第9話 陰キャと美少女と大物からの挑戦
「挑戦状?」
初配信から数週間が経ったある日、俺とハルカは喫茶店に呼び出され、一本の動画を見せられた。耳にピアスをいくつも開けたいわゆるパリピ風の男と、何色使っているか分からないくらいカラフルに髪を染め上げた化粧の濃い女の二人組が、ひたすら騒いでいる動画だ。
その冒頭で、二人は俺に挑戦状を叩きつけた。といっても、勝負の形式も日時も場所も何も指定せず、一方的に挑戦すると言っているだけだが。
「......誰ですか、この人たち」
「フォーリンフォーエバーっていう、カップルダンジョン配信者よ。ネット上だと『
「よ、よんひゃ......」
流石に絶句してしまう数字だ。百二十万人のハルカですら、配信者界では上位0.1%の上澄みだというのに、その三倍以上だなんて。
「人気の要因は、男の方『だいき』が、Aランクのスキル《クリエイター》を持っていること。ポーションから装備品まで、彼が知っているものであり、かつ無機物であるならば、どんな物でも生成できる、多くのスキルの上位互換になりうるハイスペックなスキル。このスキルを武器に、超高難度のダンジョンを荒らし回るのが彼らの配信スタイルよ」
上谷はしかし、終始しかめっ面だった。
「ただ、彼らの説明はそこで終わらない。彼らは一言で言うと、マナーが悪いのよ。超高難度のダンジョンは、あなたたちが探索しているような低難度のダンジョンとは危険度が違う。それは、配信者だけでなく、その時にそのダンジョンを攻略している別の探索者にとってもそう。それなのに、彼らは騒ぎまわってモンスターを刺激するだけ刺激して討伐せずに帰ったり、散らばっていたモンスターを一か所に集めて危険を増大させたり、自分勝手にやりたい放題。そのうえ、今回みたいに、他の配信者の名前をすぐに出して、絡もうとする。こっちからすりゃ、はた迷惑な話よ」
上谷は愚痴っぽく一息で言い切ると、ようやく俺たちに、今日の用件を伝えた。
「だから、私があなたたちに言いたかったのは、こんな下らない煽りには乗らなくていいってことと、しばらくこいつらのリスナーから変なコメントが来るかもしれないけど、無視してればいいってこと。それと、万が一こいつらやそのリスナーが過激な手段を取ってきたら、すぐに私に言うこと。わかった?」
「......はぁ」
「ま、これも四季本ヌシ......烏丸くんが有名になった証拠だと思っときなさい。ほっとけばそのうち収まるわ」
俺は曖昧に頷き、上谷がそう言って俺たちを帰そうとして、ふとハルカの様子がおかしいことに気づいた。
動画を何度も再生しては、深刻そうな表情でじっと一点を見つめている。
「ハルカ?」
「えっ?......あぁ、いや、何でも」
ハルカは慌ててタブレットを置くと、帰ろ、と俺に声をかけて、早口で歩いていった。
「あ、ちょっと、待って」
俺は急いで後を追いかける。ちらりと上谷の方を振り返ると、彼女は神妙な顔で何かを考え込んでいた。
「......何かあった?」
ハルカの横を歩きながら、恐る恐る声をかける。
彼女は自分の足元をじっと睨みながら、何でもないよ、と呟いた。けど、その様子はどこからどう見ても、何でもないように見えなかった。いつも明るくて、うじうじしている俺を励ましてくれる彼女が初めて見せる悩む姿に、俺は大いに動揺していた。
俺はもう一度声を掛けようとして、しかし二の足を踏んでいた。俺とハルカが出会ってから、一ヶ月と少し。俺にとっては非常に濃密で、長い時間だったけれど、彼女にとってはどうだろうか。
俺は、彼女の内面に、ずかずか踏み込むことが許されるような人間なのだろうか。そんなことを考えると、どうしても次の言葉が出てこない。
「私、こっちだから。また明日」
ハルカが笑顔を見せる。その笑顔は、すごく自然だ。きっと明日になったら、彼女はまた何事もなかったように明るく俺に話しかけてくれるのだろう。
でも、本当にそれでいいのだろうか。
『配信中の私も、学校で友達と話してる時の私も、上谷さんと話してる時の私も、どこか、本当の私じゃないような気がしてて。でも、この前学校で、烏丸くんと『ランガン』の話をした時だけは、ちょっとだけ、ありのままの自分を出せたんだ』
脳裏に、いつかの彼女の言葉がフラッシュバックする。
そうだ。彼女は、嘘をつかない。
俺が俺を信じられなくても、ハルカ自身が、俺を特別だと言ってくれたなら。
俺は、その言葉を信じる。俺にしかできないことがあるって、信じられる。
「待って!」
普段は出さないような、大きな声が飛び出した。掠れた声。それでも、その声はハルカの背中に届いた。
「知られたくないことを知りたいなんて思わない。言いたくないことを言え、なんて言わない。俺のことなんか、信じられなくて当たり前だから。......でも、もし誰かに知ってほしいことがあるなら。言いたいことがあるなら。その相手が俺でもいいんだったら」
住宅街に、俺の声だけが響き渡る。
俺は、ハルカと出会って、学校に行くのが楽しくなった。ダンジョン探索が、楽しくなった。たくさんの、俺のことを認めてくれる人に、出会わせてくれた。俺が前に進めなくなった時、何度も背中を押してくれた。
だから、俺に何かできることがあるんだったら。
「聞かせて、ください」
ハルカがこちらを向いた。困ったような顔をして、戻ってくる。
「......どっか、座ろうか」
「本当に、大した話じゃないんだ」
もう日は沈みかけていた。公園のベンチに座ったハルカが、ぽつりぽつりと話し出す。俺は、それを横に座って聞いている。
「あの二人組......フォーリン何とかの、女の子の方に、見覚えがあって」
「友達?」
「うーん......友達というか、ね」
俺はそれで大体を察して、先を促した。
「前にも言ったっけ。私、配信を始める前は、ぜんぜん喋れなくて、陰気な子だったんだ。いっつも教室に一人でいて、皆に笑われて。この女の子、たぶんだけど、私の中学の同級生だと思う。強いスキル持ってるって周りに自慢してたし。配信者になってるだなんて全然知らなかったけど、久しぶりに顔見たら、何か色々思い出しちゃって」
それだけだから、本当に心配しないで、と彼女は笑った。
俺は他人事ではない思いでそれを聞いていた。うちの高校は治安が悪いが、俺は運良く息を潜められているし、学校も今更「みんな友達」を求めてきたりしない。でも小中学生の頃は、嫌でも他のクラスメイトと関わらされる。俺も、苦い思い出は多かった。
「......心配してくれて、嬉しかった。ありがとう」
「い、いや、ハルカさんが大丈夫なら、俺はそれで」
彼女の表情が少し輝きを取り戻したことに安堵しながら、俺はへらりと笑った。
現在進行形で抱えている問題ならともかく、過去のトラウマに対してできることは少ない。話を聞くことで、彼女の気持ちが少しでも軽くなった。それが俺にできる精いっぱいだった。
「......いつかは、あの時の自分を、肯定してあげたいと思ってるんだけどね。なかなか、難しくて」
しかし、そんな彼女の言葉を聞いて、ひとつ思いつくことがあった。
そしてそれは俺自身にとっても、いい機会になるような気がした。
「ハルカさん。今から話すのは、ちょっとした思いつきで。嫌なら、遠慮なく言ってほしい」
「......?」
俺の提案を聞いたハルカは、目を見開いた。
「それ、本気で言ってるの?」
「俺のためでもあるんだ。配信者になるなら、俺はもっと、もっと強くならなきゃならない。初配信でそれを痛感したから」
彼女は俺が真剣なのを悟って、深く、深く考え込んだ。
迷い。戸惑い。恐怖。いろいろな感情が、彼女の逡巡から読み取れた。俺は、ごくりと唾をのむ。
やがて、彼女は決意に満ちた目で顔をあげた。
「......わかった。やろう」
「いいの?」
「どうせ、いつかは立ち向かわなくちゃいけないんだ。でも、ずっと先送りにしてきた。烏丸くんが背中を押してくれなかったら、この先もずっと、逃げてたんだと思う」
「......逃げることは、悪いことじゃない」
俺は本心から言うが、ハルカの目はいっそう熱を増した。
「そうかもね。でも、延ばしても延ばしても、結局最後には立ち向かわなきゃいけないんなら。私は今、烏丸くんと一緒がいい」
翌日、喫茶店に上谷を呼び出し、俺の考えを伝える。
上谷はストローに口をつけたまま、見たこともないような表情で唖然とした。
「......正気?」
永遠とも思える沈黙の後、ようやくストローから口を放した上谷が、その顔のまま訊ねる。
でも、俺の決意はもう、変わらなかった。
「はい。俺は、いや、俺とハルカさんは、フォーリンフォーエバーの挑戦を受けます」
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