第3話(4)シンプル
「……結構な距離を歩いたな」
「ええ……」
現の呟きに甘美が応える。
「そろそろ奥についても良い頃合いなのだが……」
「む……」
甘美たちが角を曲がると、長身でがっしりとした形の影が数体立っていた。影たちも甘美たちに気が付く。
「なんだあ?」
「店の女の子にちょっかいかけてもらっちゃあ困るんだよね~」
「ちょっと顔を貸してもらおうか?」
影たちが甘美たちに近づいてくる。
「こいつら……」
「現……」
「分かっている!」
「おらあっ!」
「!」
「くっ!」
影たちが殴りかかってくる。甘美と現はなんとかそれをかわす。
「へえ、やるじゃあねえか……」
「女だからって甘く見ていたな……今度は手加減しねえぞ!」
影たちが攻勢を強めてくる。甘美と現は鋭い身のこなしでそれをどうにかいなす。
「こ、こいつら、戦闘能力が高いぞ!」
「いわゆる、そういうお店の用心棒を務めている怖いお兄さん方でしょう!」
「なるほどな!」
「何をごちゃごちゃと喋っていやがる!」
「おっと!」
甘美がパンチを避ける。
「くそっ、ちょろちょろしやがって……」
「慌てるな、壁際に追い込め!」
現が声を上げる。
「くっ、反撃に出る隙がないぞ!」
「ちょっとマズいですわね……」
「お困りのようですわね!」
「⁉」
甘美は声のした方に視線を向けて驚いた。極楽と執事の岩城が立っていたからである。
「助けてあげてもよろしくてよ?」
「あいつは……大島激辛⁉」
「極楽ですわ! 苗字以外、一文字も合っていませんわよ⁉」
現に対し、極楽が声を上げる。
「な、何故貴女たちがここに⁉」
「何故かって? その質問には答えられませんわ……」
甘美の問いに極楽が首を振る。
「……これが『大島グループ』の研究の賜物ってことかしら?」
甘美が岩城に尋ねる。岩城が答える。
「……そうですね」
「何のためにこんな研究を?」
「お答えいたしかねます……」
「ふん……まあ、おおかたの察しはつきますが……」
「ちょ、ちょっと! アタクシを無視しないで下さる⁉」
極楽が憤慨する。
「なんだ、なんだ? やかましいのが増えたな……」
「あいつらから先にやってしまえ!」
影たちが反転し、極楽たちに向かう。甘美が声を上げる。
「あ、危ない!」
「なんの!」
「がはっ!」
極楽が振るったパンチを受けた影が霧消する。
「せいっ!」
「ぐはっ!」
極楽の放ったキックを受けた影が霧消する。
「そいやっ!」
「ごはっ!」
極楽のヘッドバットを受けた影が霧消する。甘美が唖然とする。
「た、単純に肉弾戦……」
「応援に来たぞ!」
「って、やられている⁉」
「お、おのれ!」
駆け付けた影たちが怒りを示す。
「増援ですか、面倒ですわね……岩城」
「はっ……! ! !」
「‼ ‼ ‼」
岩城が銃を発砲し、影を射抜いて霧消させる。
「……ざっとこんなものですわ」
極楽がわざとらしく両手を広げる。甘美が呆然とする。
「な、なんと……」
「さあ、先に進みましょうか、岩城」
「はっ……」
極楽と岩城が先に進む。
「甘美……」
「え、ええ、わたくしたちも参りましょう」
甘美と現が続く。岩城を先頭にして四人はしばらく歩く。
「……いました」
岩城が指し示した先に影が見える。普通の大きさの影である。
「……思っていたよりも普通ですわね、拍子抜けですわ、岩城、さっさと撃ちなさい」
「はい……」
「ま、待て! 現実の伊藤先輩の体に何らかの影響があるかもしれん! むやみやたらな攻撃は止めるんだ!」
現が声を上げる。影が甘美たちに気が付く。
「……!」
「! 速い! どわっ!」
「きゃあ!」
影が一瞬で距離を詰め、岩城と極楽を殴り倒す。受け身を取った極楽が叫ぶ。
「岩城! やり返しなさい!」
「いえ、お嬢様……今回はここまでのようです……保ちません」
「やられっぱなしではいられませんわ!」
極楽が威勢よく声を上げる。
「体に負担がかかります。ここは撤退を……!」
「! ちいっ!」
極楽と岩城が姿を消す。
「な、なんだ⁉ 消えた⁉」
現が驚く。甘美が呟く。
「恐らく……何らかのテストだったのでしょう……」
「テストだと? どういうことだ?」
「それについては、今はなんとも……」
「……‼」
「うおっ⁉」
「むうっ⁉」
影の鋭い攻撃を甘美たちがすんでのところでかわす。甘美が現に問う。
「なかなかお強いですわね……伊藤先輩は格闘技でもやってらっしゃるの?」
「いや、特になにも……ただ、これは推測だが……」
「どうぞ」
甘美が現に話の続きを促す。
「悩み事がシンプルな方が、夢世界のボスは手ごわかったりするのではないかと……」
「ふむ……」
「だ、誰も私のことを……」
影が頭部を覆う。
「隙が出来たぞ! 甘美!」
「ど、どうするつもりですか⁉」
「私たちは相談者の心に出来る限り寄り添う!」
「ということは⁉」
「歌え!」
「! 分かりました!」
「~~♪」
「~~~♪」
現の奏でるメロディーに乗せて、甘美が歌う。
「! そう、私は行ってみたい……自らの見聞を広めたい」
影が霧消する。甘美が現に問う。
「なんというか……洋楽っぽいメロディー進行でしたわね?」
「ああ、伊藤先輩は大学卒業後、海外留学するか、実家の呉服屋を継ぐかで迷っていた……」
「なるほど、進路の問題ですか。シンプルですが難しいことです……」
「夜の店でのアルバイトは、実家に頼らず留学資金を捻出する為だったか」
甘美と現がそれぞれ納得し、夢世界から戻る。目覚めた伊藤が告げる。
「……ありがとう、なんだかとってもスッキリしました」
「それは何よりです……」
「あら、これは……」
伊藤は机の上に置いてあったチラシを手に取る。
「ああ、知人のバンドでして……ライブチケットが売れなくて困っているそうです」
「私も彼女たちのことは知っています。さっきの夢にちょうど出てきたような……これも何かの縁だから、友達何人か誘って行こうかしら」
「……ありがとうございました」
事務所を出る伊藤を甘美たちは丁寧に送り出す。現が呟く。
「……当面の問題は解決しそうだが、新たな問題が持ち上がったな」
「ええ、そうですわね……」
甘美は夢世界で遭遇した極楽たちのことを思い出して目を細める。
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