第4話 仕事のミスはきちんと言おうぜ?
シェアハウスの管理を始めて一ヶ月。
最初こそは警察を呼ばれたり、クリーチャーがそこらを跋扈して噂になったりと、さまざまな事件があったが、最近になって落ち着いてきた。
アクの強さを除けばいい子揃いで、備品は常に新品同然に手入れされてるし、部屋も人が住んだことによる劣化はあるものの、そこまで気になるものでもない。
特筆すべき異常がないとは、素晴らしいことだ。
世の中には、終末期ヒャッハーもびっくりなイカれポンチもいるのだから。
そう、思っていたのに。
私はヒクヒクと表情を引き攣らせ、なんとも奇天烈な印象を受ける部屋の中心にいるロクちゃんに声をかける。
「……何やってんの、ロクちゃん」
「仕事です」
「部屋の改造がお仕事って何ぞ?」
無許可で部屋を改造すんな。
賃貸なんよ。このシェアハウス、私がアンタに貸してるんよ。
お前が退去する時、どうやって元に戻せばいいんだ。
未来の不思議パワーで戻せるんだったら100歩譲っていいけど、空き巣とかがこれ見たらどうするんだろう。
絶対にこの時代の人間が知っちゃいけないテクノロジーでしょ、これ。
私も見たからって理由で消されないよな?
そんなことを思いつつ、私はロクちゃんに問いを続けた。
「なんの改造してんの?」
「並行世界を観測するため、必要機材を展開しています。
我々D-Xシリーズは、時代の観測と同時に、並行世界の衝突が起きないか監視する役割を担っているのです」
「パラレルワールドってやつか」
「はい」
ポンコツのイメージがあったけど、仕事はキッチリやるタイプなのか。
私が感嘆の声を漏らすと、ロクちゃんは自慢げに続けた。
「いつ何が原因で、並行世界による時空間の乱れが発生するかわかりません。
その乱れがもたらす被害はあまりに甚大。
過去にあった例では、たった一度の乱れで、観測するだけでも651個の世界が崩壊したとか」
「思ったよりヤバい仕事してる?」
並行世界の母数がわからんから、なんとも言えないけど。
それでも600超えてる世界が滅んでるのは流石にヤバい気がする。
…ただの大家がそんなスケールのでかい危機を理解しろと言われても、ちょっと無理があるけど。
そんなことを思っていると、ロクちゃんが首を横に振った。
「いえ、この機材は監視するためだけのものです。
少しでも乱れが観測されたら、即座に私がその世界へと赴き、その阻止に動きます」
「……このシェアハウスが乱れの中心地だったから入居したとかじゃないよね?」
「いえ、ここは単純に家賃がアホみたいに安かったのと、条件がクソゆるゆるだったので、怪しまれて人もいないだろうと思い、拠点として使おうと入りました」
「そこの理由は普通なんかい」
むしろ、そうであって欲しかった。
…ってか、やっぱ怪しいのな、この条件。
いや、自分で見てても「バカ怪しいな」って思ったけど。
私がそんなことを思っていると、宇宙空間のように煌めく部屋に浮かぶように、一つのウィンドウが現れた。
「なに、このウィンドウ?」
「観測AIのメッセージウィンドウです。
未来の言語で書かれてるので、理解はできないかと」
「なんで書いてんの?」
「何か異常がないかを問われています。
今のところは機材を通して見ても、特に何もないので、何もないと返せば今日の業務終了です」
「はぇー。…私が聞いてもいいヤツ?」
「大家さんには世界をどうこうする力はないですし、問題ないです」
「同居人の方はアウトじゃん」
「彼女たちとは『余計なことはしない』と契約を交わしているので、問題ないです」
なんでだろう。そこはかとなく不安だ。
私がそんな不安を抱くのをよそに、彼女がウィンドウを閉じる。
と、その時だった。
並んでいた地球儀の一つが、とんでもなく赤く染まったのは。
「…………」
「…………」
どう見ても大問題である。
問題ないって報告書送った途端にコレって、私だったら頭爆発するぞ。
アンドロイドとは思えないほどにキテレツな表情を浮かべ、気まずそうにこちらを見るロクちゃん。
いや、私を見られても、どうにもできるもんでもあるまいに。
私はため息を吐くと、ロクちゃんに問いかけた。
「何起きてんの、これ?」
「この色から見るに、『並行世界への被害が考えられる、人類の滅亡』です」
「ほーん…。まずは中の様子見て、現状確認だね」
「見てみます…。
……あコレ思った100倍やべぇわ。
ワームホール作ったはいいけど、制御できてなくてブラックホールみたいになってる」
「口調崩れてるよ、ロクちゃん」
そんな事態に直面してんの?
報告書送った直後に、思った100倍はヤバい問題起きるの怖すぎるだろ。
このまま見て見ぬ振りするのも後味悪いし、知恵は貸してやろうかな。
いや、パンピーの知恵でこの事態が収まるとは思えないけど。
「ロクちゃんはそういうの制御できんの?」
「無理です。本機に搭載されたエネルギー総量では、到底コレを塞ぐ、および消滅させることは出来ません。
少なくとも、世界一つを消滅させるほどのエネルギーが必要に…」
「ちょい待ち。神崎さーん!今暇ー!?」
私が声を張り上げると、どたどたと階段を駆け上がる音が響く。
数秒も経たないうちに、すぱぁん、と扉が勢いよく開き、そこから神崎さんが現れた。
「はーい!……なんこれ?」
「説明はあと。神崎さん、世界消せる?」
「出来ますけど…、え?
大家さん、前の職場の方とか、人間社会に恨みでもあるんですか?」
あるに決まってんだろボケ。
そんな罵詈雑言が飛び出そうになったが、私はなんとかそれを飲み込み、状況を説明する。
「いや、私が世界ごと心中してやるってヤケになったわけじゃなくて。
今ちょっと並行世界でヤバめの危機が迫ってて、下手したらこの世界もヤバいんだって。
で、ロクちゃん曰く、世界消せるくらいのエネルギーが必要なの」
「…………????」
「うん。そうなるよね。わかる」
話の2割も理解してなさそうな顔してる。
なんというか、「脳が溶けてる」としか表現できない顔だ。
私は非常に噛み砕いて、「世界やばい。君の力が必要」とだけ伝える。
と。彼女は満面の笑みを浮かべ、力強く頷いた。
「兎に角、私が頑張れば、世界が救われるわけですね!!」
「そういうこと!さ、ロクちゃん!
神崎さんをこの世界に連れてって!」
「了解しました」
素直な子でよかった。…詐欺とかに巻き込まれないか心配だけど。
ぐにょん、と空間が収束するようなエフェクトと共に、2人の姿が消える。
しばらくすると、地球儀が青色に戻り、同じように空間が歪み、2人が現れた。
「お疲れ。どーだった?」
「……なんか、余計に話が拗れちゃったというか…」
「はぇ?」
言葉を濁した神崎さんに、私が首を傾げたその時だった。
正常に戻ったはずの地球儀が、ざっと20個ほどに分裂したのは。
…うん。どう見ても悪化してるね、これ。
滅亡するのはもちろんのこと、増えてもダメなんじゃないか?
私がロクちゃんへと目を向けると、ダラダラと冷や汗…というべきかどうかわからない液体を、全身から流していた。
「…ロクちゃん、そのさ。
報告書、書き直して送りな?」
「………はい」
アンドロイドだというのに、明らかに気落ちした様子で、ロクちゃんは宙にウィンドウを顕現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます