第45話 タッチ・ザ・スピリット

「そういえば、僕たちの用事も済んだから、善のレベル上げちゃえば?」


「ああ、そっか忘れてた」


 今の俺のスキルレベルは【魔術:初級Lv5】で止まっていたっけ。

 さすがに、今日中に【中級】のレベル5まで上げるつもりはないが、もう一つくらいは上げておきたい。


「じゃあ、ちょっとインプ狩るわ」


 適当なインプを見つけ次第斬撃を飛ばして……あれ?

 なんか、インプが斬撃一発で死んでるな。

 よく見ると、顔色が悪かったり中には吐血しているやつまでいる。


「もしかしてサポートしてくれてる?」


「一撃で死なせるには、少しでもダメージ与えればいいんでしょ? もう魔力を温存する必要もあまりないから、これくらいは手伝うよ」


 すごい戦いやすい。なんていいやつなんだ。

 夢子は夢子で帰還中になにかあったときの保険なのか、それでも魔力を温存しているみたいだな。


「レベルが上がった。ってことはスキルのランクも上がっているはずだな」


 みんなで俺のカードを覗く。

 そこには、ランクが上がって名称が変化したスキルが記載されていた。


「【元素魔術:初級】……なんか思ってたのと違う」


 【中級】になると思っていたのに、まだ【初級】扱いされてしまった。

 しかし、これまた使い勝手がよさそうなスキルになってくれたものだ。


「元素魔術か……それって、四精霊たちの属性のことだよね」


「たぶんそれで合ってると思う。そうだな、試してみるか」


 なにも属性がなかったときと同じく、魔力を消費して魔術の発動を試してみる。

 発動の際に頭の中に浮かんでくるのは四つの属性。

 それらを一つ一つ選び発動すると、俺の魔力は見事に各属性の魔術として顕現してくれた。


「うわっ、うわ~! すごいです、先生! 四精霊の魔法と同じじゃないですか!」


「属性だけな。当然出力は精霊どころか、同じ世代の魔術特化の探索者にも敵わないから」


 風と火と土と水。それぞれの属性の小さな球体は、わずかな時間その場に漂ってから消滅した。

 残念なことに、威力だけを考えるとレベルが1のときの【魔術:初級】と同じまで下がってしまっている。

 無属性の魔術のレベルが上がる分には威力も上がっていたが、今回のはランクアップというか属性魔法へ変化したということで、威力はレベル1相当のものになったのかもしれないな。


「いずれは精霊たちとも会えるかもね。ほら、古竜の英雄みたいに」


 紫杏が言う古竜の英雄とは、淫魔の女王を倒した終戦の英雄の一人だ。

 彼女は七つの属性を扱うことから、精霊竜なんて呼ばれたすごい古竜であり、当然扱う魔術も俺のようなしょぼいものとは次元が違う。

 俺の魔術は今のところ、せいぜい【初級】ダンジョンのボス以外の魔獣を倒せる程度だな。


「とりあえず、今はこれで満足したし。今度こそ帰ろうか」


    ◇


「今年はすごいですね……【中級】への昇格が、うちだけでもう五人ですか」


「善から事前に情報聞いていたのと、相性の良さのおかげですけどね」


「それにしてもですよ。【中級】でも、くれぐれも慎重に探索するよう心がけてください」


 なんだか、いつも冷静そうなイメージがあったが、一条さんでも驚くことってあるんだな。

 たしかにいくら相性がよかったとはいえ、後衛二人だけでボスインプを倒すのはすごいと思う。


「……なんか変なこと考えてそうだけど、善たちも大概だからね」


「そうか? そうか。たしかに思った以上に順調に進めているな……油断しないように気をつけないと」


 ともかく、これで大地と夢子も正式にパーティに加入できる。

 あとで申請しておくとして、さっそく明日はあの黒いワームにリベンジだな。


「でも、例のワームとは戦うつもりなんでしょ?」


「ああ、二人が加入してくれたし、シェリルの発見のおかげで、なんとか倒す算段もつきそうだからな」


 おっと、ここであまり話すのも迷惑だろう。続きは別の場所に移ってからだな。

 そう思って席を立とうとすると、一条さんのほうから話しかけてきた。


「シェリルがお世話になっています。それに、今後は大地と夢子ちゃんまで」


「いえ、俺と紫杏も大地と夢子には世話になってますし、シェリルは…………頼りになりますから」


「間! その間が人狼の心を傷つけています、先生!」


「ごめん。トラブルと差し引きでどうなるか考えていた」


 とはいっても、せいぜい最初に出会ったときのインプの群れの押しつけと、ワームダンジョンで探索者に売られた喧嘩を喜んで買ったことくらいだけど。

 なので、差し引きではプラスだ。今後もプラスでいてくれるようなら助かるんだけど……。


「まあ、なんかあったら今後は大地と夢子がなんとかするか」


「ダンジョンの中でお腹下したらえらいことになりますよ!?」


「さすがにダンジョンでそんなことしないから」


 大地の言葉に安心するシェリル。

 しかし、大地の言葉は途中だったらしい。


「ダンジョンの外に出てから、まとめてお仕置きするね」


「毒で死ななくても、脱水症状で死ぬと思います!」


「お仕置きされないって考えはないんだねえ」


「なんでお仕置きされてるか、理解してなさそうなのよね」


 なんかいたたまれなくなってきたな。せめて、今回は俺だけは味方になってあげよう。


「まあまあ。さっきも言ったとおりシェリルだって、頼りになるしがんばっているぞ」


「先生~」


 唯一の味方を見つけたため、シェリルは俺に抱きついてきた。

 自称するだけあって美少女なのだが、いかんせん見た目も性格も幼いので、出来の悪い妹ができた気分だ。


「…………大地。私にもちょっと毒かけてみない?」


「嫌だよ。何言ってんの」


「毒をかけてもらったら、善が優しくしてくれるの!」


「馬鹿じゃないの」


「毒舌のほうじゃなくて!」


 結局いつもの調子でだべってしまった。

 迷惑をかけたかなと思い、一条さんのほうを見ると楽しそうに笑っている。

 さっき驚いていたことといい、初めの印象とはずいぶん違う様子だな。

 もっとまじめとか冷静とか堅物って感じの人かと思っていた。


「なるほど、大地も楽しそうでなによりです」


「まあ、否定はしないけど」


「ところで、ここからはダンジョンの管理者としてではなく、あくまでシェリルや大地の関係者としての話なんですが」


 わざわざ、そのように念を押してから一条さんが話し出す。


「ワームダンジョンに行くようですが、あのダンジョンは数年前まで他の【中級】ダンジョンと比べても、異様に死者が多かった場所です」


 大地が懸念していた死亡事故の話だ。

 あの後、調べてみたがたしかに掲示板でもそんな書き込みは載っていた。


「でも、最近はそうでもないんですよね?」


「単純に挑戦する人が減っただけかもしれないけどな」


 一条さんは、紫杏の発言にも俺の発言にもうなずいた。

 どちらも正解ということらしい。


「ここ最近ではたしかにそうです。ですが、死亡事故が多発していた際に、【上級】の探索者が調査したところ、【中級】の中でも特に難度が高いというほどではなかったんですよ」


 たしかにそうかもしれない。現に俺もシェリルも慣れたら十分対処できているからな。

 あの黒いワーム以外は。


「ですので、死者の大量発生の原因はいまだにわかっていません。挑戦すること自体はあなたたちの判断に任せますが、くれぐれも気をつけてください」


「はい。ありがとうございます」


 身内であるためか、俺たちの心配をしてくれた一条さんに頭を下げて、インプダンジョンを後にする。

 シェリルだけは、俺が無理やり頭を下げさせたが……。


「でも行くんでしょ?」


「まあな。一度このメンバーでワームたちを相手にしたいし、大地と夢子にもあのワームを実際に見てほしい」


「それじゃあ、みんなでがんばろ~」


「悪いな。そのみんなに入れてなくて」


「別にいいよ。いつも言ってるでしょ? 善がしたいようにすればいいって」


 でも、あれだけ強い相手なら、いよいよ紫杏に頼ることも考えたほうがいいのかもしれない。

 すべては明日試してみてからだな……。

 ? なんか、夢子が紫杏にこそこそと話しかけている。


「やっぱ許さない!」


「な、なんだ急に……」


「私だけ仲間外れにした罰として、今晩は私の言うことたっぷりと聞いてもらうから!」


「今晩ってまさか」


 夢子。お前なにを吹き込んだ。


「それは善が悪いね」


「善が悪いわね~」


 なるほど、これが味方がいなくなる気持ちというものか。

 シェリル、助け……。

 うん、無理だな。知ってた。お前はこの面子相手に太刀打ちできない。


 その晩は、なんだかとても楽しそうな紫杏に、精気を奪われることとなった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 この作品が面白かったと思っていただけましたら、フォローと★★★評価をいただけますと励みになりますので、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る