いつかきっと異端な俺が異世界で英雄に
キタイシアキラ
第1話 プロローグ
「兄ちゃん、いくら美人とはいえ、人の女に手出したらアカンってことは、わかるよな?それに当たり前の話やが社会のルール、法律ってもんは守らなアカンもんやな」
そう言うと関西弁の金髪の男は僕の胸ぐらを掴んでいる手をより一層力強く握りしめた。腕には相手を威嚇するような刺青がこれ見よがしに入っている。おそらく全身にも刺青が所狭しと彫られているのだろう。
(ああ、なんでこんなことになったんだっけ――。)
今日は花金ということもあり、どこの居酒屋も多くの人でごった返していた。
ちっ、せっかく仕事が上手くいったのにどこの居酒屋も満席じゃねーかよと心の中で愚痴を漏らす。しょうがないからいつものバーにするか……と考えながら、俺、の足はバー『ハニービー』へと向かった。
『ハニービー』に入ると、いつもと少し様子が異なる光景が目に飛び込んできた。無口なマスターの姿は相変わらずだったが、今日は先客がいた。まあそれだけならたまにあることではあるのだが、普段見ない黒髪のロングヘアの女性客がいたのだ。隠れ家的なバーの『ハニービー』で新規客というのは相当珍しい。彼女は店に入ってきた俺をジロジロとまるで何かを警戒しているかのような鋭い目つきで俺のことを観察していた。彼女の態度に少し気味悪さを覚えた俺は彼女から3つ離れた席にゆっくりと腰掛けた。
「マスター、今日もいつもので。今日のつまみはナッツがいいかな。」
そう言うとマスターは静かに頷いた。いつも1杯目はウイスキーのロック。この頼み方は社会人になって3年間ずっと変わらない。いつものルーティンって言うと少しカッコつけすぎだろうか。
「お兄さん、ここいい店ですよね。」
女性客が俺に話しかけたので少し驚いた。彼女は俺のことなど邪魔者扱いしているものだと思っていたから、気さくに俺に話しかけるなどとは微塵とも思いもしなかった。
「ああ、新社会人になってすぐここに来たからもう3年になるかな。入り組んでいる場所にあるからなかなか分かりづらいけど良いバーだよ。マスターの口も硬いから秘密話にももってこいだしな。」
俺がそう言うと彼女はわずかに微笑みの表情を浮かべる。彼女の美貌が見せる微笑みの表情は100カラットのダイヤモンドよりも美しい。
「あの、お名前聞いてもいいですか。俺は戸井って言います。戸井草太です。」
「あ、私は田村です。田村華って言います。」
名前を教えてもらった後、俺は必死に彼女に気に入られようと何気ない世間話を皮切りに自らの趣味や仕事での成功談、そして自らの恋愛観についてちょっとしたジョークを交えながら話した。彼女は聞き上手で、所々で話しやすい相槌を打ってくれるものだから、ますます俺は饒舌になった。お互いお酒が入っていたのもあったが、小一時間経つと最初のお互い格式張ったやりとりが遠い昔かのようにすっかりと打ち解けていた。
「いやー田村さんがまさか俺と同じ25歳だとは思いませんでしたよ。美人だから最初もっと若く見えました。流行った漫画とか言葉の話があまりにも合うからまさかとは思いましたけどね。」
そう言うと彼女は少し照れ臭そうに顔を手で隠した。何気ない仕草や動きが品があって素敵な女性だな、こんな女性が隣にいてくれたらどんなに苦しい時でも一緒に乗り越えることが出来るんだろうなとぼんやりとそう思った。
「戸井さんはかなり飲まれてますけどお酒強いんですね。私はお酒自体は好きなんですけど身体の方がなかなか飲みたい欲求に追いつかなくって。」
顔がすっかり茹でダコのように真っ赤になった俺に対して、田村さんの顔はほとんど変わっていなかったので、
「田村さんはあまり酔いが顔に出ないタイプなんですね。」
「ええ、だから普段周囲から全然酔ってないと思われて。本当今も家にまっすぐ帰れるかどうかフラフラになりそうなくらいですよ。」
「もし田村さんがよかったら…ですけど俺が家まで送りましょうか?そんなフラフラな状態でしかも女性1人だで夜道を歩くなんて危ないじゃあないですか。俺も割と頼りないように見えますけどまあ、絡んできた酔っ払いを追い払うくらいはできますし。」
あ、言ってから気づいたけどこの提案完全に送り狼のそれじゃん。すげー自然な流れで言っちゃったし。普段からこんなことやってるって思われて上品な田村さんに万が一でも嫌われたら最悪だ。良い雰囲気だったのに最後の最後に台無しにしてしまったな、と考えていると、
「私本当に今酔っちゃってるので……少し落ち着ける場所でどこかで休憩していきませんか?もちろん戸井さんが嫌じゃなかったら、ですけど」
田村さんのまさかの提案に思わず目を見開いた。おそらく俺のことを送り狼をするような下品な男だと思われていることは少し引っかかるけど、相手もその気ならもうそんなことは些細な問題だ。
