3章:それぞれのテイマーの道

60. プログレス・オンラインの世界

「さて、じゃあそろそろ行きますか」


 私達は今、運営からの呼び出しに応える為にロコさんのプライベートエリアで集まっていた。

 私達それぞれのアカウントに運営のプライベートエリアへと向かう為の使い捨てキーが送られてきたので、今日はそれを使って運営スタッフに話を聞きに行くことになっている。

 それとバグモンスターとの戦闘で傷ついてしまったロコさんのペット達や、無くなってしまったギンジさんの腕も治してもらわないといけない。


「ギンジ、今日は基本わっちが運営と話すからあまり阿呆な事を言わぬようにな。お主は空気を読まぬし、突然突拍子もない事を言って相手を困らせる事がある。じゃから今日は大人しくしておれ」

「へいへい、馬鹿な俺は大人しくしていますよ。……だがな、今回俺たちは被害者だ。そこん所はしっかり主張して、貰えるもんは貰っておけよ?」

「分かっておる。最近のバグモンスター関連での運営の動きは杜撰じゃからな。この世界を楽しむ1プレイヤーとしても、ペットを危険に晒されたテイマーとしても少しむかっ腹が立っておる。……手加減はせんよ」


 あの戦い以降もそんな風には見えなかったが、ロコさんはかなり怒っていたようだ。ギンジさんも普段通り飄々としているが、内心怒っているのかもしれない。


「ナツも良いかの? 今回バグモンスターに関して双方の情報共有とは別に、運営と少し交渉をすると思うのじゃ。そこら辺はわっちに任せて貰いたいと思っておるのじゃが」

「はい、是非お願いします! ……私、そういうのは無理だと思うので」


 私は14歳の引きこもりだ、そんな私に交渉事など出来るはずもない。そこをロコさんにやってもらえるのであれば、これ以上の味方はいないだろう。

 それぞれの役割が決まった所で、使い捨てキーを使って運営のプライベートエリアへ飛ぶことにした。ちなみにロコさんは事情説明&交渉役。ギンジさんはどっしり構えて睨みを利かせる役。そして私は功労者としてお行儀よく座っておく役だ。


 ……


 ………… 


 ………………


 使い捨てキーを使って転移した先は何も無い部屋だった。いや、より詳細に言えば部屋の真ん中に丸テーブルと椅子がある。が、それ以外は窓も扉も無い密室空間だ。

 そしてそんな部屋の中には1人の女性が居た。その女性はメガネを掛け、大きめの白衣を着ていて、それは何処かのマッドサイエンティストのような風貌だった。


「やあ、よく来てくれたね。ロコ君、ギンジ君……そしてプログレス・オンラインで初めてバグモンスターを倒してくれたナツ君。私の名前はファイ。バグモンスター関連の問題を押し付けられた、しがない管理スタッフさ」


 そのファイと名乗る女性はマッドサイエンティストのロールプレイをしている一般プレイヤーのような風貌だが、けれどその口調にはどこか貫禄の様なものを感じ、自然とピリっとしてしまう。


「さて、色々と情報共有しないといけない事があるけれど、一先ずはバグモンスターから受けた傷を修復しようか」

 

 そう言ってギンジさんとロコさんに渡されたのはお札の様なアイテムで、それを胸に貼るように促された。

 2人は促されるままそのお札を胸に貼る。すると薄い光に体を包まれ、ロコさんの指輪の欠けた部分やギンジさんの失われた左腕が薄い光で輪郭が作られていく。その後、じわじわと光の輪郭に色が滲んでいき、20秒程で傷が治って元の状態へと戻っていた。


「問題なく修復は出来たみたいだね。では、早速バグモンスターについての話をしようか」

「あ、あの、少しいいでしょうか? ……アイテムを貼るだけでこんなにすぐ治るのであれば、なんで先にアイテムだけ送ってくれなかったんですか?」

「あ~、すまないね。この修復アイテムは通常エリアでは使用することが出来ないんだ。このプライベートエリアはプログレス・オンラインの世界とは切り離された空間でね。この空間だからこそ出来る力技なんだよ」

「えっと、どういう意味でしょうか?」

「そうだね。ナツ君にはまずそこら辺の話からした方が良さそうだ。……このプログレス・オンラインはね、異世界なんだよ」


 それから聞いたファイさんの話はあまりにも壮大で、まるでSFの話のようだった。


 この世界の基本システムは、秋元 咲という1人の天才が1から作り上げていった物で、その完成度は凄まじく、まさに世界を完璧にシミュレートしているような出来だった。けれど、ここで1つの問題が生じる。世界を完璧にシミュレートしているが故に、その管理は人が行える範疇を超えていたのだ。

 この世界にはリアルと同じような物理法則とは別に、この世界独自の法則やルールが存在する。けれどそれらの法則やルールはとても繊細で、他のネットゲームの様に運営が好き勝手にデータを弄ろうものならすぐに世界に歪が生まれて崩壊してしまうそうだ。

 そこで秋元 咲はこの世界に神を作った。神にこの世界の維持管理を任せ、運営スタッフにはこの世界の監視とログ解析、そして神の許可の元少しだけ世界に干渉する権限を持たせた。


 新たなアイテムやモンスターなどの実装は、まず神に仕様書を渡して世界への影響を計算してもらい、問題が無く許可が出されたら実装されるという手順を踏んでいるらしく。これがなかなか大変で、よく神からリテイクを出されるらしい。


「もし現実世界の情報に干渉出来るツールが存在したとしたら……断言しよう、どんな天才でも少しパラメータを弄っただけで世界は崩壊するよ。世界とはそれだけ繊細なんだ」

「プログレス・オンラインのリアルさは他のフルダイブゲームと比べても段違いじゃからのう。じゃが、まさか世界そのものをシミュレートしているような代物じゃとは思いもせなんだ。……つまり、バグモンスターの脅威は世界崩壊レベルの問題ということかえ?」


 話がどんどん大きくなっていく。そしてそれと同時に、先ほどファイさんが言っていた『プログレス・オンラインで初めてバグモンスターを倒してくれたナツ君』という言葉の重さを否が応でも実感させられるのであった。

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