第37話精霊の力
地面に走った罅の隙間を押し広げ、青黒く腐乱した蔦が這い出でる。
それは触手のように地面を這って、触れた大地を汚泥に変え、腐らせていった。
呆気にとらわれていた人々は、突如として異臭を放つ泥に変わった大地に足を取られ、ようやく我に返った。
「ひっ…っ」
「いやぁっ…!!」
悲鳴が響く。
一気に広がる恐怖。僕から少しでも離れようと逃げ惑う人々がぶつかり合って、更に混乱を招いていた。
「ジークヴァルト!!」
父であるノヴァリス公爵は従者に引きずられるようにして、僕から引き剥がされながら叫び声を上げている。
その悲痛な声は僕の耳に届いているのに、僕は怒りを止められなかった。
まるで、憎悪が心臓を食い破って次々と沸き上がってくるようだ。
僕の感情の応えるように、蛇や百足を思わせる蔦が次々と大地のそこから溢れ出しては、逃げ遅れた使用人たちに迫っていた。
「やだ、やだっ、来ないで!!」
足を取られ、倒れ、悲鳴と共に足をばたつかせ逃げようとするメイドのスカートの裾に蔦が触れる。
途端、風雨にさらされたぼろ切れのように、布は朽ちていった。
肌に触れればどうなるのか。
想像するのもおぞましい結果が待っているだろう。
「ぃっ…」
恐怖に震えて動けなくなったメイドの前に、太陽のように輝く刃の一閃が走った。
途端に蔦は身悶えながら朽ち果て、汚泥と化した地面の上で動きを止める。
涙を滲ませながらメイドが見上げた先には、獅子のような男が悠然と立っていた。
「精霊返りか…」
黄金の髪を靡かせ、燦然と輝く太陽の瞳を持つサイラスは、苦々しく毒吐く。
黄金の精霊の加護を宿した剣には、今し方切り払った蔦が纏わりついていた。
蔦から滴り落ちる青黒い液体は、黄金の陽炎を纏う刃の表面に触れると、ブヂュ、と嫌な音を立てて泡立ちながら地面へと滴り落ちていった。
「っ、ありがとうございます、アスラン殿下…!!」
「良い、早く下がれ」
アスランに縋りつかんばかりに礼を言うメイドに、アスランは一瞬だけ肩越しに視線を向けて顎先で反らせ、逃げるように示す。
そしてまた、陽炎を纏う剣が腐蝕を広げる蔦が薙ぎ払った。
蔦が失われる度に、髪を切られたぐらいの違和感が僕に伝わってくる。
その不快感が、アスランが僕を阻もうとしていることを教えてくれた。
───憎い憎い憎い、僕を阻む者も、大切なものを奪う現実も、何もかもがっ…
腹の奥で呪詛の言葉が溢れ出す。
怒りに燃える僕の目に映るアスランは、険しい顔で僕を見据えていた。
その横に、巨人のような人影が立ち並ぶ。
影に気づいたアスランが視線を向けると、そこにはトーラスが両手に剣を構え、佇んでいた。
「アスラン殿下、貴方もお下がりください」
「そうは言ってもよ、お前じゃ難しいだろ。精霊の加護持ちじゃねぇと何もかも腐るばっかりだ。お前は逃げ遅れを運んでやれ」
アスランの却下に、トーラスのほとんど変わらない表情が承服しかねると語るよう、わずかに歪む。
だが、実際挑んだところで餌食になるだけだろう。
命令に従うか迷うトーラスの横に、フロレンスがノヴァリス公爵を伴って立つと、トーラスの剣に片手を差し向ける。
「アスラン殿下、私が前に出ます。トーラス殿、剣を私に」
決然としたフロレンスの声に応えてサイラスが両刃の剣の柄を差し出すと、フロレンスが握り込んだ。
その瞬間、剣の切っ先から深紅の薔薇が綻ぶように鮮やかな焔の花弁が花開き、燃え上がった火は燦然と輝きながら、刃に絡み付く。
そのまま、焔を纏う剣の切っ先を地面に突き立てると、一気に広がる火は僕へと迫り、荊のように絡み合い僕と世界を隔てる焔の壁を作り上げた。
檻は不思議と熱さは感じないのに、閉じ込められた蔦は触れる度に、嫌な音を立てて灼け落ちる。
炎の隙間から僕を閉じ込めるフロレンスを睨むと、僕の口から絶え間ない憎しみが声となって溢れ出した。
「ルベルの末っ…フロレンス!なぜ阻むっ!!ローゼリンドは惨たらしく殺されたというのにッ」
僕と、僕の内に宿る精霊がフロレンスに訴え掛ける。
「ジークヴァルト…」
僕を見詰めるフロレンスの瞳が痛みに耐えるように揺れて、僕の名前を悲しげに呼んだ。
途端に勢いを増した焔は、僕とフロレンスたちの間を阻むように厚みをまして互いの姿を隠していった。
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