第17話 クリア報酬は一攫千金の一端

「ふう、すっきりした」


「絶対男側のセリフだよ。それ」


 実際なんかつやつやしてる気はするし、まるでシャワーで汚れを落としたようにそう言われた。

 それほど嫌だったのか、ボスゴブリンの経験値……。


「しかしなあ……今後、魔獣の経験値を得るたびにそれじゃあ、やっていけないぞ」


「経験値はいいんだけどレベルは善に上げてほしいの! だから善のレベルを吸い続けて、魔獣を倒した程度じゃ簡単に上がらなくすればいいんだよ!」


 また無茶言い出したぞ。


「私の体の中には善の精気だけがあればいいのさ」


「そのためには、今まで以上にレベル上げないとなあ……」


「いつもごちそうさまです」


「お粗末様です?」


 俺のレベルは過去最高の10だったのに、相変わらず1に戻ってるしなあ。

 まじで紫杏を育成している気になってきた。


「そういえば、さっき吸ったときにレベル上がったんじゃないのか?」


「す、吸ったって……善の口から言われるとなんか照れるね」


 恥ずかしがるポイントがわからん。

 というか、そっちが恥ずかしがると、こっちまでそういう気分になってくるからやめろ。


「え、えっと……レベル15! すごい上がってる」


 多分そのうちの半分くらいはボスゴブリンのおかげだけどな……。


「あっ! スキル増えてるよ」


「どれどれ」


「ほら、これ」


 紫杏が見せてくれたカードには、たしかにこれまで覚えていなかったスキルが増えていた。

 【感度強化】。なんだか、いかにもサキュバスって感じのスキルだな。

 最初のスキルがまともそうだっただけに、ちょっと方向性が変わってしまったように思える。

 紫杏のやつ、ここから一人前のサキュバスになるために、こういうスキルばかり覚えていくのかなあ……。


「これ使ってもう一回する?」


「いや、だから俺のレベル1だってば」


「じゃあちょっとダンジョン行ってレベル上げてこようよ」


「職員さんに迷惑だからやめような」


 どれだけしたいんだよ……。

 新しく習得したスキルを検証したい気持ちはわかるけどさあ。


    ◇


「もう僕たちの協力とかいらないんじゃないかなあ……」


「【初級】ダンジョン制覇の最速記録なんじゃないの? あんたたち」


 翌日大地と夢子に話してみると、二人は意味が分からないというような反応が返ってきた。


「最速ではないみたいだな。それに俺たちくらいの速さで制覇した人たちだって何人もいるらしい」


「自信なくなりそう」


「悪いけど僕たちはまだまだ先になりそうだよ」


 俺の場合なんというか、バグ技みたいなものを使ってるせいだからな。

 むしろ正攻法で同じような速度だったらしい先人が恐ろしいぞ……。

 ああそうか、今感じている得体のしれなさが、まんま大地と夢子が俺たちに抱いている感情なのか。


「それで、相変わらず善のレベルは1なの?」


「昨日は9吸われた」


「だから機嫌がいいのね。紫杏」


「すごい気持ちよかった!」


 人前で言うな。親しき仲にも礼儀ありだぞ。


「でも、それだけ毎日精気を吸われてるのに、子供はできないんだね?」


「なんか、紫杏の意思でどうにでもなるらしい」


 これもサキュバスとしての生態の一つなんだろう。

 そうじゃなきゃサキュバスは食事のたびに懐妊することになるしな。


「先で待っててくれる? 僕たちも追いついてみせるからさ」


「ああ、俺の場合レベルリセットされるから、どこかで打ち止めになりそうだしな」


「そのときは、紫杏が最強になってそうね……」


 あり得そうで怖い。


「最強のサキュバス……つまり、善が抵抗できないほど魅力的な私!?」


「どうせ、もうほとんど抵抗なんてできてないんでしょ」


 失敬な! ちゃんと夜以外は抵抗してるぞ!

