95. リンスさんから託されたもの

「貴女がナツちゃんね! ロコから聞いていた通り可愛い娘ね♪」


 私は今、ロコさんのプライベートエリアでロコさんのフレンドであるリンスさんと会っている。どういう理由かはまだ聞かされていないが、リンスさんから私に会いたいと頼まれたそうだ。


「こら、よさぬか。ナツが反応に困っておるではないか」

「えぇ~。ナツちゃん、女の子はね、可愛いとか綺麗って言われたら『ありがとうございます』って微笑んでスマートに返すといいのよ? ちょっとお手本を見せるから、私のことを可愛いって言ってみて!」


 いきなりの距離感の詰め方にキョドってしまい、どうすれば良いのかロコさんに視線で助けを求めた。


「すまぬがリンスに付き合ってくれぬか? 恐らく少し遊べば満足するじゃろう」

「ちょっと、ロコ! そんな私を子供みたいに扱わないでもらえる!?」

「子供みたいなものじゃろう。ほんにお主は昔から騒々しいのぅ」


 リンスさんと一緒にいるロコさんはとても楽しそうだ。いつもは大人な雰囲気で包容力を感じるけど、リンスさんと話しているロコさんは少し若く見える。……いや、普段が老けているとかではないけれど。

 ひとまず私は楽しそうな2人を見ながら、リンスさんの要望通りにしてみようかと思い行動した。


「えっと……リンスさんは本当に可愛い、と言うより綺麗だと思います!」

「……ありがとう! ナツちゃんもとっても可愛いわ♪」

「あわわっ!」


 感極まったという感じのリンスさんは思いっきり私に抱き着き、何度も私に可愛い可愛いと連呼する。初対面でここまでの距離感の詰め方をする人と今まで会ったことが無いので、正直どう対応すればいいのか分からずパニックになってしまう。と言うか微笑んでスマートに返すのではなかったのか。


「ふふっ、こんなに可愛いお弟子さんが出来たのであれば、ロコは心配いらないわね。……実はね、今日はナツちゃんに託したいものがあってロコにナツちゃんとの仲介を頼んだの」

「……託したいものですか?」


 『託す』。それではまるでリンスさんがもう居なくなるようではないか。私がリンスさんの言葉に困惑していると、リンスさんは自身の指にあるサモンリングを見つめて1匹のペットを召喚した。

 そのペットは私の腰ぐらいの大きさで、茶色の体毛に覆われた2足歩行の可愛いクマだった。


「この子は私の1番のパートナーペットで、名前をモカさんって言うの。課金ペットでレベルも100なのよ? 凄いでしょ♪ ……ナツちゃん。もしよかったら、この子を貰ってくれないかしら?」

「え?」


 その言葉に私は更に困惑した。私もテイマーの端くれだから、レベルをカンストさせる大変さは分かっているつもりだ。それにロコさんから聞いていたリンスさんの話から、リンスさんはペットをとても大切にしている人だと思っていた。そんな人が軽々しく自分のペットを他人に渡すはずがない。


「リンスは今妊娠中での。結婚やら引っ越しやらで忙しくなるので、プログレス・オンラインを引退するそうじゃ。殆どのアイテムやペットはわっちが譲り受けたのじゃが、モカさんだけはナツに譲りたいと言っておっての。……出来れば受け取ってやってはくれぬか?」

「で、でも、どうして私に!? 私、まだまだ全然弱くて、リンスさんの大切なペットを絶対に守れるっていう自信が……」


 自分への自信の無さからどんどん言葉が尻すぼみになっていく私を見て、リンスさんは微笑ましい者の見るような目をして私の頭を一撫でする。


「ロコは頑固で頑なに言おうとしないのだけど、今は何か大変なことをしてるんでしょ? だからね、ナツちゃんにはモカさんと一緒にロコを守ってあげて欲しいのよ。ロコは頑固で過保護だから、モカさんを派遣しても絶対使おうとしないでしょうしね!」

 

 うん、それは私もそう思う。ロコさんがバグモンスターとの戦いに、リンスさんの大切なペットを使うとは到底思えない。

 ロコさんは、そんなリンスさんの言葉を聞いて苦々しい表情になっている。


「だからね。私の代わりにモカさんと一緒にロコを守って欲しいの。勿論、ナツちゃんのゲーム生活を強制する気は無いわ。偶にロコのことを気に掛けてくれるぐらいでも全然いいのよ。ナツちゃんみたいな可愛い娘に心配されれば、早々無茶なことなんて出来ないでしょうしね♪」

「……分かりました。モカさんのこと、大切にします。ロコさんのことは任せておいて下さい!」

「おい、ナツよ。その言い方じゃと、弟子に介護されているようで嫌なんじゃが」

「ふふっ。ロコは今、半分隠居しているような生活なんでしょ? 喋り方もお婆ちゃんみたいなんだし、介護されればいいじゃない」


 その後、ロコさんとリンスさんの仲良さげな言い合いが始まった。

 リンスさんの率直な気持ちを打ち明けられた以上、私にそれを断る意志はない。それにバグモンスターの問題を解決することは、同時にハイテイマーズの対処も進むということだ。ならモカさんの力はきっとロコさんの助けになる。


 ――強くなろう、レキやパル、それにモカさんと一緒に。

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