第10話 始まった日常
二人きりの結婚式も終わり、私たちは正式な夫婦となった。言えば、私は妃殿下ということなのだが、そんな事よりも、人生大逆転の大転生! これからは幸せな生活を送りたい! と、思っていたのに、その夢はすぐに崩れ去った。
結婚式の翌日なのに、ヒュロシ様は戦場に戻ると言う。
「どうしても行かねばなりません?」
「ああ。すまない。戦場に穴を空ける訳にはいかないのだ。そろそろ宇宙嵐も去って、戦闘が再開するからね」
「気を付けて。ご武運を!」
「ありがと。帰るコールはするから。あと、お土産も買ってくるからね」
「行ってらっしゃい。チュッ♡」
「行ってきます。チュッ♡」
出張か。
戦場に赴く夫を送り出す妻がこれでいいのだろうか。
「お疲れ様でございます、妃殿下。ご体調に変化はございませんか?」
「わ、びっくりした。なんだ、スタンハンセンさんか……」
「アルクメーデーです。妃殿下、わたくしに『さん』付けはやめて下さい」
「じゃあ、アルクメーデー。あなたも私を呼ぶ時は、妃殿下なんて堅苦しいのは、やめてちょうだい」
「では何とお呼びすれば」
「イオリでいいわ」
「では、イオリ様。朝のお仕事が待っております」
「朝のお仕事?」
「はい。ご体調が悪くなければ、今日からは通常通り公務をこなさなければならないかと」
体調が悪くないけど、疲れているの。だって、ヒュロシがすごかったから♡ この星の人たちは皆ああなのかしら。それともヒュロシが特別な体質なの? 絶倫すぎるのですけど~!
「如何されました、イオリ様」
「あ、いえ、何でもないわ。とにかく、何をすればいいか教えてちょうだい」
「かしこまりました。まずですね……」
アルクメーデーは説明してくれた。彼女によれば、午前中はオリンポポス星の辺境地にある自治部族の
という訳で、早速、最初のリモート面談。背もたれの高い、ちょっと煌びやかな彫刻が施された豪華な椅子に座らされた私の前に、この星の、丁度ここから反対側に位置する島に住んでいるという部族の
……ていうか、デカい虫じゃん。
人間くらいの大きさのタガメかゴキのような生き物が立って話している。話しているというか、顎をカチカチと鳴らしているのだが、その横に翻訳字幕がサラサラと投影されている。私は必死に笑顔を作って対応したが、全身は鳥肌だらけだ。
数分の形式的な挨拶が終わると、私は「ごきげんよう」と言って手を振ってリモート面談を終えた。
「ふう……なるほどね。さすが異世界よね。神話の神々か、オークとかゴブリンとか魔獣とかを想像していたけれど、こうきましたか……」
「次の面談のお時間です。よろしいですか」
「ええ。始めてちょうだい」
汗を拭い、居住まいを正す。
今度は薄茶のローブをまとった金髪の女性が投影された。首に付けた奇麗な装飾品や座っている椅子の豪華さからして、豊かな地域の首領なのだろうと思われた。見た感じも普通の人間の女性……ああ、人魚さんなのね。なるほど……。
彼女は挨拶もそこそこに、この戦争による海洋汚染についての苦情を滔々とまくし立てた。私は「努力します」と「検討します」を連発してリモートを終えた。
こういったリモートを何十件もこなし、午前中は終わった。疲れた。少しベッドで横になりたかったが、ディアネイラ王妃との昼食のため、そのまま食堂へと移動した。お姑さんとの一対一のランチ。これはこれでキツい。
ディアネイラ王妃は何かフニフニした物をスプーンで食べながら言う。
「どうですか。お仕事は順調におこなしになられて?」
私はコリコリとした何かの肉を食べながら答える。
「なんとか精一杯やらせていただいてます」
「最初は大変でしょうが、慣れたらたいした事はございませんのよ。今は練習期間でしょうから、通常の三分の一くらいの量を割り当ててさしあげていますわ。早く慣れて、自分のノルマをこなせるようになってちょうだい」
