第3話 天国か地獄か
いったいどういう事態なのか。
私は周囲の明るさに慣れてきた目でしっかりと周りを観察しながら考えた。
まず、今の私はバスローブのような物を着せられている。そして、猫のように女に抱きかかえられて廊下のような通路を移動している。廊下には、どことなくオリエンタルな感じの装飾が施されている。女はさっきより小さくなったように感じる。というか、私が大きくなっているのかもしれない。さっきまで私を難なく摘まみ上げていた女の手は、今では私の頭部を覆うくらいの大きさでしかない。
体から変な臭いも消えている。さっきの石鹸の効果だろうか。
私は思い切って、私を抱えている女に尋ねてみた。
「あの……、すみません。ここは何処ですか? 私は死んだのですか?」
私の声を聞いた女は、私の上半身ほどの大きさの顔に驚愕した表情を浮かべていた。
「あ、驚かせて、ごめんなさい。訊いちゃいけなかったのですかね、ここが天国か地獄か……」
揺れが大きくなった。女が走り始めたようだ。
「あの、どうしてそんなに急いで……」
女は私を抱きかかえたまま、肘で扉を押し開けた。私の膝も扉に当たる。
「王子様! イオラオサン様! 言葉を……、もう言葉を!」
部屋に入った途端、すごく眩しかった。眩しくて目を開けていられない。部屋の照明のためではない。光源はこの二人の男たちなのだ。
「なに、言葉を話したのか。信じられん」
「さすがは我が嫁だ。イオラオサン、早く『
「ヒュロシ様、お待ちください。成長が早過ぎます。何かおかしい」
私は光源たちから顔を背け、私を抱きかかえている女の方に顔を向けていた。女はそれほど眩しくはない。
二人の議論よりも、さっきより更に体が大きくなった自分の事の方が気にかかる。女も私を抱えているのが大変になってきたようで、バランスを取りながら震える腕で私を支えていた。
「あの……、重いのなら降ろしてもらっても。自分で立ちますから」
「おお!」
男たちの声が響いた。女は私を降ろした。私は立ち上がり、彼女の胸の辺りの位置から女の顔を見上げて言う。
「ありがとうございました。これ、すごくいい匂いがする石鹸ですね。髪もしっとりとして……」
私は髪の間に通した手を止めた。
伸びている。髪が腰までの長さほどに伸びている!
「イオラオサン! はやく、はやく『嫁の素』を!」
「かしこまりました!」
甘い匂いのパウダーを頭上から全身に掛けられた。すると急にすごく幸せな気持ちになり、私は意識を失った。
※※※※
目を開けると、私はベッドの上に寝かされていた。背中から全身を包み込むような寝心地だ。最高……。
いかん! 寝てる場合か!
私は慌てて上身を起こした。
「やあ、目が覚めたかい」
さっきの二人のうち、若い男の方の声だ。思わず身を丸めた私は、自分にシルクのドレスのような物が着せてあることに気付いた。淡い黄色の美しい仕立てのドレスだ。でも、誰が……。
私は声がした方に恐る恐る視線を向けた。さっきみたいに眩しくはなかった。でも、驚いたことには変わりがない。男は全身を鎧のような物で覆っていた。顔も
「光には慣れたみたいだね」
「ヒュロシ様のおっしゃるとおりでしたな。早めに『嫁の素』をかけておいて正解でした」
「だろ?」
ヒュロシという男が指を鳴らした。もう一人の初老の男は、マント姿ではあるが、顔は見せている。彫の深い、整った顔だ。西洋人のような顔……ていうか、どうみてもヨーロッパ系の顔である。
「あの、お二人は誰なのですか。ここは、いったい……」
ベッドから降りて、そう私が尋ねると、ヒュロシという男が答えた。
「私は、この星の王子です」
「は? 星?」
「そう。このオリンポポス星の王・ヘーラクレレス王の息子、ヒュロシです」
なーんか聞いたことあるような名称だと考えていると、マントの男が口を挿んだ。
「この方は、あなた様の父であり、夫となられる方です」
「あ、そうなんですね。お父さんで旦那さん……って、ええええ! お父さん?」
目を丸くした私にヒュロシ王子は言った。
「あなたは私から生まれたのです。だから、私の嫁になるのです」
は? 何を言っているのだ、このスカポンタンは。
「信じられないのは皆同じです。ですから、記録動画を撮影しております。そちらをご覧になり、ご自身の目で御確認ください。アルクメーデー」
そう言ったマントの男が顔を向けた方を見ると、さっき私を抱えていた女が立っていた。背丈は私と同じくらいになっている。いや、私がそれくらいまで大きくなったのか?
アルクメーデーと呼ばれたその女は左手の手首に巻いている銀色の太いブレスレッドのような物に右手でそっと触れた。すると、天井から光が射し、私の目の前にホログラムが映し出された。
半透明のヒュロシ王子がこちらに背を向けて便器のようなものに
しばらく
「オウッ!」
両手で口を覆って嘔吐を我慢した私にヒュロシが言った。
「なんだか恥ずかしいけど、夫婦になるのだから、ちゃんと見せておかないといけないと思っ……ちょっと! しっかり!」
私はまた気を失った。
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