魔法少女は変身したい!

紅赤

プロローグ:魔法少女と黒猫

「キャアアアッ!」

「ば、バケモノだー!」


日本。

世界でも類を見ないほど平和な国。

そんな国の首都、東京に――怪物が現れている。


「ワレノ名ハノース! 悪ノ魔女様ノ配下ニシテ四天王ノ一人!

サァ人間ドモヨ、ソノ命ヲサシダスガヨイ!」


山のように大きな体格を持った人型の怪物は、逃げ惑う人々にそう告げた。


「と、止まれバケモノ!」


勇敢に立ち向かった警察官が、銃をバンッ!バンッ!と鳴らす。

――しかし、その体には傷どころか、弾痕すらついていない。


「……フン。ソノ程度ノ攻撃デ、ワレヲ傷ツケラレルト思ッタカ」


「う、うそだろ……」


銃が効かない。

その事実を突きつけられた瞬間、警察官――いや、そこにいた全員が顔を絶望の色に染めた。


「お、おしまいだ……」


「お願い……神様……」


一人は絶望し、また別の者は神に祈る。

そうすることしかできなかった。


「残念ダガ――神ハ人間オマエタチヲ見放シタヨウダ」


しかし、巨躯なる怪物に慈悲はない。

その拳を振り下ろし、この場にいる者の命を奪う。

それが、この怪物の使命なのだから。


「たすけて……たすけて――ヒーロー!」


誰もが死を予見し、子供の悲痛なる叫びが木霊した――そのとき。


「――そこまでよ!」


「うふふ、魔女のゴーレム……それも四天王のノース。

今日は随分な大物が現れたわね?」


子供の叫びに応えるように、二つの声が響いた。

声を聞いた人々はその人物を見ようとするが、逆光が邪魔しており、顔を確認することはできなかった。


「……何者ダ、キサマ」


ノースと名乗ったゴーレムも同じように、声の主に目を向けた。

唯一、人々と違ったのは、光の中でも昼間と変わらずに視認できる目が、その姿を捉えていたということである。

そしてノースが見たのは――一人の少女と、一匹の黒猫。


「さぁマホ! 変身しなさい――魔法少女に!」


その黒猫は人の言葉を喋った。

なによりも奇妙な光景であったが、ノースの意識は別にあった。


「魔法少女ダト!?」


『魔法少女』という言葉を聞いたノースは戦慄した。

その刹那、一気に臨戦態勢をとった。


「――目標補足、コレヨリ対象ヲ迎撃スル」


人型だったノースの体は変化する。

腕と足が2倍に太くなり、その剛腕が強化される。

一目見ただけで、それが暴れたときの破壊力は予測できた。

その姿に人々は、この日何度目かの絶望をした。


――だが、その少女に恐怖はない。


「ゴーレムのノース! この国の人々を怖がらせた報いを、とくと味わいなさい!」


そう言うと少女は、右手を前に出す。

すると、手首に巻いてあったブレスレットが光を帯びる。

それは形を変え、長さを変えていく。

そして完成するのは――直径1メールほどのステッキだ。


「……魔法少女ヘノ変身ニ必要ナアイテム――魔法少女の杖ライト・ソーサラー

目ニスルノハ初メテダナ」


過去、幾度となくゴーレムを屠り、想像主たる『魔女』の野望を阻んできた『魔法少女』。

変身前であるにも関わらず、すでに放たれている強烈なプレッシャーに、ノースは狂喜した。


四天王の最強として生み出され、どんな敵も相手にならなかった。


ずっと願っていた――生きるか死ぬかわからない、ギリギリの戦いを!


「サア行クゾ――魔法少女!」


戦いに飢えていたノースは濃厚な殺気を少女へと向ける。


少女もその殺気を感じ取り、変身の呪文を唱え――


「えっと――マジカル・マジック・ザ・ファンタジー・オブ・ファンタジア……えー、あー……パブリック……」


「あ、違うわマホ。ファンタジアの次はパブロよ」


「あれ、そうだっけ? ファンタジア・パブロ――」


「呪文は間違えたら最初からよ」


「うわ、そうだった! マジカル・マジック・ザ・ファンタジー・オブ・ファンタジア・パブロ・ディエゴ――」


「死ネェエエエエエエイ魔法少女ォォオオオオオッッ!」


「うるっさいわッ!ボケェ! こっちは呪文の最中なんじゃぁああッ!」


いつまで経っても変身しない少女に苛立ったノースは、もう待っていられないと、突進しながらその剛腕を振った。

そんなノースに向かって、少女もステッキを力任せに振るった。


瞬間――ノースは死んだ。


「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!」


ぶつかり合った太い剛腕と細いステッキ。

しかし、剛腕はいとも簡単に粉々にされると、そのままノースの心臓部である核を破壊。

断末魔を上げたノースは、ただの岩となって動かなくなった。


「…………………………………………」


少女も動かない。

勝利の余韻に浸るわけでも喜ぶでもなく、ただその場に立ち尽くした。

そして間もなくして、街を破壊する怪物が倒されたことに、人々は歓喜の声を上げるのだった。


「あ~あ、また変身失敗。これで40回目ね?」


やれやれ、と呆れるように黒猫は話しかけた。


「……………………ねぇ、クロ」


「どうしたの?マホ」


少しの間を空けると、少女――マホは口を開いた。


「わたし……いつになったら魔法少女に変身できるの?」


「……とりあえず、呪文から覚えましょうか」





小津マホ。15歳。高校1年生。


魔法少女歴、3か月。

ゴーレム通算撃破数、40体。


魔法少女への変身回数――0回。





これは、魔法少女に変身できない少女のお話。


そして、少女が魔法少女に変身するまでの物語である。

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