第249話 虚勢まみれの英雄譚

『なにを餌に納得してんの!? ああ、もう! 餌だったら、あんな強い理由がわからないでしょうが! 簡単にあきらめるなって!』


 あ、納得してしまったのはまずかったか。

 三輪さんの焦り方からすると、今のやり取りを見ていた現世界中の人たちには、少なからず動揺を与えてしまったらしい。

 これまで俺が魔王を倒せると思っていたけれど、餌ごときには無理だと思うようになってしまったのかもしれない。


「餌として効率よく育つ能力だけは高かったのよ。少ない魔力でより強い探索者に育つ。だから、【必要経験値減少・極大】というのも間違いではないの」


『ほら見たことか! なら、これまでの烏丸くんの力は変わってないでしょ! 魔王倒せるはずだから、戦ってもない私たちが諦めるのは早いでしょうが!』


「無理みたいねえ。まあ当然でしょ。たかだか餌が捕食者であるサキュバスに、それもその女王である私に勝てるなんて誰も想像できない」


 イメージの問題はたしかに大きい。

 喰う側と喰われる側。俺たちを見ている人々は、それを一度想像してしまった。

 そのイメージを拭い去ることが難しいようだ。


「なら、想像してもらうさ。最強の俺が淫魔の女王を倒す姿をな!」


 さあ、もう後戻りはできないぞ。がんばれ俺。

 現世界中の人たちの前で大見得を切ったんだ。失敗したら恥ずかしい以前に、魔王がいよいよ倒せなくなる。


「【剣術:超級】」


「【剣術:上級】」


 一足で相手の間合いに飛び込む。

 一太刀なんて謙虚なことは考えず、あらんかぎりの剣撃を見舞ってやる。

 何よりも速さ優先で、可能な限り手数も増やす。


 血を流させればそれは勝機を見出させることになる。

 だからこその、獣人相手でも少なからず傷を負わせられるほどの刃の領域だ。

 中にいる者は、傷の一つでもついているのが普通であるのだけど……。


「はは、いい速さだな少年よ」


 相手は魔王だし変態だからな。普通なんて言葉これっぽっちも当てはまらないか!

 傷一つつくこともなく、簡単にすべての攻撃を刀で受け止めやがった!


 くそっ! それにしても、せこいことしやがって!

 俺のスキル名にあわせて、あるかどうかもわからない赤木凜々花としてのスキル名をつぶやいていた。

 それでいて、俺と魔王の剣技は互角……いや、嘘ついた。向こうの方が明確に上回っている。

 つまり、【上級】のスキルが、【超級】のスキルを上回っているかのように、配信先に人たちには見えてしまっているわけだ。


「ちょっとつまみ食いといこうか……あらっ?」


 寒気がする……。こいつ俺の魔力というか精気を吸おうとしたな!

 シェリルが悲鳴と共に身震いしているから、きっと俺だけでなくシェリルも対象だ。

 だけど、残念ながらその対策はできている。


「……そういうこと。じゃあ、隷属させるのは無理ね。そらっ! お返しだ!」


「やばっ!!」


 お返しという言葉どおり、今度は魔王が俺に太刀を見舞う。

 俺より洗練されており、俺より重く鋭く、俺より手数が多く、なによりも俺より速い!!