「わかりました。田村さんがそう言うなら一緒に休憩しましょうか。ここら辺は休憩できる場所もそれなりにありますしね。」
「はい…あと、私のことは名字じゃなくて下の名前で呼んでほしいです。」
華さんのささやくような言葉に大きな喜びを感じながら会計を済ませて、俺たちは『ハニービー』を後にした。
ホテルの部屋に入るや否や、すぐに華さんがベッドにおもむろに座った。彼女が言うほどベロベロに酔っているようには見えなかったが、多少は酔っているんだな、とそう思った。
「戸井さーん先にシャワー浴びて来てくださーい。私、バスローブ置いて待ってますから…。」
華さんの発言で今まで夢心地でふわふわしていた気持ちが急に実感が湧いてきて、少しドキッとした。こんな上品な美人と一夜を過ごせるなんてもう二度とないだろう。今日という幸せを噛み締めよう、なんて思いながらベルトを外し、Yシャツといっしょに脱いだ。
「ごめんねー先にシャワー浴びて待たせちゃって」
そう言いながら俺はバスローブを身に纏いながら彼女が待つベッドへと向かう。バスローブは丁寧に畳んで置かれていたことが彼女の几帳面な性格をよく表していた。すると俺は驚きの光景を目にすることになる。
華さん…と一緒にどこの馬の骨かもわからない金髪の男が突然現れたのだ。男は身長190をゆうに超えたムキムキの巨漢の強面で、こちらを親の仇のように睨んでいる。
そして今、このように美女と一夜を過ごそうとした俺は自らの胸ぐらをこの関西弁の金髪の男に物凄い力で掴まれているという悲惨な状況に陥っている、といった具合だ。ああ、本当に人生のピークからなんでこんなことになったの…何かの間違いじゃないかと華さんの方を見ると、
「戸井さーんごめんなさーい。あ、私のこと逆恨みしてストーカーとかマジでやめてよねー。ま、ヨシくんに半殺しにでもされたらそんな気も失せるか。」
先程の上品な仕草とはうってかわって華さんは大きな声で腹を抱えながら俺のことを高笑いしている。ああ、完全に美人局じゃんこれ。今まで女性にフラれたりしたことは数多くあったけど、まさか絶対自分は引っかからないと思っていた美人局に引っかかるとは……。恥ずかしさと怒りが入り混じったよくわからない感情が額の汗から滴り落ちる。
「おい、これ以上華に対してお前みたいな男が話しかけんなや!半殺しどころか8割殺しにしたるぞ!」
と、男が凄むものだから、思わず俺も縮こまってしまった。どうしよう。何か手はないものか。どんなに絶望的な状態でも諦めないのが俺の人生のモットーとはいえ、あまりに絶望的な状況だ。頭を必死にフル回転させると、ほんのわずかではあるがこの状況を打破できるかもしれないという可能性がある策を思いついたので、ヤケクソではあるが実行することにした。
「あ、あ、あの、暴力団対策法の取り締まり基準が強化されたのは当然知ってますよね。堅気に暴力沙汰なんてしたら組長とか組にとてつもない迷惑かけることになると思いますよ。しかも美人局なんて恐喝罪のおまけ付きだ!」
「クックック……残念やったな、兄ちゃん。俺は暴力団には所属してない兄ちゃんとおんなじカタギや。ま、俗に言う半グレってやつやな。俺も組織には所属しているが暴対法なんてなーーんの意味も持たんのや。」
ああ、わずかな望みが完全に絶たれた。暴対法が強化された中、今のヤクザがこんな危ない橋を渡るようなシノギはしないとわかりきってはいたが、それでも藁にもすがるような思いで必死に声を絞り出したが、完全に徒労へと終わった。
「兄ちゃん、俺に言いがかりをつけてきたその勇気を認めてうんとたくさん拳をオマケしといたるわ。ほなお喋りもおしまいや。もう今更ガタガタ言うなよ。」
これほど人生において嬉しくないオマケは初めてだ。金髪の男が思い切り腕を振り上げると、俺は思わず目を閉じて歯を食い縛った。ああ、せめて命だけでも…
………………………………………………?
おかしい。覚悟していた激しい痛みと拳が数分経っても全く襲ってこない。もしかして記憶と感覚がないくらいもう既にボッコボコにでもされたのだろうか?などと思いながら目を開けると、
「な、なんだここは!」
思わず大きな声で叫んでしまった。白を基調としたさまざまな宝飾がされている家具に俺は芸術に関しては全くの門外漢であるがおそらく芸術的な価値が高いと思われる多数の絵画。シャンデリアは部屋全体を眩しいくらいに明るく照らしていた。
訳の分からない豪華な部屋に突如転移したことに理解が追いつかず、俺はただただ立ち尽くしていた。
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