第2話 意外と悪くない日々
◇◇◇
こうして俺は、なし崩し的にロイスター伯爵家への支援を行うことを決めた。だが、縁もゆかりもない俺が理由もなく支援を行うのも不自然なので、表向きはマリベルが俺の恋人になったことにしておく。
期間は三年間。彼女が俺の恋人であるうちは、俺が彼女の家に支援をするという契約だ。その間マリベルには公爵家に住み込み、ある仕事の手伝いをしてもらうことにした。
「この御恩は一生忘れません。閣下のお役に立てるように、一生懸命頑張りますわ!」
キラキラとした目で感謝の言葉を掛けられるとなんだか気まずい。
「まあ、君は普段どおりふるまってくれて構わない」
乗り掛かった舟だ。話を聞いた以上、このまま彼女が没落していくのを見るのは忍びない。それに、マリベルという「恋人」の存在は俺にとってもメリットがある。
「侍女長を呼んでくれ。ロイズは彼女の部屋の準備を頼む」
早速恋人としてマリベルを紹介すると、侍女長は目を輝かせた。ロイズ以外の屋敷の者には、マリベルは俺の恋人であると紹介しておく。その方が何かと都合がいいからだ。
「ついに閣下のお心を射止めたご令嬢が!なんてお美しい。誠心誠意お仕えいたします。大切なお嬢様のお世話はこの私めにお任せください!」
侍女長がドンと胸を張った翌日、マリベルのための宝飾品やドレスが次から次へと屋敷に運び込まれてきた。さすが侍女長、仕事が早い。
「あの、こんなに沢山困ります。ドレスや化粧道具なら実家からもってきますから」
慌てて受け取りを拒否していたマリベルだったが、
「どれもよくお似合いですわ!あ、こちらのドレスにはその宝石を合わせて頂戴。髪飾りも忘れないでね。靴はこれ。香水はこちらがいいわ。これほどの逸材ですもの、腕が鳴るわ!」
と全く取り合わない。そう、彼女は人の話を聞かないのだ。だが、仕事はできるし見立ては確かなので信頼できる。実際、新しくできたドレスを着てメイクを終えた彼女はまるで別人だった。
「よく、似合っている」
「あ、ありがとうございます」
きつい印象を与えていた濃いめのメイクを素の顔立ちを生かしたナチュラルなものに変え、体の線を出す大人っぽいデザインのドレスを上品なプリンセスラインに変更。
色もマリベルがよく着ていた黒や原色系ではなく、淡いパステルカラーのものにすると、彼女の雰囲気はまるで違ったものになった。女性は化粧やドレスで変わるとは本当だな。照れたようにふんわりと微笑む彼女はあどけなく愛らしかった。
「私も本当はこうした落ち着いたデザインのドレスやメイクのほうが好きなのですが、内気な性格なので社交界で舐められないように派手なメイクやドレスにしていたんです」
実際俺も派手で気の強い令嬢だと思っていたが、言葉通り素の彼女はとても穏やかで大人しい人だった。普段は読書や刺繍をして過ごしている。一度見せて貰った刺繍の腕前はなかなかのものだ。
取り止めのない穏やかな日々を共に過ごすうち、少しずつ二人の距離は縮まっていった。
今では、彼女と一緒に食事をしたり散歩を楽しんだりするのがすっかり日課になった。これまで彼女ほど一緒にいてリラックスできる相手はいなかったように思う。後腐れ無く金で割り切った関係が気楽なのだろうか。
両親が亡くなったあと莫大な遺産とともに一人残された俺は、他人と関わるのが煩わしいと感じるようになった。遺産目当てで近づいてくる親族も、財産目当てで寄ってくる令嬢も、誰もかれもが煩わしい。
次第に社交界からも足が遠ざかり、出歩くことも減った。すっかり人間嫌いの変わり者となっていた俺だったが、不思議とマリベルといるのは苦じゃなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます