第12話(1)情熱対鳴動

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「しかし……マボロシッチたちに任せてきて大丈夫だったのかね?」


 陽炎が心配そうに後ろを振り返る。


「何を今さら言っているんだ……」


 現が呆れる。


「気のせいか、銃声みたいなのも聴こえたぞ……」


「みたいじゃなくて……あれは銃声そのものだ」


「ええっ⁉ マジかよ⁉」


 陽炎が驚く。


「マジだ」


 現が頷く。


「それって地味にやべえじゃねえかよ⁉」


「地味にじゃなくて派手にやばいな」


「も、戻って助太刀した方が……」


「……その必要はありませんわ!」


「えっ⁉」


 先頭を走る甘美が立ち止まって振り返る。


「あの二人ならばきっと大丈夫……!」


「な、何を根拠に大丈夫って……?」


 陽炎が尋ねる。


「……なんとなく!」


「な、なんとなくって⁉」


 陽炎が戸惑う。


「まあ、そういう思考回路だ、こいつは……」


 現が額を軽く抑える。甘美が唇を尖らせる。


「そこは全幅の信頼を寄せていると言って欲しいですわ」


「そういう風に言えば確かに聞こえは良いが……」


「それに戻って必ず助けになるかどうかは分かりません。かえって足を引っ張るような結果になってしまうかもしれませんわ」


「それはそうかもしれないが……」


「ならば先に進むほかないでしょう……!」


 甘美が先を指差す。


「先と言われてもな……かなり広いぜ、この夢世界……」


 陽炎が後頭部をポリポリと掻く。


「……いや、そろそろ奴らから接触してくるだろう……」


 現が呟く。


「どうしてなかなか察しが良いな……」


「むっ!」


 茶髪のサイドテールが特徴的なスレンダーな体型の女性が現れる。


「貴女は……なんとかのかんとか!」


 甘美の言葉にサイドテールが思わず頭を抑える。


「な、なにひとつ分かっていないではないか……!」


「お顔はよく存じ上げております!」


「そ、そうか……では、あらためて……我はトロイメライのフェーズだ……」


「何の御用ですか⁉」


「別にわざわざ答えてやる必要はないな……」


「それなら相手してやる必要もねえな!」


 陽炎がさっと前に進み出る。


「むっ……」


 フェーズが眉をひそめる。陽炎が甘美たちを促す。


「カンビアッソ! ウットゥーツ、先に行け!」


「し、しかし……」


「よく分からねえけど、こいつらの狙いはカンビアッソみたいだからな! 馬鹿正直に対応していたら思うつぼだぜ!」


「ふむ……それは珍しく陽炎の言う通りかもしれないな……」


 現が顎に手を当てて頷く。


「珍しくは余計だっつうの!」


 陽炎が声を上げる。


「……任せても良いんだな?」


「ああ、任せとけ!」


 現の問いに陽炎が力強く頷く。現が甘美の方を向いて告げる。


「それならば……行くぞ、甘美!」


「え、ええ!」


 現と甘美がフェーズの横を走ってすり抜けていく。


「……」


 フェーズがそれを黙って見送る。それを見て陽炎が首を捻る。


「へえ、何も手を出さないとは意外だな……」


「……まあ、余計なものを先に排除しておく方が良いかと思ってな……」


「よ、余計なものってもしかしてオレのことか⁉」


「そうだ、騒がしいノイズと言った方が良かったか?」


「! ノ、ノイズだと……随分と好き勝手言ってくれるじゃねえか……」


 陽炎が顔をしかめながら身構える。


「ふむ……」


 フェーズが陽炎をじっと見つめる。


「な、なんだよ……?」


「あいにくだがあまり構っている暇はないのだ……」


「それはこっちのセリフだよ」


「ふっ、気が合うな」


 フェーズが笑みを浮かべる。


「嫌な感じだけどな」


 陽炎がペロっと舌を出す。


「さっさと終わらせよう……」


 フェーズが右手を掲げると、馬に乗って槍を構えた者のような影が数組現れる。


「ああん⁉」


「……やれ」


「うおおっ⁉」


 馬が走り出し、その上に乗った者が槍を鋭く突き出す。陽炎は転がりながら、それをなんとかかわしてみせる。


「ほう、意外と身軽だな……」


 フェーズが感心する。


「な、なんだ⁉ 馬⁉」


「馬か……まあ、そうだな……」


 フェーズが首を縦に振る。


「乗っているのはなんだよ! 人か⁉」


「というよりも騎士だな……」


 フェーズが陽炎の言葉を訂正する。


「き、騎士だと⁉」


「ナイトと言った方が良いか?」


 フェーズが肩をすくめる。


「ナ、ナイトって……! 持っているのは槍か⁉」


「ただの長めの棒を持っていると思うか?」


 フェーズがわざとらしく両手を広げる。


「くっ……!」


「さあ……チェックメイトだ!」


 フェーズが右手を振る。馬の影たちが陽炎を取り囲み、逃げ場をなくす。


「ちっ、これならどうだ!」


「なっ⁉」


 陽炎がギターを弾くと、炎が巻き起こり、馬の影が霧消する。


「……!」


 馬の影が消えたことによって、落馬した騎士たちの影も霧消する。


「お、おお……?」


 フェーズだけでなく、陽炎も戸惑う。


「情熱溢れる演奏で炎を巻き起こすとは……」


「わ、我ながら驚いたぜ……」


「馬ではなく、木馬と見抜いてのことか……」


「も、木馬⁉」


「よく燃えやすい……それを狙ったとは……」


「えっと……」


 陽炎が後頭部を抑える。フェーズが腕を組む。


「なかなかやるな……」


「……まあな!」


 陽炎は否定することでもないと思い、胸を張ってみせる。


「影ではなく、我が相手をしてやろう……」


 フェーズが二本のヘッドの付いたばちを取り出す。


「むっ……? スティック……?」


「これはマレットだ! 行くぞ!」


 木製の音板を並べたものが現れる。陽炎が声を上げる。


「木琴か!」


「マリンバと言え!」


「一緒だろうが!」


「全然違うものだ!」


 フェーズが声を上げる。


「そうなのか……?」


 陽炎が首を傾げる。


「まあいい! これでも食らえ!」


「!」


 フェーズがマレットを使って、マリンバを鳴らす。音の揺れが陽炎に襲いかかり、陽炎は膝をつく。フェーズが笑う。


「ふっ、体によく響いただろう……」


「ぐっ……」


 陽炎がうつ伏せに倒れ込む。


「体鳴楽器の恐ろしさを、その身をもって知ったか……? いや、もう聞こえてはいないか……さて、やつらの後を追うとするか……」


 フェーズが踵を返して、甘美たちの後を追う。

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