第30話


 僕たちがクラインの町を発ってからというもの、大分時間が経ったような気がする。


 今はエルフの国へと繋がるっていう森の中を、ウィングブーツでグイグイ飛行しているところだった。


「……ゴクリッ……」


 この森林っていうのが、今まで体験したものと違って物凄く異様で、自分が小人になったような錯覚を覚える場所なんだ。


 植物も海のように深そうだし、木々自体、普通の木の何十倍もある高さと太さで、今まで感じたことのない圧迫感を覚えるほどだった。


 それに、なんか枝とかツルとか色々うねうねしてるし、比喩でもなんでもなく、本当に森そのものが生きているんだ……。


「ヒャアアアアッ」


「うっ……」


 それに、薄暗い上に悲鳴みたいな不気味な音がこだましてくるから単純に怖い。それと、頻繁にではないものの、靴の踵くらいの植物の種が時々飛んできてヒヤッとする。


 しばらくしてユイが悲鳴を上げたので、種に当たったんじゃないかって思って聞いたら虫だって。虫なんて見かけないけどなあ。


 まあいっか。仮に命中したとしても僕の半径2メートル以内にいれば盾のペンダントがあるから安心だ。


 実際、この森へ来て一度だけ自分の背中に当たったことがあるけど、チクッとする程度でHPが1ポイント減るだけだったしね。


「うあ……」


 それより嫌なのが、下のほうにちらほらと見える白骨死体だ。幹の間から、こっちに手を伸ばした状態で息絶えててなんとも哀れだ。


 俺はここだ、早く見つけてくれ、助けてくれ、そんな恨めしそうな声が今にも聞こえてくるような気がする。


 彼らは腕試しでエルフの国へ行こうとしたものの、力尽きた冒険者だろうか? あるいは、新しい商売を始めようとしたけど志半ばで倒れた商人?


 どんな事情があったのかはもちろん知らないけど、やられ方はなんとなくわかってしまう。


 多分、ツルを伸ばしてくる植物とか木々のモンスターに捕まって、栄養を吸われて徐々に息絶えたんだろうね。


「おえっ……」


 想像するだけで気分が悪くなってきた。わざわざ妙なことを考えるからなんだけど。


「――え……」


 そんな自分に呆れつつ飛んでいると、いつの間にか隣にサクラがいたのでびっくりした。


「サクラ、凄いね」


 っていうか、普通に追いつかれてしまったってのが驚きだ。上達しすぎ。


 ユイとサクラを置き去りにしないためにそこまでスピードを出してないっていうのもあるとはいえ、器用値100の僕とは違うわけだから。


 そう考えると、ウィングブーツでの飛行について何かコツを掴んだか、それだけ頑張ったのかもしれない。


 それについてどうやったのか尋ねると、サクラは照れ臭そうな顔を浮かべながら、僕たちに隠れてこっそり練習してたんだって。へえ、知らなかったなあ。


 そういえば、クラインの町で夜更けにちょくちょく屋根裏部屋の窓から出ていってたから、そのときにやってたんだろうね。


 夜のお散歩くらいにしか思ってなかった僕って一体……。


「――大人をからかったらダメだよ、サクラ……」


「ふふっ」


 サクラとのお喋りはとても楽しいし、自然に笑みが零れちゃうほどだ。


 でも、僕の横顔が見たいだの、格好いいだの、いくらなんでも大人をからかいすぎ! まあ彼女の言葉を信じるなら、半分本当らしいし可愛いからいいけど……。


「……」


 そういえば、ユイのほうはどうしてるのかと思ってちらっと後方に目をやると、顔を赤くして一生懸命こっちへ来ようとしててなんか可愛かった。本当に彼女は小動物的だ。


 そういえば、虫に当たったとか、明らかに変だってわかる嘘をついてたけど、なんであんなこと言ったんだろう? もしかして、僕たちに気を使ってる?


 うーん。別にサクラとはまだ恋愛関係ってわけでもないんだし、変な誤解してないといいんだけど。まあそこまで考えてない可能性もあるんだけど……。


 というか、今は恋愛についてどうの、そういうことを悠長に考えるような余裕がなかった。


 こんな厳しい世界じゃいつ死んでもおかしくないってことを考えたら、なるべく早く気持ちを伝えたほうがいいのかもしれないけどね。


 でも、相手どころか自分の気持ちすら、まだ正直なところはわからないや。そういうのを真面目に考えるのが怖いっていうのもある。


 それに、自分の気持ちに気づいたところで、僕は小心者だから振られたらどうしようってまた悩みそうだ。


 ただ、失ったときにその大切さに初めて気づくっていうし、僕もそうならないようにしないと。


「――あ……」


 っと、そんな取り留めのないことをぼんやりと考えてたら、前方のほうに何か薄らと見えてきた。


 あれは……一体なんなんだろう。モンスター……?


 何かが徐々に近付いてくるにつれ、それが人型だとわかってきた。それも二人、幹の上に並んで立っている。


 こんなところに、僕たち以外に人がいるなんて思いもしなかった。


 エルフ……じゃないと思うし、高ランクの冒険者かな? それとも、低ランクの冒険者が迷い込んで助けを求めてる? はたまた、森の住人なんだろうか?


 さらに別の可能性を考えようとしたとき、僕はハッとなった。


「……」


 ま、まさか、あれは召喚士ガリュウが差し向けてきた右列の刺客なんじゃ……⁉ だとしたら、僕たちの行動はあいつらに読まれていたってことになる。これはとんでもない事態だ。


 ここからは慎重になろうと思ってスピードを少し落としつつも、あいつらとの距離が大分近くなってきて、顔や性別まではっきりとわかるようになってきた。


 二人組の男女だった。あいつら、なんかクラインの町で何度か見かけたような気がする。


「う……」


「あれ、サクラ。どうしたんだ……?」


 しかも、サクラが連中のほうを見て明らかに動揺していて、顔面蒼白になっていることに気付いた。僕のすぐ隣にいるから、彼女の変化の具合がよくわかるんだ。


 そういえば、確かサクラの話によれば、彼女の兄さんを殺したのは二人組の男女だったはず。


 ってことは……あいつらがその仇だっていうのか……? もしそうなら、絶対に許すわけにはいかない。この森をあいつらの墓場にしてやらないと……。


 とりあえず、僕の【互換】スキルだとこんな遠くからじゃ調べられないので、【互換】スキルでユイから【観察眼】を拝借して、二人組のステータスをチェックしてみることにした。


「お……」


 すると、名前と人柄を見てすぐにそれが右列だとわかった。


 つまり、サクラの兄さんの仇でほぼ間違いないってことだ……って、こいつらのほかのステータスに視線を移したとき、僕は文字通り驚愕した。こ、これは……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る