きわめて私的な王国記、きわめて私的な革命記。
光
〈王国記0〉 プロローグ 最初の試練
そよそよと心地よい風が吹き、碧の草原が波打つ。快晴の空に浮かぶ太陽が、あたたかでまぶしい日差しを大地に投げかけている。遠くのほうに見える山脈は頂上にまだ雪を残しているけれど、日差しを受けて輝く白は、今が冬の終わりであることを示している。
大きく息を吸い込む。若草の芳醇な香りが胸に広がる。風が草を揺らす音、遠くの鳥の鳴き声、自分の呼吸音、それ以外は、何も聞こえない。
あぁ、なんて平和なんだろう。私はこの平和な世界が好きだ。何としてでも、この平和を守りたいと思う。
だからまずは、目の前の敵を倒さなければならない。
手に持った剣を構えなおす。柄が手汗で滑って不安定なので、一度服の袖で汗をぬぐって、もう一度しっかりと握った。一度深呼吸をしてから、前を見つめる。
私は今、化け物と対峙していた。
目の前で私を警戒しているそれは、狼のような姿をしている。けれど普通の狼にはありえないような赤い瞳で私を睨んでいる。爪と牙に、自然と目が吸い寄せられる。真昼の光の中、金色に輝くそれらの構成物質は、金だ。暴走した魔法が生んだ、この世界の被害者。異形の魔獣だ。
魔獣は低い唸り声を上げて体を伏せると、足を思い切り伸ばして地面を蹴り上げ、私に向かってきた。
恐さで後ずさりしそうになったけれど、ぐっとこらえる。
落ち着け。落ち着いて。教わったことを思い出しながら、私は剣を頭上にかかげる。
「
私の叫びとともに、剣が僅かに発光する。そして、剣に更なる重みが生まれる。私の重心が揺らぐ。
成功した?
分からない。上を向いて剣を確認する時間もない。魔獣はすぐそこまで迫ってきている。日差しを反射して毒々しく輝く爪が、目に痛い。
もし私の魔法が成功していれば、私は魔獣を倒せるはずだ。もし成功していなければ、ただの剣は、魔獣の爪と牙に敗れるだろう。ただの鉄が金に敵うわけがないのだ。
「お願い!」
私はそう祈り、目をつぶって剣を振り下ろした。
すかっ
という擬音が聞こえてきそうなほどの空振り感に焦って目を開く。外した? かわされた?
私の前から魔獣は消えていて、たださわさわそよぐ草原が広がるばかりだ。急いで振り下ろした剣を構えなおす。必死に左右を見る。
私の視界のどこにも魔獣は映らない。焦って後ずさりしたら、岩を踏んでしまったらしく、派手に転んでしまった。
「うわあ!?」
剣が手から離れ、仰向けに倒れる。後頭部を強く地面に打ち付けてしまい、思わずうめき声が漏れる。口の中に入った土を出すこともいとわずに、体を起こした。
いつ襲われるか分からない焦燥感から、涙目になりつつも私はよつんばいのまま剣に手を伸ばす。
どこどこどこ、敵は?
恐怖で身をすくませながら剣を掴んで立ち上がる。けれど、そこでようやく後ろを向いた私は、唖然とした。
魔獣が、綺麗に両断された状態で、私の足元に転がっていた。断面から血は出ておらず、臓器や器官がのぞいていた。
倒した?
私、倒せたの?
「おめでとう! アンナ!」
私の疑問を肯定するかのような親友の声が耳に届いた。途端に私の集中が解かれ、周りの景色が目に飛び込んでくる。さっきまで視界を絞って魔獣だけを見ていた草原には、数十人の人がいて、私と倒された魔獣を囲んでいた。みんな私が魔獣を倒したのを見て、驚いたり喜んだりしている。その人の輪の中から、エナが駆け寄ってきた。
「やったね!」
「エ、エナ」
口を動かしたらさっき口に入った土をかんでしまったらしく、じゃりっという音がした。けれどそんなことも気にせず剣を放り出して私はエナに抱きついた。
「やった! 私、やったよ!」
お互いの手を合わせて喜んでいる私達に、審判員の厳粛な声が飛んできた。
「アンナ・ウィズ」
名前を呼ばれ、我に返った私は慌てて姿勢をただす。エナも、あわてて私から三歩ほど距離をとった。審判員はそんな私を見て難しそうな顔でうなずくと、ごほんと堰払いをしてからこう言った。
「聖プラト学園兵学科第六十二期生アンナ・ウィズ。学園卒業試験、及び王国騎士団入団試験、合格!」
平和な草原に、六十二期、六十三期卒業生の歓喜の声が響いた。
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