【こぼれ話 side.母】安心が8割、不安が2割

「お母さん、こっちは出来たよ。ちょっと食材が余っちゃったんだけど、何か適当に一品作る?」

「う~ん、そうねぇ。……いや、残ったのは冷凍しときましょう。今度何か炒め物した時に全部入れちゃえばいいし」


 私は今、娘の奈津と夕食の準備をしている。これはここ最近の日課で、この時間は娘とのコミュニケーションを楽しむ大切な時間だ。

 どうも奈津はゲームの中でロコさんという友達に料理を教わっているらしく、最近の料理の手際はすでに私を超えているのではないかと思える程の物だった。……私もロコさんから料理を教わった方が良いのかもしれない。


 夫から勧められて始めたプログレス・オンラインでは、奈津は毎日良い刺激を受けている様だった。あんなにふさぎ込んでいたのが嘘のように元気になり、今ではこうやって一緒に料理を作っているのだ。本当にプログレス・オンライン様様である。

 

 実は先日、学校での事件で一番最初に奈津を責めていたという男の子の親御さんから電話があったのだが、その内容は両親とその子の3人で奈津への謝罪に伺いたいという物だった。

 以前、担任教師が家へ来た際は、奈津の感情を逆なでして状況を更に悪くしただけだった。その為、娘がもう少し落ち着いてからという断りを入れたのだが、もしかすると今ならば問題ないのかもしれない。今度、タイミングを見計らってやんわりと聞いてみることにしよう。


「そういえば、そのゲームの世界での写真とかは無いの? 私も奈津がどんなペットを飼っているのか見てみたいんだけど」

「うん、あるよ。丁度この前みんなで撮った写真があるから見せるね! 確か、スマホに写真を転送できたはずだから」


 そう言って、料理を作り終えた奈津はタタタッと階段を駆け上り自分の部屋へと向かった。余程ペットを自慢したいのだろう。その様子はスキップでもしそうな程の浮かれ具合だ。

 そして暫くすると、スマホを手に奈津が戻って来た。


「この白くて小さいドラゴンがパルっていうの。……それでね、こっちの子犬にはレキって名前を付けたの」


 レキ。それは奈津と同じ年月を生きた家族の名前。

 この子犬にレキと名付けたことを気にしているのだろう。子犬の名前を言う奈津はどこか怯えたような顔をしていた。


「そう、レキちゃんって言うのね。……ほら、そんな顔しないの。奈津が納得して付けた名前を、私やお父さんが否定する訳ないでしょ?」


 レキという名前は私や夫以上に、奈津の方が重く受け止めているはずの名前だ。その奈津が考えて付けたのだから、それに対して私達がとやかく言うはずないのだ。……それに、今の私にはそれ以上に気になる事が2つあった。


「ねぇ、奈津。この半裸でタトゥーをした男性なんだけど、こういうファッションはゲームの中じゃ普通なの?」

「えっ!? ……あぁ、まぁ、プログレス・オンラインでは色んな服装の人が居るから」


 普通かどうかは明言しなかった。つまりはそういう事なのだろう。

 そして私にはもう1つ気になっている事がある。……娘の服装だ。

 何と言えばいいのか……そう、攻撃的なのだ。普段の娘からは想像も出来ない様な攻撃的なファッションで、もしかするとこれは娘の隠れた一面なのだろうかと少し不安になってしまう。


 丈が短くボロボロなショートパンツ。大きさの合っていないレザーコート。小さなベルトの沢山付いたちょっと怖い感じのブーツ。更には顔にタトゥーを入れている。

 そして何より、両手両足に鉄製の枷が付いており、両手と両足がそれぞれ鎖で繋がれていた。鎖付きの枷を着けて、顔にタトゥーを入れている娘を見た私は、いったいどんな反応をすれば良いのだろうか。


 ――ん? ちょっと待って、よく見たらコートの下ってサラシじゃない!?


 鎖付きの枷へのインパクトが強すぎて、胸を隠しているそれが包帯を巻いてあるだけのサラシであることに気付くのが遅れてしまった。

 14歳の女の子がサラシは駄目だろう。いや、14歳じゃなくても女性がサラシというのは駄目だと思うのだが、もっと言えばサラシの上に何か着ているのではなくサラシ姿を晒しているのだ!

 一応コートを羽織ってはいるが、コートの前は開けており、完全にサラシ姿を見せている状態なのだ。包帯を下着と言っていいのかよく分からないが、これは下着姿のまま外をほっつき歩いているようなものだ。

 

 どうしよう。一言注意するべきだろうか。けれど、これはあくまでゲームの中での話。もしかするとゲーム内ではこういうファッションが普通なのかもしれないし、「ゲームでの話なのに、お母さん面倒くさい」なんて言われた日には私はショックで寝込んでしまうかもしれない。


 色々考えた私は、今はひとまずスルーする方向で行くことにした。……あとで夫に要相談だ。

 

 ――プログレス・オンラインを始めて奈津はどんどん元気になっていっているけど……本当に大丈夫よね?

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