それに定時過ぎても時間外手当なんか出ないからな」

「世知辛い世の中ッスね……」

「という訳だ。覚悟は良いな?」

「おお、やっとか! 待ちわびたぞ……じゃない、どんな責め苦を受けようとも私は屈しないぞ!!」

「今更体裁を見繕っても遅いッス」

「後輩、何人か呼んでこい。人数は多い方が良いだろう」

「は、はいッス!」


そう言って後輩オークは部屋を後にする。


「つ、ついに長年夢に見たオークたちとの酒池肉林の宴……武者震いが止まらんぞうへへへへへ……」


女騎士はこれから自分の身に降りかかるであろう事を夢想して恍惚の表情を浮かべている。

その様子を先輩オークは気の毒な物を見るかのような目で見つめていた。



「本当に申し訳ない! うちの女騎士が多大な迷惑をかけた!!」

「ホントにな……おたくらどういう教育してるわけ?」

「返す言葉も無い……我々も何とか矯正しようとはしているのだが、中々思うように行かず……」

「まぁ、心中お察しはするッス」

「確かに、更生には想像を絶する労力がいるだろうな……その点は同情するよ」

「「「はぁ…………」」」


今オーク2体は、人間の街の外れにある、衛兵詰所にまで来ていた。

そこで見張りをしていた兵士に女騎士の引渡しを行っているのだ。

女騎士のド変態っぷりに溜息しか出ない1人と2体。


「おいいいいぃぃぃぃ!!? これはどういう事だ!!」


オークが引いてきた荷車の中から女騎士の叫び声が聞こえてくる。


「なんだようるさいなぁ……」

「話が違うではないか! 酒池肉林は? 肉欲と性欲にまみれた終わらない宴はどうした!!?」

「……そんな物を約束した覚えは無い」

「嘘を吐くなっ! 貴様、男なら口にした事はきちんと守れ! それでも騎士かっ!!」

「俺ら騎士じゃないッス」

「それに嘘も吐いてない。俺は『恥辱にまみれた末路を辿らせてやるよ』と言っただけだ」

「ならば何故私は綺麗な身体のままなのだ!!! ここに来るまでに貴様ら、私に指一本触れなかったではないか!!」

「……別に俺たちが手を出すとは言ってないよな?」

「なっ!?」

「アンタが解釈を間違えただけッス」


オークたちがとった行動。

それは『何もしない』であった。

手足を縛ったまま女オークに頼んで荷車に運んでもらい、人間の街まで荷車を引いてきたのだ。

途中すれ違った人間の行商人や旅人がギョッとした表情でこちらを見てきたのが印象的だった。

中には人攫いと間違えて襲いかかってきた人間もいたが、荷車に積まれた人間の顔を見た瞬間気の毒そうな顔をして武器をしまい、襲いかかったことを謝って去っていった。

どうやらこの女騎士のド変態っぷりは人間たちの間では有名らしい。


「そんな隠すべき所もロクに隠せないようなボロボロの布切れだけ身にまとって街道で衆目に晒される……十分恥辱にまみれているとは思わんか?」

「これのどこが恥辱だ! むしろご褒美ではないか! 貴様ら、ここまでお膳立てされた据え膳を手をつけすらしないとは、オークとしてのプライドは無いのかっ!」

「なんだよオークとしてのプライドって……ああ何も言うな。どうせロクなこと言わんだろうし」

「……なんで傷ひとつ付けず返したのに責められなきゃならないんスかね?」

「アンタら、もうちょっと人を見る目を養った方が良いと思うぞ?」

「それが……コイツ、騎士としての実力は折り紙付きで……」

「うわぁめんどくせぇ」

「とにかく、送り届けてくれた事には感謝する。一応調書を取りたいから街の中央にある事務所まで御足労願えないだろうか」


そう言って先導を始める兵士。

オークたちは荷車を引きながらそれに続く。

道行く人たちは、オークが街中を歩いていることに驚き警戒心を露わにするが、荷車の中身を見た途端同情の目付きに変わる。

それだけでもうこの女騎士の街中での評判が分かる。


「……なんか俺たちまで晒し者にされてる気分ッスね」

「……堂々としてろ。俺たちは何も悪い事はしてないんだから」

「あぁ……見られてる……私のこんなあられもない姿を街の皆に見られちゃってる……! んほおおおぉぉぉぉーーーー!!!」


変な叫び声をあげる女騎士に、オークたちの足取りは重くなるばかりだ。

さっさと終わらせて帰りたい。オークたちの頭の中はもうそれしか無かった。

せめてもの救いは、オークたちに敵愾心を抱くような人間が一人も出なかった事だろう。


『オークのおにいちゃんたち、おつかれさま。これあげる』


と、帰り際に幼い少女からそんな労いの言葉と共に貰った焼き菓子がオークたちの心にじんわりと染み入るのであった。




この出来事を機に、人間のオークに対する見方が変わり、果ては友好関係を結ぶにまで至るのだが、それはまた別の話である。

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