第17話疑惑の庭園

支度を終えた僕が乗り込んだ馬車は、シュルツ邸宅の鉄門の前に停まっていた。

従者と門番がやり取りをする間、僕は窓の外から邸宅へと視線を向ける。

二階建ての邸宅は、一階部分にどっしりと重心が置かれ、安定感が感じられる。

前庭も手入れは行き届いており、立派な設えだ。

しかし、僕はその庭になんとも言えない違和感を覚えた。


───何がおかしい?


僕は引っ掛かりの答えを見つけ出そうと、視線を滑らせる。

同時に、がくん、と馬車が揺れた。

門番の許可得て、再び馬車が走り出したのだ。

邸宅の前庭を通る、広々とした馬車道の左右には、背丈が揃えられた庭植が左右対称に並んでいる。

植えられた花は、全て赤で統一されていた。

まるで鮮血のような鮮やかさで揺れている花々に、僕が感じた違和感の答えがあった。


全ての花が、緊張状態にあるマルム王国を起源とするものだったのだ。


植物に造詣の深いカンディータ公爵家だからこそ、気づけた違和感だった。

そして、庭園の様式もエスメラルダ公国の物とは異なっていた。

エスメラルダ公国の庭園は、様々な花を寄せ植えてモザイク柄を作り、色彩の移り変わりと個性を楽しむように作られるのが主流だ。

しかし、シュルツ伯爵家の庭園は、同じ色彩の花のみ配置する、マルム王国の庭園様式となっていた。


───外交のためだろうか?それにしても…徹底的だな。


マルム王国から妻を迎え、友好の架け橋として外交を担っているならば、文化を伝えるためにマルム王国の様式を積極的に取り入れることは、良いことだ。

だが、それはあくまでも和合を目的とするべきであろう。


───だけど、これではまるで…公国の全てを徹底的に排除したがっているようだ。


僕の考えすきだろうか。

そうやって悩んでいる間に、邸宅前に馬車が止まる。

扉が従者によって開かれると、僕はドレスのスカートを摘まんで下り立った。

数段の階段を登り、両開きの扉が開かれると邸宅の中へ踏み込む。

妹の姿をした僕を目にした招待客たちの間に、あっという間にさざめきが広がり、囁き合いは波のように高まっていった。


「ローゼリンド様がいらっしゃるなんて!」

「どうしましょう、お声を掛け下さるかしら」

「こんなに近くで見るのは、わたくし初めて…どうしてあんなにお綺麗なのかしら」


口々に憧憬と称賛の言葉が多勢を占めている。

そのせいで、時々耳に飛び込んでくる鋭い悪意は余計に際立っていた。


「…公爵家が来ているなんて。気に食わない相手がいると精霊の加護を与えないそうよ」

「豊かさの象徴なんて言いながら、国を支配しているようなものでしょ?」

「本当に恐ろしいこと…覚えていらっしゃる?現公爵が起こした反乱を」


ひそひそ

ひそひそ

取り交わされる噂。

その渦の中心に僕は立っていた。

記憶の底から、忌まわしい過去が呼び起こされる。


───10年程度の時間では、公爵家の不名誉と不信はぬぐえないか…


僕の記憶に刻まれる、母を失った時の悲しみが、妹を亡くすかもしれない恐怖を否応なしに呼び覚ます。

それでも一人堪えて佇んでいると、僕の肩の上に、とん、と軽やかな重さが触れた。

驚いて弾かれるようにそちらを振り返ると、薔薇色の瞳が柔らかく笑っていた。


「フロレンス!」

「ローゼ、奇遇だね。こんなところで会うなんて」


今までの緊張が驚きに変わると、僕は思わずフロレンスに詰めよってしまう。


「フロレンスこそ、どうしたの。お茶会嫌いじゃなくって?」

「どうにも、隣国との関係が芳ないだろう?伯爵婦人やご息女を通して、少し間を取り持てればと思ってね」


フロレンスが細めた目の奥に、皮肉な色が宿っていた。

軍門筆頭のロザモンド公爵家が、緊張状態にあるマルム王国と関わりの深い伯爵家に圧力を掛けにきているのは、誰の目にも明らかだった。


「良い性格をしているわね。フロレンス」

「私はね、ロザモンド公爵家の紅の精霊の力を使わない平和な世界が欲しいだけだよ」


フロレンスの軽やかな声に、柔らかな悲しさが、わずかに滲む。

濃く繁った睫毛に縁取られたフロレンスの瞳に、嘘はなかった。

紅い精霊の加護により、火を自在に操り、戦神として崇められる彼女が望んで得られないもの。


───それが、平和なのかもしれない。


僕は思わず、フロレンスの頬に手を伸ばす。


「ローゼ?」


不思議そうに僕を見下ろすフロレンスの声は柔らかく、先ほど滲んだ悲しみは拭われていた。

それでも、彼女を慰めたいと思う心が、僕の指を動かした。

指先がそっと、フロレンスの眦の縁触れた瞬間。


「フロレンス公女様、ローゼリンデ様、我が邸宅にお越し頂き恐縮でございます」


突然エントランスホールに響いた声に、僕は弾かれたように指を引っ込める。

指に残るフロレンスの温もりが、まるで火に触れたように熱を帯びていた。


僕は自分の心臓を押さえ込むように、フロレンスに触れた指を握り込み、振り返った。

邸宅の入り口から続くエントランスホールの奥、二階に繋がる大階段から恰幅の良い男が一人、下りてきていた。

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