来週も逢えますか

カイ艦長

第1話 来週も逢えますか

 大仙山の北には龍族が暮らす蒼龍山がそびえ立ち、南西には温暖な気候で大陸最高峰の鳳凰山が構えていて鳳族が暮らしていた。

 大仙山の東から西へかけて、人間族が暮らす国へ通じる街道が整備されている。山頂には天然の岩による腰かけがあるが、それほど多くの人が訪れないので素朴な佇まいだ。

 龍族も鳳族も大仙山へ行くこと自体は禁止されていないが、双方の部族が親しくすることは厳禁となっている。


 白季は普段人のいない大仙山の山頂を訪れては、蒼龍山や鳳凰山を飽きることなく眺めていた。龍族の青年として日夜陶器を製作する白季にとって、この眺めは疲れを癒やし原動力となっている。


「今日もお疲れさまです。白季様」

 柔らかな笑顔をたたえた、たおやかな女性が歩み寄った。白季は彼女へ微笑みを返す。

「英舞さん、今日も元気なようでなによりです」

 英舞と呼ばれた女性は、髪を結い上げて特徴的なかんざしを挿している。


「おかげさまで、元気に暮らしております。先週頂いた薬のおかげで、父の持病もいくらか和らいでおります。なんとお礼をすればよろしいやら」

 綺麗に身体を半分に折り、慎ましやかに一礼した。まるで神の化身と見紛うほど慈愛に満ちた表情をしている。


「あれは僕の滋養強壮の薬なんだ。お父上に効いて安心したよ。種族が違うから効くかどうか半信半疑だったんだけど」

「いえ、たとえあなた様が龍族の御子でいらしても、身体は同じ人です。効かぬ道理もございません」

 そう。英舞は龍族ではないそうだ。詳しくは教えてくれなかったが、おそらく人間族であろう。もし鳳族であれば、それぞれの部族の禁忌に触れていることになる。


「そういえば英舞の国について、まだ聞いたことがなかったね。人間族の国はどんなところなのかな」

 屈託ない笑顔を浮かべて白季は彼女に問いかけた。ふとためらった一面を見せたが、すぐに笑みを浮かべる。

「あまり変わったことはありませんわ。大人が働き、子どもが学ぶ。老いた人を敬い、幼い子を育てる。どの部族も基本は変わりません」


 彼女の笑みにやや陰がかかっているように見えた。

 英舞は自分のことをなかなか語ろうとはしない。しかし、彼女の存在が白季の心を軽くするのに違いない。部族が異なろうと、その事実は変わらないのだ。


 龍族と人間族は結婚して家庭を築き、子どもを持った例がいくつか存在する。しかし鳳族と結婚した者は皆無だ。

 互いを天敵とみなしているからなのだが、もし英舞が鳳族だったとしたら、とても天敵とは思えない。これほど白季を気にかけてくれる女性は、龍族でも見られない。それは彼が龍族としての地位が高くないからでもあった。

 王族は何名もの妃や妾を囲えるが、陶器職人である白季には誰も誘いをかけてこない。


 息抜きで訪れたこの大仙山で英舞と出会った。

 肉親のいない彼にとって英舞と会話を重ねることが、孤独を慰めることとなった。たとえ人間族であっても、結婚するなら彼女しかいない。白季はそう覚悟を決めている。


「今日はどのような器をお持ちになったのでしょうか」

 しなやかな面立ちで英舞が尋ねた。

 白季は腰かけに置いてあった包みを開くと、そこへ次々と陶器を並べていく。自信作の七つを持ってきていた。もちろん彼女に使ってもらうためだ。

「いずれも素晴らしい出来栄えですわ。とくにこの花器は形といい佇まいといい、名器に違いありません」


「気に入ったのでしたらお持ち帰りくださってけっこうですよ」

 その声に英舞は首を左右にぶんぶんと振った。

「とんでもございません。これほどの名器、ふさわしい金額も持ち合わせておりませんわ」

 その言葉に驚きを感じてしまった。確かに作品を見せたのは先週が初だが、遠慮されるとは思いもよらなかった。


「いえ、今回お持ちしたものは英舞さんに差し上げようと考えたものばかりです。使っていただければ僕も満足しますので」

 七つの器を相次いで眺めていた英舞は、隣に立っている白季を上目遣いで見つめている。

「本当によろしいのですか。いずれ劣らぬ名器とお見受けいたしましたが」

 彼女は声を弾ませて尋ねた。さながら好奇心を抑えきれない無邪気な子どものようだった。


 白季は頬を緩めて目尻をわずかに下げた。

「はい、なんでしたら七つすべてお持ちいただいてもかまいませんよ」

「ご厚意はありがたいのですが、ひとつでも驚いております。七つすべてなど思いもよりません。もしかして」

 彼女の次の言葉に耳を傾ける。

「すべて盗品ってことはないですよね」


 白季はぽかんとだらしなく口を開いたが、すぐに口角を吊り上げて笑みをたたえた。

「僕が陶器職人だってことは伝えてありましたよね。すべて僕の作品です。自分で作れるものをわざわざ盗んでくるなんて、効率が悪いじゃないですか。捕まったら英舞さんにも逢えなくなりますし」

 その言葉を聞いた英舞は、左袖で口元を押さえてくすくすと声を立てる。


「確かにそうですわね。白季様がお作りになったほうが早いに決まっておりますわ」

「で、どれか気に入ったものはありましたか」

 もう一度陶器を眺めていた英舞は、ひとつの器を指さした。

「そうですわね。やはりこの花器でしょうか」

 白季が思わず顔を綻ばせた。


「やはり英舞さんはお目が高い。僕もこれが一番の自信作なんですよ。だから少なくともこれだけは受け取ってもらいたいなと思っていたところです」

 包みから布地を取り出すと、さっと広げた。

「それではひと包みしておきますね。ところで、来週九日後も逢えますか」


 その言葉を待っていたかのように、英舞の顔がぱっと明るくなった。

「はい、来週も必ず参ります。この花器の感想もお伝えしたいですから」

 ふたりは日が暮れるまで語り合った。




 ─後半へ続く─




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