「はい。努力いたします」
政治家の会話か。疲れる……けど、この料理は美味しい。思わず私は訊いた。
「このお料理もムーディーズさんとかいう方のプロデュースなのですか? 美味しいですね」
「ホホホホ。ユーディースさんよ。ホホホホ。彼は宇宙のあちこちを回って美味しい物を食べているから、舌は確かですわ。でも、これはね、私が隣の星から取り寄せました宇宙牛の肉ですのよ。柔らかくて美味しいでしょ」
「へえ~。宇宙牛というのがいるのですね」
「今度ご見学にでも行かれたらよろしくてよ。あ、ミノちゃん達には秘密にしている星だから、情報管理だけは徹底してちょうだいね」
「ミノちゃん?」
「ミノタウロスよ。今、最前線にいる主人の下で戦っている勇敢な種族なんだけど、こうして私たちが宇宙牛肉のワイン煮を食べているなんてことは内緒なの。ほほほほ」
「そ、そうなんですね。ほほほ……」
全力愛想笑い発動。ジョークだとしたらシュール過ぎる。急に食べられなくなった。
「ところで、息子はまだ休んでいるのですか?」
「え? あ、いや、もう戦場に出られまして……」
義母はナイフとフォークを握った手をテーブルの上に置いた。
「なんですって? 駄目じゃないの。昨夜は『入水の儀』を終えたばかりでしょ。疲れているはずじゃないの。男の方は体力的に大変なのよ」
このお義母さん、言いなさるなあ。
「すみません。私もお止めしたのですが、ヒュロシ様は元気になったと言われるものですから……」
「そ、そうなの……」
義母はじっと私を見ている。
何を飲んだのか知らないけど、昨夜ヒュロシ様が元気だったのは、きっと精力剤の効果だと思う。でも、それはあっちの方の話で、肉体的に疲労が回復しているのは、たぶん……。
「お風呂の効果だと思います」
「おふろ?」
「昨夜の『入水の儀』で入れてもらったお湯です。それに浸かることを『風呂』と言うのです。お湯に浸かると血液の流れが良くなって体の疲れもとれるのですよ」
「そ、そうなの?」
「はい。私がいた世界では『温泉』といって、地下から湧き出る温水に浸って、皆疲れた体を癒していました」
「おんせん……面白いわね。地下からお湯が出るのね。原始的ね。お湯なんて量子転換ボイラで瞬きする間に大量に作れるのに」
「星の地下にあるマグマで温められて出来たお湯には、様々な有効成分が混じっていて、それが傷の回復を早めたりするのです」
「そうなのね。でも、残念ね。この星の地下はダイヤモンドと超低温ガスしか埋まっていないわ。お湯なんて出ないわね」
「では、沸かせばいいのです。その量子何とかボイラで。『銭湯』と言います。私も、前の世界でよく行ってました」
「せんとう……不吉な名前ね。主人は戦闘に出向いてますのよ」
「いえ、こちらの『せんとう』は気持ちよくなる方です。きっと、ヘーラクレレス王もお喜びになられると思いますよ。元気にもなるはずですし」
「そ、そうかしら……あら嫌だ。スープが冷めちゃう」
ディアネイラ王妃は取り繕うようにスープを飲んだ。「元気」の意味を曲解しているようだ。
私は、ここぞとばかりに陳情する。
「まずは宮殿内に『お風呂』を作りましょう。お風呂は単に体の汚れを落とすだけではないのです。疲労回復に絶大な効果があるんですから!」
私は両手を広げてアピールした。義母は目をパチクリとさせて言う。
「そ、そうなの。そこまで言うなら、作らせてみようかしら……」
「よろしくお願いします!」
私は深々と頭を下げた。
やった、これで毎晩お風呂に入れるわ! しかもヒュロシさんと♡
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます