ワタシの地平線~獣人オネェになって転生したけど属性大杉であらゆる気持ちが分かるようになりました~

子子八子子

第1話 美味しかったわぁ・・・ね?


 「君とは別れよう」




 最近オープンして瞬く間に口コミで話題になり、SNSで注目されるとあっという間にメディアに取り上げられ、あれよあれよと言う間に予約困難な名店になってしまった、白を基調としたまるで欧州の洋館のような造りの美しい内装の、とある郊外の一軒家リストランテ。


 Jazzyな曲調のメロディ、アンニュイな歌声が特徴の歌手の歌がふんわりと押し付けがましくない程度の音量で流れ、周囲の客たちの話し声、笑い声とグラスやカトラリーなどの食器の音と重なり、耳に心地良く届いて来る。


 洗練された振る舞いのスタッフはとてもアルバイトとは思えない、きっと社員教育(勿論アルバイトより社員在籍多数)がしっかりと施されているに違いない。


 そして、そんな彼等が運んで来る、こだわりの一軒家リストランテという城を掲げたオーナーシェフ(元超一流ホテル内のレストランで総料理長を勤め上げた経歴を持つ)の料理はどれも素材を大事に、理に叶う調理法で時間をかけて作られた、正に芸術品とも呼べる素晴らしい珠玉の料理の数々だった。


 そこに、リストランテお抱えのソムリエ(数々のソムリエコンテストで優勝もしくはそれに準ずる賞を獲得経験多数)が選んだワインを料理ごとにバイ・ザ・グラスで合わせる。


 口の中で料理の味わいとワインの奥行きが一つの過去と未来を持つ渾然一体の立方体となって身体の中に溶け込んで行く。


 そう、これは宇宙ーーーー


 完全なる宇宙の再現がここに居る一人ひとりの口の中で完成する。



 ーーーーここはもはや、至極の天界ーーーー



 今日は私と彼が付き合って3年目の記念日(いいえ告白したのはその半年前だけど、彼ったら中々OK出さずに私に遠慮していたのよね。遠慮なんかいらないのに!)で、半年前に運良く予約が取れたこのリストランテで、私は彼に用意したオメガの腕時計をプレゼントして、彼からは『結婚しよう』って言葉と共に、彼がこっそり選んだブルガリの婚約指輪を真紅のバラの花束と共に差し出してくれるーーーー




「えっと、ごめんなさい?ちょっと聞こえなかったんだけど?」



 私はメインの食事が済み、手元のナフキンで口を拭った後でも落ちないPerfectなルージュ(●イトの最新カラーよ)が光る、無駄なシワの出ない完璧な角度の微笑みを微動だにさせないまま彼に訊ねた。


「うん、よしもう一度しっかりと言おう、『君と別れよう』はい聞こえたかな?」


「おかしいなぁ、なんか私には『別れよう』って聞こえちゃったんだけど間違いですよね?」


「いいや間違いではないよ、君と別れよう僕と別れて下さいお願いします」


「何を言ってるの?今日は私達付き合って3年目の記念日(告白も含めたら3年と半年とマイナス2時間11分06秒)でしょこれからあなたと私でプレゼントを交わすと共に永遠の愛の誓いを交わして食事の後は高級ホテルで身も心も固く交わし合うのではなくて?」


「どうやら君は相変わらず果てしなく自分にしか都合の良い想像力しか働かないようだね?それでも僕は(一時の気の迷いとは言え)そんな君のことを好ましく思えたからこそ、今日まで付き合ってきて(思えば数え切れない我慢と後悔の連続だよ)ここのレストランも予約した訳だが、人の心は移ろい易いし昨日の友は今日の敵だったりもする。つまりどういう事かと言うと君にはもう全くこれっぽっちも微塵もミジンコいやゾウリムシはおろかウイルス程にも興味が無くなってしまったのだよ残念だけど」



 彼は一体何を言ってるのかしら?

 私はプレゼントを渡すタイミングを見計らっていると言うのに?



「……」


「…すまないが、食事が終わったらもう僕たちはそれd」



 いけないわ、食事が終わる話をしてるのね、今渡さないと!!

 私は素早く背中に置いてあるハンドバッグからプレゼントの包みを取り出した。



「はい、3年目の記念日おめでとう!」


「ってもう本っ当に話聞いてないな~~今プレゼント交換する場面じゃないよね~~~~」



 彼はテーブルに肘を付いて頭を抱えたかと思うとフルスイングで後ろに仰け反った。



 ーーーーやれやれ、マナーも知らないのね。


 お食事中に肘を付いても後ろに仰け反ってもいけないって、お母様に教わらなかったの?仕方のない人、やっぱり私が付いてないと不安だわーーーー


 私は猫のように可愛らしく見える角度に首を傾げて、小さく愛らしい溜め息をするフリをしてからクスリと笑みを漏らした。

 勿論、唇の形はPerfectな二等辺三角形でそこから零れる白く輝く歯にもルージュなんて<絶対に>着いてはいない。


 こんなにも完璧(Perfect)に美しい私がここまで隙間無く彼の事を愛しているのに、『別れよう』だなんて正気の沙汰とは思えn



「・・・お客様、お連れの方はお帰りになられたようですが、デザートはどうされますか?」



 隣に給仕の若い男性が小さく身体を屈め、まるで落し物でも渡すかのようにさりげなく、そっと耳打ちをしてくれている。


 目の前のテーブルの白いクロスの上はいつの間にか、食事を終えた二人分の皿は綺麗に片付け終え、最初から彼女一人しかいなかったかのようなセッティングがなされていた。

 もしかして、本当に私しかいなかったのかしら?と思ってもおかしくないくらいだ。


 ーーーーそこに、彼女が出した彼へのプレゼントの包みが置いたままで無ければ。



「お連れの方がお会計はお済みになっておりますので、ごゆっくりどうぞ」


「・・・そう。それじゃ、デザートを運んで貰おうかしら?今日のお勧めをお願いしたいわ。あと、一緒にイタリアンローストのコーヒーをお願いね」


「かしこまりました」


 私はニッコリと微笑んでそう頼んだ。

 給仕の彼も同じようにニッコリと笑顔で返し、厨房へ進んで行った。





 ※※※





「お客様のお掛けになった番号は、現在使われていないか、番号が間違っている可能性があります。お手数ですが、もう一度番号をお確かめになった後、お掛け直し下さい。・・・・・・お客様のお掛けになった番号は、現在使わ」


 これで38コール目。フルで聞いたアナウンスは199・5回目ーーーー。


 なんでかしら?どうしちゃったのかしら?もしかして、彼、事故にでも遭ったんじゃーーーー


「や~だぁ、また電話してんのぉ??」


 ガヤガヤと騒々しい周囲。

 ひっきりなしに轟くどこかの卓からの盛り上がりの歓声、下品な笑い声、グラスや食器と箸が触れる音、店内禁煙の筈なのにうっすらと漂う煙草臭、「はいただいまーー!!」と無駄に元気な店員の声。


 さっきまでの上質(Elegance)な空間とは全く異質な庶民の憩いの場。


「もーいいかげんにしなよ~、フられちゃったんでしょ~~」


 隣にいるのは高校時代からの友人のマキ。

 OLだったり、水商売だったりと目まぐるしいが、どこでも楽しそうに過ごせるようだ。

 既に6杯はお代わりをしているビールの中ジョッキを片手に、まだまだ余裕がありそうだ。


 あれからリストランテで、至極のデザート(本日のおすすめ~季節の果物のムースとマカロンのパルフェ、リモーネのソルベと玄米タルトに胡桃のソースを添えて~)を一つ一つ味わって平らげ、丁寧にドリップされたイタリアンローストコーヒーを飲み、何食わぬ顔でタクシーを呼んで貰い、乗車中にマキをラインで呼び出し、適当に店を選んで貰って現地集合で今に至るーーーー



「・・・フら・・・れた?えっ誰が??」


 思わず手元のスマホの落としてしまい・・・そうになったのをギリギリ拾い上げた。


「アンタでしょーが。だって今日は大切な日だからって言ってたじゃ~ん?」


 マキはそう言って残りのビールを飲み干す。すかさず店員の方へグラスを掲げ、


「すいませーーん、お代わり~~!!」


 と声を上げる。


「はーい、ありがとうございまーーす!!」


 元気な店員の声がホールと厨房で一斉に重なる。

 なんでここに私がいるの?なんでなんでなんで??

 どうしてかしら目の前がぼやけてるわ。私、目が悪くなったの??

 ぼやけた視界の前に琥珀色の液体がシュリシュリと音を立てて近づいた。


「はーい、アンタの分も。独りで泣いてないで、こんな時は飲むに限るのッ!」


 マキはお代わりの時に指を二本立てていたようだ。


「私、ビールはあんまり・・・まだこのワインだって残ってるし・・・」


 最初に頼んだハウスワイン(赤)はぬるくて生臭い感じですすまない。


「だーから~、やっぱキンキンに冷えたシュワシュワでしょ!ほらほらグラス持って!!」


 マキに促されるままグラスを持つ。重い。なにこれこんな重くて冷えてて・・・


「いーーわよ!飲んでやるわよ!!こんな庶民の飲み物なんてッッ!!!」


 私はグラスを口に付け、グーーーッと呷った。

 冷たく凍らせたジョッキにシャリシャリとした食感の泡が張り付き、ホップの苦味と独特の香り、酸味と甘みがアルコールと炭酸の刺激と共に喉を通り過ぎる。


「いーーねーー、いいーねぇ~~~!!いいーー飲みっぷりのいぃ~~女ぁ!!」


 奇妙な囃し文句と手拍子を打つマキが歌うと、何故かその陽気な歌いっぷりに周囲も絡め取られて同じように手拍子を打ち出し、同様にグラスを持ち寄り一緒に飲む輪が広がった。


 ビールを飲み干すと、歓声と笑い声が拍手と共に上がった。


「姉さん、べっぴんなのに飲みっぷりもいいねぇ!!サイコーだよサイコーー!!」


 知らない人間が増え、


「俺もお代わりーー!!」「私もでーすっ!(笑)」


 と、便乗盛り上がりが増えて店内は大わらわになり、店長は売り上げチャンスとばかりに、


「はーーーい、たった今揚げ立ての唐揚げ出来てますよ~~!!」


 と声を上げ、それに乗っかり注文をする客達の声、声、声・・・



 なんだか楽しくなってしまった。



 ビールも意外と美味しい。知らなかった、これだけキンキンに冷やすと美味しいものなのね。

 マキはいつだって楽しそうだし、楽しくしてくれる。本当良い友人。

 周りも知らない人ばかりだけど、一緒に飲んで、よく分からない話をして笑ってくれる。

 泣いてたら、知らない女の人が来て肩を抱いてくれた。そしたら、また涙が出てきたけど、その人とも一緒に泣いて、飲んで、笑ったら楽しい。


 なんだ、楽しいじゃない。私、大丈夫なんじゃない。


 これだけ楽しい思いしたんだから、きっと明日はもっと良い事待ってるわ。


 生きてて良かったーーーー





 ※※※





 深夜の街に鳴り響くサイレンの音。


「歩行者の方は下がって下さい!!救急車が来ます、下がって下さい!!」



 ーーーー何かしら?随分騒がしいけど、私、まだお店にいるんだっけ?



「・・・呼吸確認出来ません!!出血量大、急いで!!」



 ーーーー出血?誰か怪我してるの?もしかして、彼が?・・・・・・ああ、だから電話に出れなかったのね、どうしましょう!病院を聞いて、お見舞いに行かなくちゃ・・・



 そこで、私はストレッチャーに乗って救急車に運び込まれる自分の姿を見た。



 ーーーーえっ


 ーーーーなんで?なんで私が運ばれてるの??



 アスファルトに広がる大量の血痕。散乱した荷物。空き缶、空き瓶。


 何となく覚えている、さっきの店で周囲にいたような人達の顔と、私の名前を呼んで大泣きしているマキの姿が見える。




 ーーーーもしかして・・・・・・




 私、死んだの???


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