第27話


「……」


 右列連中の一人を倒したこともあり、それから僕たちはすぐに冒険者ギルドをあとにした。


 こうしちゃいられない。先を急ぐ必要がありそうだ。


 というのも、僕が殴ったことが本人には認識できなくても、あとで起きたときに調べれば自分が右列にいないことがバレてしまうと思うからだ。


 それに、下っ端でさえも僕の名前を知っていた。


 そのことからもわかるように、短期間でBランクまで上がったことでかなり目立ってしまってたみたいだから、いずれ刺客を差し向けられるのは目に見えている。


 なので、今すぐにでもエルフの国を目指そうと思う。


 行くにしても心配事も多いんだけど、はっきり言ってこの国に残ってたらそれこそ危ない。


 僕たちの力だけでは、右列も加わった多数の相手には対抗できない。つまり、エルフの国の傘下に入る必要が出てくる。


 自分の【互換】スキルは確かに強い。一度に一つだけではあるけど、ステータスを置き換えることができる。


 さらに、アイテムの説明を書き換えることができるというのと、もう一つのスキル【HP100】にまだ可能性がありそうなのも大きい。


 ユイやサクラという頼りになる仲間がいて、さらにはオルドたちが作ってくれた盾のペンダントのおかげでHPが少ないという弱点もカバーできる。


 とはいえ、やはり限界だってある。


 現在の状況じゃ、強力なスキル持ちの集団と戦うのは危険っていうより無謀すぎると思うんだ。


 特にそれが右列の上位となれば、尚更厳しい戦いが予想される。そのトップに君臨する召喚士ガリュウも、鑑定スキルが通じないことからも不気味な存在だ。


 右列の男からああいう話を聞いたあとだけに、ユイとサクラは反対するかもしれない。エルフの国は思ったよりも危険なんじゃないかって。


 二人ともついてきてくれるとは思うけど、難色を示した場合は僕一人だけでもエルフの国へ向かうつもりだ。


 屋根裏部屋へ戻ったあと、僕は思い切ってそのことをユイとサクラ、それにドワーフたちにも打ち明けた。


「――と、こういうわけだから、僕はこれからすぐにでもこのクラインの町を出発しようと思う」


「そ、そうなんですね……」


「そうか。すぐに発つのか……」


「それで、ユイとサクラはどうする? エルフの国へ行くのが嫌だって思うなら、無理についてこなくてもいいよ。そりゃついてきてほしいけど、どこか集落みたいなところで、隠れて暮らすのも悪くないと思うし……」


「何言ってるんですか。ここまで来たら運命共同体ですし、私はクルスさんについていきます。オルトンの村で拾われてから、クルスさんがどんな決断をしたとしても、一緒に行くと決めてますから!」


「私だってそうだ。何がなんでも一緒に行く。兄さんのように優しいクルスが決めたことなら、たとえ右列にだって我慢して入るつもりだ……」


「……」


 驚いた。どっちの台詞も甲乙つけがたいくらい嬉しかったけど、サクラの言葉は特に印象的だった。僕のためなら右列に入るっていう選択肢もあるのかって。


 誰なのかはわかってないけど、サクラは右列の誰かに兄を殺されてるのに、そんなところに入るなんて絶対嫌だろうに……。というか、ストレスで精神的におかしくなるんじゃないかな。


 もちろん、僕だってどんなことがあってもそんな惨い選択はしたくないけど、状況によってはありえることかもしれない。


 というのも、僕が悪党の演技をしたとき、この先なんとなくだけど右列と組むなんてこともあるような気がしたんだ。


 外れてほしいところだけど、何故かそんな予感がした。ユイには『クルスさん、悪人が似合ってましたよ。本当に右列みたいでした』なんて茶化されたし、意外と当たってしまうのかもしれない。


 それでも、よっぽどのことがない限りは、サクラのために右列にだけは入らないし、一味を仲間にするつもりもない。


「僕も、正直一人じゃ心細かったんだ。ついてきてくれてありがとう、ユイ、サクラ……」


「えへへっ、どういたしまして。というかクルスさん、もう一押しで泣いちゃいそうな顔してますよ?」


「クルスの泣き顔、見てみたいな」


「サクラさん、それ同意します!」


「……ははっ」


 二人がいなかったら、僕もきっとここまで来られなかったはずだし、これから先も耐えられないって思うことがあるかもしれない。


 ……あ、そうだ。オルドたちにもどうするか聞くのを忘れてた。


「オルド、シャック、グレースはどうする? エルフの国へ行くのがどうしても嫌なら尊重するよ」


「うーむ……。エルフの国へ行くことはすんごく嫌じゃが、ボスが行くというなら、わしは喜んでついていくだけじゃ!」


「あっしもだ! ボスが行くなら嫌いなエルフの国だって行く!」


「私もオルドとシャックに同感ですよ! 嫌悪しているエルフの国であっても、ボスのためならえんやこらです!」


「そ、そっか。わかったよ……」


 オルドたちが露骨に嫌がってるのが面白い。隠そうともしてない。


 彼らドワーフには気の毒だけど……僕自身はエルフたちと仲良くなりたいと思っている。


 何より、そこには右列の人間がいない、すなわち召喚士ガリュウの息がかかってないってのが大きい。


 あのスキンヘッドの男の話を聞いて不安になったところもあるけどね。王族とエルフの血を受け継ぐ人間不信のエルフだっけ? 人間からもエルフからも差別されてたって話だし、相当に闇が深そうだ。


 それでも、恐れすぎる必要もないんじゃないかな。もしエルフたちから受け入れられなかった場合はそこを出ればいいだけさ。そうなってしまうと、もう行く当てはないだろうけどね。


 そういうわけで、僕たちは屋根裏部屋をあとにして、エルフの国へと発つことにした。もちろん、ドワーフたちには魔法の袋の中に入ってもらう。


「さ、そろそろ行こうか、ユイ、サクラ」


「……ですね、行きましょう。ここを離れるのはちょっと寂しいっていうのが正直なところですけど。ねっ、サクラさん」


「ああ、ユイ。私も正直そう思うけど、こればっかりは仕方ない……」


「……」


 オルトン村の『モーラ亭』ほどじゃないにしても、僕も少しだけ屋根裏部屋に愛着が湧いてきたところだし、名残惜しいけどしょうがない。


 そういえば、陽気なドワーフたちも魔法の袋に入る際、いつになくしんみりしてた気がする。


 まあこれに関しては、殺風景な袋の中に入らなきゃいけないというのと、嫌いなエルフの国へ行かなきゃいけないってのがあるんだろうけど……。


 とにかく、もう決めたことだしなるべく早く行動に移すだけだ。


 僕たちは食料をたっぷり買い溜めると、人柄が良い人にエルフの国への道を尋ね回って、その足でクラインの町をあとにするのだった。

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