第34話

 エリア17の最深部で見つけたダイヤモンドの防壁。口外するのは得策ではない。俺はセイライさんの指示で密かに情報を探っていた。


「……いつぞやの旅のお方ですね。この街での生活には慣れましたかな?」

 酒場のマスターが冴えない顔つきでグラスを磨いていた。

「ええ、まあ……」

 俺は曖昧な返事をすると店内に視線を漂わせた。獣人族の衛兵に観光客。野暮ったいドラゴンスレイヤーたちが例の物をおねだりしようと機会を伺っている。変化のない日常。これといった手掛かりはなさそうだ。俺はひと通り店内を見回してから腰を捻って姿勢を正した。

「……ギルドには立ち寄られましたか?」

 マスターが興味本位なのか、職業としての役目なのか分からない口ぶりで俺に問いかけてきた。

「ええ、まあ……」

 致し方がなかったという意味合いを込めて返答するとマスターは顔を曇らせる。

「そうですか……」

 以前マスターから忠告を受けていたことを思い出した。それを無視したことには気が引けるが俺たちは所有者だ。心配御無用。お心遣いはありがたいがマスターの心配は杞憂に終わったはずだ。


「ところでマスター、この街は随分と獣人族が幅をきかせているんですね? ギルド長コモドの恩恵ですか?」

 伏目がちのマスターの目尻が一瞬吊り上がったかと思いきや、深呼吸とともにすぐに落ち着きを取り戻した。

「……そうですね」

 奥歯に物の挟まったような言い方が引っ掛かる。

「あいつ態度デカいんですよね! ギルド長かなんか知らないけどムカつくヤツですよっ!」

 俺の悪態にマスターの顔つきが瞬時に豹変した。

「お、お客様っ! ギルドに訪れたのですよね⁇ マダム・アスカにもお会いになられたんですよね⁇」

「ええ、まあ、そうですけど……」

「で、でしたらなぜそのようなことを?」

 マスターは酷く狼狽していた。俺は意味が分からず首を傾げる。マスターは俺とカリバーをへばりつくような視線で見つめてから、何かを悟ったのか突然、目を見開いた。血走った眼球が飛び出す勢いで泳いでいる。

「ま、まさかっ! こ、このお嬢様は、ひょっとして名のある武器なのですかっ⁉」

 俺はマスターがすべてを言い切る前に身を乗り出して、人差し指を口元に当てた。そして周囲を警戒してから小さく頷いた。


 どこにどんなヤツが潜んでいるか分からない。エクスの件もある。俺はカリバーが名のある武器という事を極力隠すようにしていた。

「イェーイッ」

 カリバーがこじんまりと身を寄せて、得意げにVサインを作っている。

「だからですか……、腑に落ちました……」

 俺の心中を察したマスターは声を潜めて続けた。

「マダム・アスカが所持するピンクダイヤの魔力にかかった者はギルドへの絶対的な忠誠を誓うようになります。お客様がコモド様を非難するのを聞いて不思議に思ったのですよ……。名のある武器と所有者であるならば魔力の影響はありません」


 ──ピンクダイヤの魔力⁉ そうか。納得がいった。だからドラゴンスレイヤーたちは街を離れることができないのか⁉ 彼らは魔法にかかっている⁉

 たしかにマダム・アスカは俺たちに向かってピンクダイヤの指輪をおまじないのようにかざしていた。それが原因だったのか……。あれは何かしらの呪術。

「魅惑の魔力。それがダイヤモンドドラゴンの瞳、ピンクダイヤの力です」

「ダ、ダイヤモンドドラゴンの瞳⁉ ちょっと待って下さいっ! や、やっぱりダイヤモンドドラゴンって実在しているんですかっ?」

 マスターは店内に視線を巡らせてから更に声のボリュームを落とした。

「……存在しています」

 俺は極まる感情を無理やり押し殺し、リアクションとは反比例するほどの小声で尋ねた。

「……ど、どこにいるんですか??」

「……エリア18、通称、18禁。ドラゴンキャニオンの、真の最深部です」


 通称、18禁⁉ 

 俺はエリア17で見つけた巨大なダイヤモンドの防壁のことをマスターに話した。

「それはコモドの魔力によって作られた砦。コモドは金剛眼。ダイヤモンドを自由に生み出すことができるのです」


 エリア17と18を間仕切る防壁。

 まるでビデオショップの18禁コーナーじゃないかっ!


「ギルドは訳あってエリア18の存在を隠しているのです。……お客様、ここではなんですのでお店が終わり次第もう一度お越し頂けませんか?」

 マスターの提案にコクリと無言で頷き、俺は酒場を後にした。

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