第30話 エンカウント率高めの小さな世界
「聞いたよ。また恐ろしいことを……」
「おはよう大地。なんだ恐ろしいことって?」
「【中級】に昇格したんだって?」
周囲に聞こえないようにこそっと耳打ちされる。
たしかに言おうとはしていたけど、一体どこからそんな情報を仕入れてくるんだ。
「え、なんで知ってるの?」
「一条さんに会ったんでしょ? あの人僕の従兄」
なるほど、たしかにあの人の威圧するような笑顔は、大地によく似た雰囲気だった。
……いや、俺の個人情報とかそういうのどこいったんだ。
「ええ……そんなに口が軽いのかよ、あの人」
「あの人には昔から色々と情報をもらってるんだ。付き合いも長いから善と紫杏が僕の友人だということも知っている。だから、今回は特別に教えてもらったんだよ」
「まあ、それなら……いいのか?」
大地と同じタイプの人なら、考えなしにこっちに不利益は与えないと思いたい。
そんな雑談をしていると、大地は手首を見つめる紫杏に気がついてしまった。
「ところで、紫杏大丈夫? なんか、さっきからずっと手首見てるけど、痛いの?」
「ふっふっふ~、この痛みも善の愛なんだよ。なんせ、私のことを一晩中縛り続けた証だからね! ほら!」
「……君たちの営みに口出しする権利はないけど、もう少しまともなほうがいいと思うよ?」
ほら見たことか! 大地が勘違いして、若干引いてるじゃないか!
「違うっ! 紫杏の夢遊病対策で、アキサメで買った魔法の縄で縛っただけだから!」
「縛られちゃった」
うっとりすんな! まずい、大地だけでなく周囲の学生たちまで引いてる。
俺たちの馬鹿話をいつも華麗に聞き流してるというのに、縛るのはだめなのかよ。
「ああ、例の……夢遊病ね。それで、どうだったの? 効果はあった?」
「朝起きたらなんか動きにくいなと思って、でもそれは善が私を縛りつけたいって気持ちの証明だとわかったから、しっかりと受け止めましたとも! いやあ、紫杏ちゃんできる女で辛いね!」
「とりあえず、動けなくはなっていた……」
「それなら、タイミングもよかったかもしれないね。紫杏が昨日動いていないのなら、事件の犯人は紫杏ではないよ」
「そう断言できるってことは、もしかして昨日も被害者が出たのか?」
「うん、被害者の状況はこれまでとまったく同じ。生命力が減少しているけど傷一つない」
そっか~、昨日までならそれを聞いて喜べたんだがなあ……。
大地はタイミングがよかったと言ったが、最悪かもしれない。
「嬉しそうじゃないね? もしかして、まだなにか問題が」
「ああ、紫杏見せてやってくれ」
「はい、これ」
紫杏は大地にカードを見せる。
「レベル……27」
うん、さすがに大地も驚くよなあ。でも問題はそっちじゃないんだ。
俺たちはカードのスキル欄を指差した。
「これは……【精気集束】?」
「こいつ、ついに面倒な工程無視して精気を吸えるようになった」
「面倒ってひどい! 善は私に精気あげることを、そんな風に思ってたの!?」
「いや、そういう意味じゃなくて……俺以外からも吸おうと思ったら、簡単に吸えるようになっちゃったことが問題でな」
紫杏の手のひらが顔の横を通り過ぎ、直後に後ろの壁に衝撃が走る。
そして顔をやけに近づけられる。いわゆる壁ドンというやつだ。
俺のほうが背が高いから、あまり様になってないけど、とにかく紫杏がご立腹なことだけは伝わった。
「私言ったよね? 善以外の精気なんてお断りだって」
「いや、でも無意識に吸ってるかもって悩んでただろ」
「それはそれ、これはこれだよ!」
「今のは善が悪いね」
「そうかあ!?」
大地は昔から紫杏に甘いんだ。
こういうとき俺はいつも多数決で負けてしまう。
「要するに、このスキルのせいで、紫杏は対象に触れてなくても精気を吸えるようになったと?」
「そうだな。朝からどんどん吸われたから死ぬかと思った」
「くそ~、善への溢れる愛が憎い!」
一緒に寝てるときよりはゆるやかだったが、確実に精気を吸われていく感覚は感じたからな。
ついでに効果範囲を検証してみたが、かなり広範囲で下手したらこの町全体を捕捉できそうだった。
