88. ロコさんに深く刺さった杭は未だ抜けず

 私は今、ロコさんのプライベートエリアでテイマーとしての立ち回り訓練を受けている。

 本当は運営スタッフ専用ダンジョンでスキル上げをしたい所なのだが、ファイさんの言うには現在私のスキル構成に合わせた専用ダンジョンを構築してくれているそうだ。レキ達のレベル上げ専用のダンジョンも作ってくれているそうで、ここまでくると運営が公式イベント出場禁止を全面支援の条件に入れた理由がよく分かる。


「……お主、この短期間で本当に強くなったの。わっちもこれまで多くのプレイヤーを見て来たが、ここまでの速度で強くなる者は見た事がないのじゃ」

「ロコさんにそう言ってもらえると凄く嬉しいです! 先日の猿洞窟卒業試験から何だか調子がいいんですよね♪」


 先日の赤猿との戦闘は本当に不思議な感覚だった。レキ達との繋がりを強く感じることも出来たし、それだけでなくその場の全てと繋がっているような、見るではなく感覚で分かるような……とにかく不思議な感覚だったのだ。

 それ以降はそこまでの感覚になることは1度も無かったが、レキ達とは阿吽の呼吸でお互いが何を考えて何をしようとしているのか何となく把握できるようになっていた。

 

「ロコさん、実は最近レキ達との連携が凄くいいって言うか。こう、お互いの考えや動きが不思議と察せれるっていう感じで……これって実はテイマーでは普通のことだったりしますか?」

「……そうか。やはりギンジとの訓練でそこまで行ったのか。今日のお主の動きを見て、そうではないかと思っておったのじゃ」


 ロコさんは何故か困ったように苦笑をし、溜め息でも吐きそうな声色でそういった。


「プログレス・オンラインではペットとテイマーの思考をリンクさせて、疑似的に第六感のような繋がりを作る機能があるのじゃ。……じゃが、この機能を発現するにはいくつか条件があってのぅ。詳細な条件は非公開なのじゃが、恐らく友好度の他に連携による経験値のような隠しパラメータが存在すると考えられるのじゃ」

「思考をリンクさせて疑似的な第六感って……プログレス・オンラインの技術は半端じゃないですね」


 凄い凄いとは思っていたが、それでも認識不足なレベルで高い技術を有しているゲームだったのだ。恐らく今の話を聞いて認識が変わった今でも、まだ認識不足なレベルで高い技術を有しているのだろう。

 私がこのゲームの技術レベルに驚愕していると、ロコさんは独白するように話を続けた。


「実は以前、ギンジの奴に説教をされての。ナツを甘やかし過ぎだと、こんなやり方では壁を乗り越える力を腐らせると、自分のエゴで弟子を腐らせる師匠なんて必要ないとまで言われたのじゃ」

「な!? ギンジさんそんな事言ったんですか! ギンジさんの方こそ、普通あんなスパルタでやったら弟子はみんな腐っちゃいますよ! 私がギンジさんのスパルタに食らい付けているのはロコさんっていうオアシスがあったからです!!」

「そう言ってもらえると嬉しいのじゃ。……じゃがの、ギンジの言っていることは本当に正しいのじゃよ」


 更にロコさんの独白は続く。


「本当はわっちがナツにペットとのリンクを発現させ、1段上の連携まで昇華させたかったのじゃ。じゃがそれは出来んかった。……わっちはの、親しい者のペットがロストする危険性を考えると手足が震えてしまうのじゃよ」

「っ!?」


 ロコさんがハイテイマーズの事件で深く傷ついていることは知っていた。けれど、それがここまで深い傷だったとは知らなかった。

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)。フルダイブシステムでは脳とシステムが直接繋がっている関係上、現実世界より感情の動きを隠すことが出来ない。


 今思い返してみると、ロコさんとの訓練で今まで戦ってきた相手は、『最初の森の低レベルモンスター』『動きが遅く、簡単に攻撃を躱すことが出来るゾンビクラブ』『絶対反撃されない状況を作った後でのパワーレベリング』『ダメージを受けない白亜の狐火を使った連携訓練』。どれもペットロストの危険性が殆どないか全くない相手ばかりだったのだ。


「こんな育成や立ち回り訓練ばかりしておっても、想定外のトラブルを切り抜ける力が身に付かんことは分かっておった。ましてやペットとのリンク発現などいったいどれだけの時間が掛かるか。……そして、わっちが自分の問題を解決出来ん間に、ギンジの奴はナツをここまで成長させていたのじゃ。ほんに情けのぅて堪らんわ」

「……」

 

 私は何の声も掛けることは出来なかった。何と声を掛けていいのか分からなかったというのもある。けれどそれ以上に、本当に苦しんでいる相手に無責任で軽々しい言葉を掛けることは罪だと知っているからだ。……私はそれを担任の教師から学んでいる。

 その後、ロコさんから「つまらん話を聞かせてしもうて済まぬの」と謝られてしまい、私は「いえ……そんなことは無いです」としか返すことが出来なかった。

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