第135話 予行演習


 理紗たちに案内されて訓練場に向かう。

 訓練場はギルドと同じ拡張型の空間を使っており、ギルドと比べて空間の拡張率が低い代わりに、周囲を囲む壁を守る防壁がされているようだ。


 訓練室の中は新宿ダンジョンの上層と同じような広さで、変わっているところは周囲が金属製なところくらいだろう。

 訓練室の真ん中には冬梅が後ろを向いて誰かと話しており、冬梅の横には巨大なハンマーらしきものが置かれていた。

 ……やっと体を動かせる。

 精神的な疲れもこれで発散できると、後ろを振り返り。


「さあ! 模擬戦の時間だ。張り切っていこうか!」


 入り口付近で待つ生徒たちに声をかけるが、みんな何故かこの世の終わりのような顔をしている。


 生徒の視線は、冬梅の横に無造作に置かれてあったハンマーに注がれていた。

 ハンマーの柄は黒色で金属製なのか鈍い光を放っており、かなり長い。

 そして頭は円柱型で、シルバーを基調として、ところどころ金の装飾がされている。

 ……結構カッコ良いじゃないか。

 生徒たちの中には悲鳴に似た声をあげるものもおり、理由が分からず、こっそりと五感強化を施して、生徒の声を盗み聞きする。


「何であの厨二病ハンマーがここにあんだよ」


「ギルドも今回の講習に本腰入れすぎだろ。わざわざあのダンジョン武具を持ってきてるなんて……」


 あれはギルドが持ってきたものなのか?

 他の生徒の話を聞くも、良い答えは得られず大人しく諦めて、冬梅の元へ向かう。

 冬梅は昼飯時、一人にしたことを俺に謝罪すると今回の講習の説明を始めた。


「今回の講習ではまずはレオさんの身体強化のお披露目をしてもらい、その後に生徒たちとの模擬戦を行います」


「それは良いんだが、このハンマーは何だ? 生徒たちが気になってるようだが?」


 説明を求めると、冬梅はハンマーを持ち上げようとするが……ぷるぷると腕が震えるだけで、一向に持ち上がりそうにない。

 なんだか可哀想になり、ハンマーを持ち上げると体積の割に思いのほか軽いことに驚いた。

 だがこれは……。


「かなり魔力を吸われるな。俺が出会った武器の中で魔力消費量はこいつが一番だ」



 土人形は武器ではないので外すとして、俺が手に入れたダンジョン武具の中で、一番魔力消費が激しいのはガントレットだ。

 ガントレットは、以前試しにギルドで触らせてもらった、比較的優秀な部類のダンジョン武具とは、比にならないほど魔力消費が高かった。


 こいつの性能はどれだけ凄いのだろうか?

 魔力消費と武器の性能が関係しているのなら、期待せずにはいられない。


「これは深層からドロップしたダンジョン武具で、レオさんのためにギルドから用意してくれました」


「生意気な生徒を叩き潰してくれってことか? 理紗たちに怒られるから、その依頼は受けられないな」


 俺の言葉で、並んで話を聞いていた生徒が一斉に後ろにさがる。

 先頭に立つのは理紗と紬。

 そして理紗の背後にくっつくようにしてかなえが立っていて、今、迷惑そうに振り払われた。


 その少し離れた位置で、黒峰は怯えた様子でこっちを見ているが、手出しをしないと言っているのだから、安心してもらいたいところだ。

 冬梅は口を開こうとするが、体がぐらつき前に倒れ込む。

 それに合わせて移動し、正面から支えてやると、女子生徒が叫喚する。


「待って! みとちゃんは人妻なの! それだけは勘弁してあげて」


「私! 私が代わるから! 三食昼寝付きでお世話になります!」


「ちょっと静かにしなさい! レオは庇ってあげただけだから、他意はないわ」


 酷い言われように困惑していると、理紗が助け舟を出してくれる。

 冬梅はゆっくりと離れると、何度も頭を下げて謝罪する。


「すみません! ハンマーの運搬でかなりの魔力を持っていかれてて……」


「それは良いんだが、訓練にこのハンマーを使うのか? 俺は素手でも戦える。わざわざこんな強力そうな武器用意する必要ないんじゃないか?」


「あなたの素手は人が死ぬからダメよ」


 理紗から茶々を入れられるが、聞き流す。

 人を殺さない程度の力加減は心得ているつもりだ。


「人を殺さずに無力化するのは得意だぞ。盗賊を拷問してアジトの位置を吐かせ……た方がいいってこの前テレビで言ってた」


 理紗と紬の咳払いの合わせ技に、慌てて訂正する。

 理紗は大きくため息を吐きながら、ぐったりとした様子の冬梅に代わって説明を始める。


「その名前は不殺のハンマー。訓練用では最上位に値するほどの性能を持つダンジョン武具ね」


 理紗の説明によると、こいつは使用者から魔力を吸い取って攻撃した物を保護する障壁を張るらしい。

 非常に優秀な効果があるが、デメリットとして魔力消費が激しいこと。

 普通のダンジョン武具では持っているだけでは、意識できる程の魔力消費を感じることはない。

 それは今までダンジョン武具が、使用者の魔力を吸収して力を発揮していることが、認知されていないことが証明している。

 だからこいつはその中でも例外として取り扱われていて、扱いの難易度故にほとんど日の目を浴びることはなかった。

 この生徒が知っているのは、以前、お遊びで鏡花が持ってきたかららしい。


 話を終えると冬梅は紬に声をかける。


「紬さん、マネキンを取り出してもらえますか?」


「了解です!」


 紬のアイテムボックスから、適性試験で見た木彫りの人形が置かれる。

 そして生徒を離れた位置に移動させるとこちらに向き直った。


「念の為なんですけど、試しにこの人形を叩いてもらっても構いませんか? 多少の身体強化はしてもらっても構いません」


「強化してもいいのか?」


「これを使ってもらうのに身体強化を使わせないのは、辛いものがありますからね。後、鏡花さんから伝言で、死ぬ気で手加減しろと言われております」


 ハンマーを使うのでいらぬ心配になりそうですが、と冬梅は呟きながら自身も少し離れた位置に移動する。

 俺はハンマーを数回振るって感触を確かめると、木彫りのマネキンの前に立つ。

 そして三割程度の力で身体強化を施し、助走もつけずに腕の力だけで振るうと──吹き飛ばされたマネキンの体が、訓練室の壁をぶち抜き、姿が見えなくなるほど埋まってしまった。

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