ちゃんとスキルを使いこなして、オンオフを切り替えられるようで本当によかった……。
「今朝も言ったけど、私このスキル善にしか使わないから」
「ああ、だから悪かったってば」
それだけ広範囲の生命力を吸えるなら、ダンジョンの敵とか一掃できるよなと提案したら、紫杏は目の光が消えて本気で怒った。
そんなにダンジョンの敵を倒したいなら、全員撲殺してくるとダンジョンに向かうのを止めるのには実に苦労した。
そして、俺以外の精気を吸うくらいなら餓死すると言われたら、こちらもなにも言えない。
「でも、無意識に使っちゃってる可能性もあると」
「うう……こんなスキルいらないのに」
ボスゴブリンを倒してレベルが上がったときは、なんか気持ち悪いって言ってたからその感覚にも期待した。
だけど、無意識に行動しているからか、何も吸っていないからか、スキルによる吸収だからか、帰ってきた答えはよくわからないだった。
「だから、紫杏が夜中に動けなくても関係ないんだよなあ。今まで直接精気を奪ってたのが、このスキルに変わっただけという可能性もあるし」
なんならもう縛る意味もない。紫杏が変な趣味に目覚める前に、あの魔法のロープは封印しよう。
アキサメで薦められた、そこそこ値が張った買い物だったのになあ……。
「でも悪いことばかりでもないと思うよ」
「なにか良い使い道でも思いついたのか?」
「善から精気を吸うときに使えばいいじゃない」
「大地までそんなひどいこと言うの!? 善は私のことはもう飽きてるってこと!? あれだけ気持ちよさそうにしてたのに!」
ああ、ほら。そんな大声で叫ぶと周りがまた変な目で見て……こないのかよ!
なんで、こっちはいつも通りだなみたいに綺麗にスルーされるんだよ!
「いや、それは毎晩勝手にやってもらうとして」
「勝手にって……」
「なんか、大地が投げやりになってる……」
「ダンジョンに挑戦中に吸えばいいじゃん。それこそ、レベルが5になった瞬間に少しだけ吸って、適当な魔獣倒してまたレベル5になればいいよね?」
その発想はまったくなかった。
なるほど、もしかしてこれすごく悪いことできるんじゃないか?
一日と言わず数時間で、すべてのサブスキルレベルを5まで上げられるかもしれない。
さすがは大地だ、夢子と二人とても頼りになる。
「そういや、今日は夢子いないな。遅刻か?」
自分で言って、夢子に限ってそれはないと思った。
でも、それにしては見かけないな。
「ああ、夢子なら説教中」
「説教って……」
「誰に?」
「あれ、二人とも昨日会ったんだよね? シェリルに」
なんでここでシェリルの名前が……いや、まさか説教相手ってシェリルのことなのか?
わけがわからない。大地と夢子がシェリルってどういう関係なんだろう。
「あ、ちょうど連絡がきた。今日は午後から登校するみたいだね」
「そんなにガッツリとお説教するって、シェリルのやつなにしでかしたんだ……」
「だって、善と紫杏がいなかったら大怪我してたでしょ。シェリルは調子に乗りやすいタイプだからね。頻繁にやらかしては夢子に怒られてるんだよ」
ああ、それなら心当たりがあった。
忠告を無視してダンジョンに挑んでいたみたいだからな。
そして、俺たちが遭遇したときはインプの群れから逃げていたけど、大方魔法が効かないから一度に大量のインプを相手して、対処しきれなくなったんだろう。
「それより、大地と夢子ってシェリルの知り合いなの?」
「僕たちっていうか、さっき話してた一条さん。あの人の義理の妹なんだよ」
「え、まじ!?」
そういえば、俺たちが自己紹介したときにシェリルだけは、なんか投げやりだった気がする。
それに、一条さんもそのことを言及していなかったような。
「まあ色々あるみたいだね。あの子強いけど調子に乗りやすいから、僕と夢子もそれとなく面倒を見てやってくれって頼まれていてね」
「だからお説教か」
しかし、昨日知り合った全員が大地と夢子の知人だったとは、世界は狭いな。
もしかして、あの忠告してくれた探索者の人たちも知り合いだったりするんだろうか……。
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