73. シュン
ハイテイマーズのプレイヤーから教えて貰った情報をもとに森を歩くこと10数分。やっと赤く紅葉したエリアへと到着することが出来た。もしかしたら偽情報だったのではないかと若干疑心暗鬼になっていたのだが、無事着いて本当に良かった。
ちなみに、ハイテイマーズが蟻巣の森を占拠していることは先ほど運営に通報済みである。
「それにしても、ここの森凄く綺麗。一年中綺麗な紅葉を見られるのはゲームならではの楽しみ方だよね。……もしいつかお母さん達もこのゲームを始めたら、ここに案内するのもいいかも」
そんなことを考えながら、モンスターを探して森を探索していく。すると、モンスターではなく1つの赤い果実が目についた。
その果実はとても甘い香りを振りまいており、少し離れた私にまでその匂いを届けていた。私は好奇心の赴くままに果実へと近づき、手を伸ばしてぶちりと赤い果実をもぎ取る。
もぎ取った赤い果実はとても美味しそうで、思わず一齧りしてしまいたくなる衝動に駆られる。けれど、以前ロコさんから採取物の中には毒物もあるから不用意に食べない様にと言われていたので、私はその言い付けを守ってまずは鑑定をしてみることにした。
――あれ? 鑑定失敗? おかしいな。基本的に採取物のレアリティは出現モンスターのレベルに近い物になるから、低レベルモンスター領域の採取物ぐらいなら鑑定出来るはずなんだけど。
鑑定失敗という結果を不可解に思っていた時、突然後ろからブーンという大きな羽音が聞こえて来た。
私は驚いてすぐに後ろを振り向くと、そこには大きな黒い蜂がいた。その蜂は私の1.5倍は大きく、どうみても先ほど見たレッサーアントと同じ強さには見えない。
――ここは低レベルエリアじゃなかったの!?
「思っていたのと違うので帰りますね」と言っても帰してくれるはずもなく、私は観念してこの正体不明の黒蜂と戦う事にした。
私はシステムウィンドウを出して即座に枷を外し、自身にアクセラレーションを掛け、茨の短剣を抜く。そして蜂の出方を伺っていると、状況は更に悪い方へと転がる。蜂が更に3体出て来たのだ。
「はぁ、ほんと私って最近こういうのばっかり。ハイテイマーズのプレイヤーが嘘を吐いたのか、それともここ最近のトラブル体質がなせるわざなのか……どっちもありえそうで嫌だなぁ」
私が現実逃避をしている間にも、4体の蜂はスピードを上げて私へと突っ込んでくる。それでもあまり取り乱さずに冷静に考えられるのは、逆境に慣れてしまったからだろうか。
遂に蜂達は私に襲い掛かれる距離まで迫って来た。とりあえず逃げに徹するしかないと判断して、私は重心を低くし、空飛ぶ蜂の攻撃を避けやすい体勢を取る。
「っ! 速いなぁ、もう!!」
蜂の攻撃手段はお尻の針での攻撃しか無いようで、手数自体は少ないため今のところ避けることは出来ている。けれど、その機動力は私が今までに戦ってきたモンスターの中で確実に一番速く、爆速で突っ込んでくる4体の攻撃を必死に避け続けた。
けれどこれは長く持たない。素早い相手に対応するため私も速度を上げて避け続けているので、スタミナの消費が激しいのだ。
すれ違いざま、短剣で相手を切り裂いているがダメージエフェクトは小さい。このままでは確実にスタミナ切れの方が先にくる。
「あの、今って助けが要りますか? 余裕そうにも見えるので、横殴りしていいのか分からなくて」
「!?」
突然の声掛けに驚き、蜂の攻撃を躱しながら声のした方へと視線を向けると、少し離れた所に青い髪をした小柄な男の子が居た。
「すみません、凄いピンチです! 助けてもらってもいいですか!」
「了解です」
色々気になる事もあったが、考えている余裕は無いので即座に助けを求めた。すると男の子の姿が掻き消えた。より詳細に話すと、初動から凄い速度で走り出し、目が追い付かず一瞬消えたように見えたのだ。
そのあまりの速さに驚いていると、呆けた私に向かって蜂が襲い掛かって来た。私はそれに気付き咄嗟に防御の構えを取ったが、その行動を取る必要はなかった。何故ならば私に襲い掛かっていた蜂は男の子の蹴りで吹き飛んでいったからだ。
そこからの戦いを端的に説明すると、全部の蜂を蹴ってヘイトを奪い、敵の攻撃を全て避け、スキルを乗せた激しい蹴りの嵐で蜂たちはほぼ何もさせて貰えず撃破された。
もの凄く強い。勿論まだまだ中堅レベルのスキルしか持たない私から見れば強い人は沢山いるのだが、それだけじゃない。だって、この男の子の戦い方にはロコさんやギンジさんと似た雰囲気があるのだ。
「あの、助けて頂いてありがとうございます」
「しっ! ここはゲヘナビーの領域ど真ん中なので、すぐに離れた方がいいです。……お姉さん、もしかしてここの果実取ってません? 甘い匂いが凄くするんですけど」
その話の内容から、私はハイテイマーズのプレイヤーから騙され、そして自らの行動で見事に危険に陥っていたことを悟った。
「えっと、これの事ですか? さっき取ったんだけど……まずかったですか?」
「今すぐ捨てないと森を出るまで沢山の蜂から追いかけて来るぐらいには。ちなみに、果実の匂いが時間経過で無くなるまで帰還結晶も利用不可です」
私はすぐに果実を放り投げた。それはもう、力いっぱい遠くへ放り投げた。
その後は男の子の指示に従って、すぐにその場を離れた。どうもあそこはゲヘナビーという巨大な蜂の住処らしく、さっき襲ってきた蜂はゲヘナビー スカウトというゲヘナビーの中でも弱い方のモンスターだったらしい。
ゲヘナビーの領域を出た後、私は先ほどの場所に来た経緯を話した。
「改めて、ありがとうございます。助けて貰わなかったら多分死んでました。……あ、私ナツっていいます!」
「僕はシュンっていいます。けど、災難でしたね。ハイテイマーズは今、次のコロシアムイベントに向けてあちこちの狩場を独占してるみたいなんですよ」
「コロシアムイベント?」
「あ、もしかしてこの森を抜けた先にある街に行ったこと無いですか?」
この森を抜けた先に街があるようだ。今まで強くなるための訓練ばかりしていて、他の街のことなど全く気にしていなかったことに今更ながら気が付いた。
「行ったこと無いです。……と言うか最初の街以外まだどこも行けてないですね」
「そうなんですね。なら僕も丁度戻る所だったんで、街まで案内しますよ。それに果実の匂いが消えるまで帰還結晶も使えないですし」
何ていい子なんだ。危ない所を助けてくれた人に対していい子なんて言い方は失礼かもしれないが、これ以外言葉が出てこない。
「えっと、話を戻すとですね。コロシアムイベントって言うのは、この先にある街でハイテイマーズが定期的に自主開催しているイベントで」
「ペット同士を戦わせて、ドロップしたペットロストアイテムをオークションに掛けるイベントです」
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