第5話(1)試合に向けて

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「ゴレイロは最愛さんで……」


「ふふっ……」


 恋が笑顔でヴィオラのことを見つめる。その視線に気が付いたヴィオラが顔をしかめる。


「なんですか? 気色の悪い……」


「ひ、酷くない⁉」


 恋が愕然とする。


「人の顔を見てニヤニヤされたら、誰だって良い気持ちはしませんよ」


「ニコニコと微笑みかけたつもりなんだけどな~」


「貴女の笑顔には含みがあるので……」


「偏見よ~」


「いえ、これまでの経験からして間違いありません」


「随分な言われようね~」


 恋が頭を軽く抑える。ヴィオラがため息をつく。


「はあ……繰り返しますよ。ゴレイロは最愛さんでよろしいですね? もっとも他に選択肢などありませんが……」


「それよ」


 恋がヴィオラを指差す。


「は?」


「名前呼びじゃない。最愛ちゃんのこと……」


「あ、ああ、そのことですか……」


「大分仲良くなったみたいね?」


「まあ、親しくはなりました……貴女の目論見通りです」


「え?」


「え?じゃないですよ、しらばっくれないで下さい。貴女が最愛さんに言ったのでしょう? チームメイトのことをよく知るべきだと……」


「そういえば言ったわね。効果あったかしら?」


「思った以上の効果ですよ。鷺沼さん以外の三人は最愛と呼んでいますし、最愛さんも皆さんの名前を呼んでいます」


「ふむ、ふむ……それは大変結構……」


 恋が腕を組んで満足気に頷く。


「それぞれ互いの距離が縮まったのは良いことですね」


「ヴィオラちゃんも昔みたいにわたしのこと、『恋ちゃん』って呼んで良いのよ?」


「分かりました、キャプテン」


「分かってない⁉」


 恋が面食らう。


「けじめが大事ですから……」


「もっと楽に行きましょうよ~」


 恋が頬をぷうっとふくらます。


「私はエンジョイしつつ、勝ちたいのです」


「欲張りね~」


「そうでしょうか?」


「そうよ~。負けても楽しければいいじゃないの」


「しかし、勝ってこそ得られる喜びもあるでしょう?」


「……まあね」


 恋が不敵に笑う。


「話を戻します。最愛さんがゴレイロです」


 ヴィオラが小さいホワイトボードの下方にマグネットを貼る。『溝ノ口最愛』と名前が入ったマグネットである。


「なかなか固定出来なかったから良かったわ~」


「経験者はどうしても取り合いになったり、強いチームに行ってしまいますからね。最愛さんは未経験者ですが……モチベーションはたっぷりあるので頼もしい限りです」


「最愛ちゃんのモチベーションって何?」


「まあ、はっきりと聞いたわけではないですが、『欲しい物はなんとしても掴み取れ』というようなことを言われて育ってきたそうなので……その辺がモチベーションのベースになっているのではないかと」


「す、すごい教育ね……」


 恋が戸惑う。


「続けます。フィクソはキャプテン……」


「……」


「右サイドのアラは雛子さん……左サイドのアラは円さん……」


「………」


「ピヴォは真珠さん……」


「あら? ヴィオラちゃん出ないの?」


「スタートはこの5人でも良いかと……」


「ふむ……」


 恋が顎に手を当てる。


「なにか?」


「やっぱりこうしましょう~」


 恋がホワイトボードのマグネットをぺたぺたと貼り替える。


「ええっ⁉」


 ヴィオラが驚く。


「は~い、皆集まって~」


「…………」


 練習をしていたメンバーが恋とヴィオラの下に集まる。


「というわけで、今日の試合のスタメンを発表しま~す♪」


「……………」


「それじゃあ、副キャプテン、よろしく~♪」


「そういう時だけ副キャプテン呼び……」


「けじめでしょう?」


「むう……では、発表します。ゴレイロは最愛さん」


「は、はい!」


「期待しています。よろしくお願いしますね」


「が、頑張ります!」


「フィクソは私です」


「⁉」


 円たちが驚く。


「右サイド寄りのアラは雛子さん」


「え、ええ……」


「左サイド寄りのアラは円さん」


「う、うん……」


「ピヴォは真珠さんです」


「お、おう……」


「スタートはこんな感じです」


「ちょ、ちょっと待てよ」


「真珠さん、どうかしましたか?」


「恋がフィクソじゃねえのか?」


「本人がベンチスタートで良いとおっしゃったので……」


「どういうこと?」


「まだ回復具合が良くないの?」


「深い意味はないわ、ベンチから試合を見てみたいなと思ってね♪」


 雛子と円に対し、恋がウインクする。ヴィオラが頷く。


「だ、そうです……というわけで……」


「ちょ、ちょっと待って下さる⁉ ワタクシは先発じゃないんですの⁉」


 魅蘭が声を上げる。


「ツインテちゃんも外から試合を見て勉強しましょう♪」


「ツ、ツインテちゃんって……!」


 恋の言葉に魅蘭がムッとする。しばらくして試合が始まる。

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