 致命傷にはならないように、最低限の被害で収まるように体を動かす。

 時に避け、時に剣で防ぎ、時に諦めて血を流す。

 ……一瞬のできごとが馬鹿みたいに長い。こんな攻撃をあと何度さばけというのか。


「あら、なかなかやるわね。それでこそ私の弟子。師匠として鼻が高いわ」


「勝手に関係を捏造すんなっての」


「ならどんな関係が好みかしら? 餌と淫魔? あなたは極上の餌だからね。望むのならそこの小娘みたいに、くだらない恋人ごっこをしてあげてもいいわよ?」


「善は私のです~! あんたみたいなおばさんより、私みたいに若い子が好きなんだから!」


「そうです! ショタコンこじらせるのも大概にしなさい。この変態魔王!」


 紫杏とシェリルが、すぐに魔王へ挟撃をしかける。

 助かった。この間にわずかにでも体勢を立て直そう。


「威勢はいいみたいだけど……それだけでどうにかなるほど、魔王って甘くないの」


「紫杏! シェリル!」


 さっきのもまだ遊び。

 俺がさばける程度の攻撃は、やはり魔王にとっては本気などではなかった。

 二人の攻撃を悠々と受け流し、無防備になった胸を、胴を、魔王は全霊の一太刀で攻撃した。


「……結界。忌々しい力ね」


「ぐべ~……」


「シェリル……大丈夫そうだね」


 舌を出して変な音を出しているシェリルを見て、紫杏はほっとした様子で安堵した。

 そして、そんな紫杏が無事だったことに胸をなでおろしたくなる。

 なんとか、結界が間に合い魔王の攻撃を受け止めることができたようだ。

 衝撃だけは伝わってきたのか、二人は吹っ飛ばされたが、体はちゃんとつながっている。


「でも、どこまで防げるかしら?」


 魔王は追撃のために斬撃を飛ばす。

 その数は尋常ではない。まるで斬撃の壁だ。

 そんなものが、紫杏とシェリル二人に襲いかかろうとしている。


「それで? あなたは、どっちを助ける?」


「っ!! 趣味が悪い!」


 一瞬の迷い。それは、これまで戦った誰よりも速い魔王相手に、何よりもの悪手となる。

 そんな俺の後悔を、あるいは決断をあざ笑うかのように、魔王は巨大な【ゲート】を発動させた。


「まあ、どっちも変わらないけどね!」


 二つの斬撃を止めようとした俺の行動は意味を失い、空から刃の雨が降り注ぐ。

 もはや豪雨だ。その降り注ぐ先は当然、吹き飛ばされた紫杏とシェリル……。


「あらあら、がんばるわねえ」


 ならば目の前の魔王を倒せば、あるいは斬撃を消すことができるのではと行動に移す。

 しかし、当然ながらまだ魔王を倒す条件を満たしていない……。


「反撃で斬り殺してもよかったけど、それじゃあつまらない。だから、あなたの大切なものを奪ってあげる」


「ちっ!」


 俺だってわかっている。こんなやぶれかぶれで倒せるなら世界を滅ぼす脅威などと呼ばれていない。

 だから、攻撃はあくまでもついでであり、その勢いのままに二人を助けに……。


「あら、そんなに一緒に死にたいの」


 ふと、紫杏と目が合った。

 きっとあいつは、こちらにくるなと言っている。

 珍しく余裕がなく、俺には俺のやるべきことをなせと叱咤している。


「信じるからな!」


 二人の元に向かうのはやめて、魔王に振り向きざまに一太刀を浴びせる。

 先ほどまで本気で二人を助けに行こうとしていた俺が、急に心変わりすると思っていなかったらしく、さすがの魔王も反応が遅れた。


「【魔法剣:風】!!」


「っ! 汚い真似するじゃないの!」


 魔王が俺を睨むが、そんなことより紫杏とシェリルは無事なのかが気にかかる……。

 いや、今するべきことはそっちじゃない。


「血が出てるぞ。見てるか現世界人。俺は最強だから魔王を倒す。なんせ、殲滅王だからな」


「かすり傷一つでたいした自信ねえ……。でも、あなた一人で倒せるかしら?」


 魔王が指さしたのは紫杏とシェリルが倒れていた場所。

 ……まずは体が斬られていないことに安堵する。

 だけど、立ち上がっていないことから、少なからずダメージを受けていることはたしかだ。


「二人分の結界で斬撃を防ぎ続けたのはすごいけれど、さっきのこと忘れたのかしら? 衝撃まで殺しきれていなかったわよ。斬殺か撲殺かの違いね」


 落ち着け……。紫杏もシェリルもまだ魔力が残っている。

 失われていく様子もないから、二人が無事なことは明白だ。

 なら……なんで、わざわざそんな嘘を言った……?


『やっぱり……魔王には勝てない』


 三輪さんの声じゃない。

 だけど、この場にいる誰かの声かというとそれも違う。

 三輪さんと同じように、遠くから伝わってきたような声は見知らぬ男の落胆だった。


『だって殲滅王は【超級】なのに、魔王は【上級】だろ……。それで、あっさりと攻撃をふせがれてるじゃん』


『もう終わりなんだ……。異世界だって滅びそうになったんだから、私たちなんかじゃ……』


『待った待った待った~!! 誰!? 勝手に私の配信の邪魔してるのは! しかも、勝手にあきらめないでくれる!?』


 慌てた様子で三輪さんが声を止めようとするが、その声はどんどん種類も数も増えていく。


「せっかくの観客なんだから、これくらいはしてあげないとかわいそうでしょ? どうせ滅びる世界なんだから、最後くらい好きに会話させてあげるわ」


 これも魔王のしわざか……。

 俺たちと戦う片手間でこんなことまでできたのか、それとも俺たちとの戦いの方が片手間か、どちらにせよまた一つ面倒ごとが増えていく。


 恐怖の声は伝染していく。

 俺たちが魔王相手に不利になればなるほど、もうだめだと諦め、嘆き、その声を聞いた誰かがまた同じことを繰り返す。

 そうした先に待つのは、魔王の恐怖に支配された現世界。


 裏目に出た……。

 魔王と戦えると思って、現世界中に見られながら希望になろうだなんて、俺には荷が重かったか……。

 現に……俺たちへの期待の声など、たったの一つもなく、魔王の強さに服従するような声しか届いていない。


「魔王討伐任務はこれで失敗よ。じゃあね」


「くっっ!!!」


 胸部に熱が走る。

 ああ、そうか。斬られたのか……。

 やばい。意識を飛ばすな……。


「さて……サキュバスと人狼は」


「こふゅー……こふゅー……」


 シェリルが立ち上がり口を開く。

 しかし、そこから漏れるのはいつもの自信たっぷりな言葉ではなく、辛そうな呼吸音だけだ。

 無理しやがって、【再生】がまだ間に合っていないのに、立ち上がっているってことじゃないか。


「なに? 威勢すらなくなったのなら、あなた本当に何も残ってないわよ」


「わだし……はっ……さいきょう……です」


「そう、それじゃあさようなら。最強の子犬ちゃん」


『がんばれおねえさま~!』


『おねえさまはさいきょ~です!』


 そんな小さな声援が、嘆きの声に混ざってたしかに聞こえた。


「な……に」


 魔王にも予想外の声だったのか、わずかな驚愕は一瞬の隙を生む。

 その一瞬が間に合わせたらしく、シェリルへの攻撃は強固な結界が再び防いだ。


「そうっ!」


 シェリルが地面に盛大に吐血する。

 一瞬、傷が開いたのかと思い焦ったが、そうじゃない。

 肉体が再生したことで、口内から喉に溜まっていた血が邪魔になり吐き出したのだろう。


「私は最強! お姉様も最強! 先生も超最強! 応援なさい! そうすれば、魔王なんて雑魚雑魚です!」

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