第6話(1)噂や評判
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「……もうすぐ目的地ですわ」
運転をしながら甘美が呟く。助手席に座る刹那に斜め後ろの席の現が問う。
「今さらだが……えっと……六口さん?」
「刹那で良いよ」
刹那は現に答える。
「せ、刹那……良かったのか?」
「何が?」
「いや、バンドを移ることに関してだ」
「別に問題はないよ」
「そ、そうなのか?」
「うん、あのバンドとは、あのイベントだけのヘルプだったからね」
「それにしてもだな……」
「何か気になるの?」
「いや、フットワークが軽くないか?」
「そうかな?」
刹那が首を傾げる。
「そうだ。岡山を拠点に活動しているんだろう?」
「いいや、今の拠点は君たちと一緒の広島だよ」
「え! そうなのか?」
「うん。岡山には実家があるからね。連休で帰省するっていう話が高校時代の先輩に伝わって、先輩の頼みであのバンドにちょっと参加していたってだけだよ」
「普段は広島なのか?」
「うん、短大に通っているよ」
「そ、そうか……」
「君たちのことも噂程度ではあるけれど、耳にしてはいたよ」
「ほう……どんな噂だ?」
現が顎をさする。
「『お嬢様と巫女さんの凸凹デュオ』だって」
「凸凹デュオって!」
「どっちが凸ですの?」
甘美が尋ねる。
「そこは気にするところじゃないだろう!」
「凹は何となく嫌ですわね。現にお譲りしますわ」
「いらん!」
「え? まさか貴女も凸狙い……?」
「まさかってなんだ! 凸なんて狙ったこともない!」
よく分からないことを話す甘美に対し、現が声を上げる。
「これは大事なことですわよ……」
「どこが大事だ!」
「下手すればユニット存続に関わるような……」
「そういうのは『音楽性の違いで……』とかだろう! なんだ、『凸の取り合いで揉めて……』って意味不明だろう!」
「ロックではあるよな……」
現の隣に座る陽炎が腕を組んで笑みを浮かべる。
「なんでもかんでもロックで片付けるな……」
「『奇々怪々なコンビ』だという評判も……」
刹那が顎をさすりながら呟く。現が首を捻る。
「ど、どんな評判だ?」
「怪は現で決まりですわね」
「何故にしてそうなる?」
現が甘美に問う。
「だって、怪しげな占い師活動をしているじゃありませんか」
「怪しげって言うな」
「だって他に形容しようがありませんもの」
「……それならば、奇がお前を指すことになるぞ?」
「大歓迎ですわ!」
「だ、大歓迎だと?」
現が戸惑う。
「ええ、奇妙、奇天烈、奇人などと言うではありませんか」
「……それ、嬉しいのか?」
現が目を細める。
「人より抜きん出ているということでしょう?」
「主に悪い意味でな……」
「それは捉え方次第です。凡人と思われるよりは遥かにマシですわ」
「む、むう……」
「数奇という言葉もありますわね」
「そ、それは本当に良くない意味だろう」
「波乱万丈とも言い換えられますわ」
「へえ、それもまたロックだな!」
「だから、急に入り込んでくるな!」
陽炎に対して、現が声を上げる。
「『陰と陽のユニット』だという話も……」
「それはもう悪口の部類だろう!」
刹那の呟きに現が怒る。甘美が首を傾げる。
「あら、どうしてですの?」
「どうせ、『陰キャと陽キャのハーモニー』だとかなんとか言うんだろう⁉」
「そ、そういうキャッチコピーみたいなのまでは聞いたことが無いけど……」
刹那が少々戸惑う。
「『陰キャと陽キャのケミストリー』の方が良い感じじゃねえか?」
「陰キャをマストにするな!」
陽炎に対し、現が再び声を上げる。
「良いではありませんか、陰のある……ミステリアスだということですわ」
「お前はなんでも良い風に捉えるな……」
現が呆れたような視線を甘美に向ける。
「噂も評判も立つに越したことはありません」
「前向きなことで……」
「『冷静と情熱の対比』という評も聞いたことがあるね」
「ま、まだあるのか⁉」
刹那の呟きに現は困惑する。
「ふむ……それも悪くはありませんが、情熱は陽炎さんに取られてしまいましたわね」
甘美が笑みを浮かべる。
「まあ、情熱がほとばしちゃってるからな~」
陽炎が後頭部を抑える。現が冷ややかな視線を向ける。
「どんな照れ方だ……」
「それはそうとセッツ―ナよ」
「セ、セッツーナ⁉」
陽炎からの呼びかけに刹那が面喰らう。
「オレはどうなんだ?」
「え?」
刹那が首を傾げる。陽炎が重ねて尋ねる。
「オレの噂は聞いてないのか?」
「あ、ああ……これっぽっちも聞いたことがないね……」
「なっ⁉ どういうこったよ⁉ こんな情熱的かつ魅力的なギタリストを知らねえのか⁉」
「情熱も魅力もまだまだ不十分だということでしょう」
「⁉ な、何気に酷えこと言うなよ、カンビアッソ⁉」
「なんの、これからどんどんと上げて行けば良いだけのことですわ……」
甘美の運転する車は西に進む。
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