夢心地の物語
阿久津 幻斎
物語の続き
本の夢を見た。本を書いている夢だ。
本が自ら物語を綴ることはないから、きっと私が書いた本だろう。
朝から雨が降りっぱなしで、しめった空気にもたれて寝台で仰向けになっていたところ、一眠りしていたらしい。
眠るほんの前まで読んでいた本の続きを見た。見たと言うより書いた。
夢の中では滞ることなく言葉を重ねた。言葉に白くて軽やかな羽が生えたように綴った。
あの本を書いた男はもうとっくの昔に星になっているし、星になった男を毎日眺めている訳でもない私が、その本の続きを綴った。
あれは紛れもなくその男自身が紡ぐ言葉だった。私なら思いもつかない言葉を閃いたし、人生で一度っきりしか行ったことのない海の話を書いた。
不思議な夢だった。今はもう物語の続きは忘れてしまったが、言葉を綴った感触は残っている。
擦り切れた万年筆の先で紙を擦る感覚も、インク瓶が倒れないようにそうっと筆先を浸す感覚すらはっきりと覚えている。
あれはきっと男が見た景色だ。あの男の本にはそれが染み付いていて、寝る前に読んだせいで私の夢に化けて出た絵なのだ。
だが、それはそれとして素晴らしい物語を書いた。夢でなければ今頃どんなに良いと思うだろうか。覚めなければあの本の続きは私のものだったのに、と独りごちた。
寝台から降りて、埃の被った壁掛け時計を見やった。軽く三十分は寝ていたらしい。日は傾き、赤い陽光が窓に反射している。
さて、シャワーでも浴びよう。この幻想めいた頭をすっきりさせてこよう。
シャワーの冷水が出る方の蛇口をぐいっとひねる想像をしながら、風呂場へ行く身支度をした。
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