 夜はもう無理だけどな。あれはお預けをくらった犬と同じだよ。


    ◇


 やってきたのはアキサメ。

 この前は結局逃げるようにして退店してしまったからな。

 ボスゴブリンの装備品を売って懐も潤っていることだし、今度はちゃんと客として装備品を見繕うことにしよう。


「いらっしゃいませ~……」


「あっ、この前はどうもすみません」


「いえいえ~。今日はちゃんと購入していただけるみたいなので、他のお客様にご迷惑をかけなければ問題ありませんよ」


 たしかに、冷やかしできたわけじゃないけど、もしかして俺が金を持ってるってわかるのか?

 この店員さん、あなどれない気がする。


「本日は、どのようなものをお求めでしょうか?」


「えっと、この初心者用の剣よりもいい武器が欲しくて」


「当店で扱っている武器はすべてそれ以上のものですが、ご予算のほうも教えていただけますか?」


 まあ、そりゃそうだよな。

 店で売ってる武器なら、初心者用の武器よりも高性能なものしかないだろう。


「これくらいで……」


 例のボスゴブリンの棍棒はそれなりに高額で買い取ってもらえたので、その半額を提示する。

 倒したのは紫杏だから、その報酬は紫杏が受け取るべきなんだけど、逆に全額を俺に押しつけようとする始末。

 互いに譲り合った結果、これからはダンジョンの報酬はすべて半分ずつにすることで、なんとか落ち着いた。


 そんなふってわいたようなあぶく銭、どうせなら装備を揃えようと考えアキサメを訪れたのだ。

 ちなみに、紫杏はすべて貯金するそうだ。結婚資金とか言ってたが気が早い……。


「そうですねえ。その予算でしたらこちらの一角がよろしいかと」


 俺みたいな若造が身の丈に合わない予算を提示しても、店員さんはテキパキと仕事をこなしてくれる。

 やっぱりプロだなこの人。見た目や年齢で判断しないで等しく接客してくれる。


「ちなみに、私のおすすめはホブゴブリンの剣です」


「ゴブリン……」


 そのボスを倒して稼いだ金で、そいつらの武器まで奪うのは、わりとかわいそうかもしれない。

 でも一応候補として頭の中に入れておこう。


「紫杏は本当に装備を買わなくていいのか? 結婚資金っていうのなら俺だって協力するけど……」


「いいんだよ、私が溜めたいんだから。私は私のためにお金を使う。善も善のためにお金を使う。みんな幸せだね」


 これから異世界に行く許可を得るほど、現世界のダンジョンを攻略するつもりだ。

 そうなったときに、紫杏が溜めた結婚資金とやらはどれほどになってしまうんだろう。


「それと、私はこの肉体が武器だからね!」


「間違ってはいないだけど、色々と誤解を招きそうだなあ……」


 バリバリの肉弾戦派だからなこの子。

 それでいてサキュバスだから、そっちの意味で肉体が武器と勘違いされそうだ。

 武闘派のサキュバスってなんだろう……。


「なら、その肉体で僕の相手をしてみないかい?」


 げっ……なんでこうも毎回出くわすんだよ。

 セクハラまがいの発言をしたのは、この前ここで紫杏にぶん殴られた男だった。

 そして、なぜ前回でこりないんだ……。


「ちょっと失礼しますね~」


「お、おいっ! 貴様なにをする! 僕は、【初級】ダンジョンをクリアした探索者だぞ!」


 また殴りかかろうとする紫杏を止めるべきか迷っていたら、店員さんが男を引きずるようにして入口へと移動していった。

 そして、半ば投げ捨てられるかのように、男は強制的に退店させられるのだった。

 てかこの人も力持ちだな。世の女性は人間を簡単に引きずったり、投げたり、殴り飛ばしたり、できるものなんだろうか。


「失礼しました。それでは買い物を楽しんでください。それと、前回は対応が遅れてしまって申し訳ございませんでした」


 いや、騒ぎを起こしたのに見て見ぬふりをしてくれただけでも助かったけど、もしかしてあのときも紫杏が先走ってなければあの客を排除してくれたのかもしれないな。

 う~ん……とことん客には丁寧で、客と判断されなかったらぞんざいに扱われるんだな。俺も気をつけよう。


 結局その日はホブゴブリンソードを買うことにした。

 心なしか店員さんの態度が軟化したのは、ようやく正式な客になったからかもしれない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 この作品が面白かったと思っていただけましたら、フォローと★★★評価をいただけますと励みになりますので、よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る