第39話 中級デビューはミスステップ

 今回が初めてとなる【中級】のダンジョンだが、一歩足を踏み入れてもう明らかな違いがあった。

 ザクッという音とともに、足が砂地に埋まっていく。

 【初級】と違って、いかにもなダンジョンではなく、そこは広大な砂漠のようだった。


 整備されているような探索しやすいのは【初級】まで、それより上になると地形そのものでさえ厄介になる。

 足場が悪いこのダンジョンだが、それでもマシな方だ。

 ひどいダンジョンになると、濃霧で前が見えなかったり、熱気にさらされたりと、探索するだけでも対策が必要となるのだから。


「ところで、ここはどんな魔獣が出るんですか?」


「紫杏はともかく、シェリルまで知らないままついてきてたのか」


「先生とお姉様を信頼していますので!」


 紫杏は俺の意見全肯定するから、実質俺にすべての責任を委ねていることになるぞ。

 でも、今日はあくまでも様子見のようなもの。

 さすがに無茶なダンジョンを選んではいないつもりだ。


「ここは、ワームが出る」


「……え」


 意気揚々と前を歩いていたシェリルの動きが止まる。

 その直後に、地面から地響きのような大きな振動が伝わってきた。

 さすが人狼だな。いち早く察知して動きを止めるとは。


 そして、俺たちの目の前の砂から、巨大なワームの魔獣が体を現す。

 でかいな。これまで倒してきたボスよりもでかい。俺たちを丸呑みできそうなほどだ。


「それじゃあ、倒してみるか」


「む、むむむ、無理、無理です~!!」


 シェリルが転びそうになりながら、俺たちの後ろまで走る。

 なんだかインプの群れに追われていたときよりも、取り乱しているようだ。


「そんなに強そうだったか?」


「ち、違くって……虫は苦手なんです!!」


 なんと、そんな女の子みたいなセリフを……。

 紫杏も夢子も見つけ次第殺すタイプだから、なんだか新鮮なリアクションだ。


「じゃあ、まずは俺が戦ってみるとするか……あれ」


 なんか、いつもより体が重い。

 なるほど、足場が砂になるとふんばりがきかなかったりするから、その影響か。

 でも、相手は【初級】のボスよりも少し弱いくらいの魔獣っぽいな。

 落ち着いて戦えばレベル5相当のステータスと剣術でなんとかなるはずだ。


「あっれ? なんか、動きが重い気がする!」


 そうこうしてるうちに、ワームは長い体をしならせてから一気に襲いかかってきた。

 おかしい。速さも対処できないほどじゃない。砂地ってことを加味したうえで勝てる相手のはずだ。


「ほっ」


 ワームの巨体が横に吹き飛ぶ。

 俺たちがもたもたしていたため、紫杏が一発殴ってくれたようだ。


「大丈夫? なんか、戸惑ってたみたいだけど」


 恐らく一番安心できる避難場所ということなのか、シェリルが背中にしがみついているが、気にせずに紫杏が尋ねてくる。


「なんか、体が重い」


「えっ……昨日、いっぱい吸っちゃったからかなあ?」


「いや、そういうんじゃなくて……」


「さっきのワーム、ちゃんと手加減したから善がとどめさしちゃって」


 なんだか、紫杏に頼りっきりで申し訳なくなる。

 だけど、ちょっと嫌な予感がするため、お言葉に甘えて経験値をもらうことにしよう。


「レベルは上がった……」


 確認したところ、一気にレベルが6まで上がっている。


「でも、なんだか元気ないね? 大丈夫? 精気吸う?」


「余計元気なくなるし、体力もなくなるだろ……」


 せめてもうちょっとその前段階くらいのことに……いや、しないぞ。ダンジョンでそんなこと。

 危うく紫杏の誘惑に乗るところだったが、正気に戻って嫌な考察をほぼ確信する。


「さっきはレベル1の5倍の強さだったはずだ」


「適応力あるからね」


「それで、今はレベル6の5倍の強さのはずだ」


「魔獣一体倒しただけで、レベル30くらいの強さになるなんて、さすが先生です!」


「いや、残念ながら今の強さはレベル6くらいな気がする……」


 ステータスに表記されてなくても、さすがにわかる。

 これまで何度もレベル1から5まで上げてきた俺自身が一番わかっている。


「多分、【環境適応力:ダンジョン】が適用されてない」


「スキルは、ちゃんとあるんだよね?」


「ああ、だけど発動してないっぽいな……もしかして、ここダンジョン扱いされてないのか?」


 ああ、なんか嫌な予感がする。

 もしかして、【環境適応力:ダンジョン】に書いてあるダンジョンって、【初級】みたいな整備されたダンジョンだけなのか?

 ここだと例えば、【環境適応力:砂漠】みたいなスキルが必要ってことになるんじゃないだろうか。


「しまった……スキルのこともっと調べておけばよかった。倒しやすそうな魔獣がいるダンジョンしか見てなかった」


「よし、帰ろう!」


 紫杏は即座にそう判断をくだす。

 普段は俺に任せっきりの紫杏が、わざわざそう提案するってことはよっぽど今の俺とシェリルが危なっかしいのだろう。


「悪い、紫杏」


「す、すみませ~ん……人狼なのに虫ごときに……」


「シェリルは許す! 善は夜にお仕置き!」


「なんで俺だけ!」


「チャンスは逃さないのさ! 落ち込む善をたっぷり甘やかしてあげるんだ~」


 たっぷり吸われる。いや、たっぷり吸うほどないぞ。今日の俺のレベル。

 だけど、紫杏の中ではすでに決定事項らしく、紫杏は夜のことを楽しく妄想し始めてしまった。


「せ、先生……お疲れ様です」


「疲れるのは夜だけどな……」


    ◇


「お帰りなさい。無事帰還されたようでなによりです」


「色々と課題は見えましたので、ちょっと引き返すことにしました」


「無茶な探索をするよりもそのほうがいいですよ。つい先日まで新人だったので、心配していましたが、正しい判断ができる方たちでよかったです」


 受付さんの優しさが痛み入る。

 適応力に頼りすぎていたことや、集める情報が不足していたこと、反省点は多いな。


「ん? 早かったな。今日はあくまで様子見というわけか」


「ちょっと備えが足りなかった気がするので、また来ます」


「そうか。いつでもきてくれ。強い探索者は歓迎だ」


 管理人さんに見送ってもらい、俺たちはワームダンジョンを後にした。

 初の【中級】への挑戦。残念ながら、今回は満足いく結果とは言い難い。

 でも、そうなった理由にここで気づけてよかったのかもしれないな。


    ◇


「んだよ。やっぱり調子に乗った新人と大して変わんねえじゃねえか」


「その程度の実力のやつらだと迷惑よね。やっぱり追い返すべきだったんじゃないの?」


「一応無傷で帰還してるみたいだし、何日か挑戦したら諦めるんじゃない?」


「まったく……話が全然違うじゃない」


 休憩所でたむろしていた探索者たちは、周囲に漏れない程度の声量で話していた。

 新人に絡んでいたときとは打って変わって、彼らは真剣な表情で獲物を吟味するのだった。


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