ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける
緋村燐
第1話
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。
中でも特に広く豊かな大地を持つ
河川は整えられ、気の流れも淀みない。
豊潤な大地は住まう人々も豊かに育み、長く戦もない龍湖国は今まさに栄華を誇っていた。
中でも皇帝の住まう首都・
他国との流通も盛んで、金や銀、そして宝玉など、様々なものが皇帝に献上された。
それらに彩られた豪華絢爛な宮廷は、奥に行くほどに煌びやかとなる。
龍の子孫でもある皇帝の後宮。
その端の宮にて、
「はぁ……困ったわ」
呟く唇は小さく愛らしく、水分をたっぷり含んだ艶やかな髪は烏の濡れ羽色。
肌理細やかな白い頬はほんのりと朱に染まっている。
そして何より印象的なのは稀なる
天の黄龍帝が地上の繁栄を願い遣わしたという瑞祥の娘が持つ色だ。
銅鏡を覗き込みその色を確認し、紅玉はまた溜息をつく。
「はぁ……ついにまじないが解けてしまった」
何度確認しようとも、もう黄金の虹彩が変わることはないのだろう。
最後にもう一つ息を吐いた紅玉は、諦めたように銅鏡を伏せた。
瑞祥の娘には良きものを呼び、悪しきものを避ける力があるという。
その力は皇帝に嫁ぐことによって地上への恵みとなるらしく、紅玉は生まれ落ちたその瞬間から皇帝の妃となることが決まっていた。
その取り決め通り十五になる年の善き日、紅玉は後宮入りをしたのだが……。
『このような呪われた娘を寄越すとは……瑞祥の娘とは思えぬ、李侍郎の顔を立てて追い返すことはせぬが、皇后どころか四夫人の地位も与えられぬ』
瑞祥の娘を迎えるからと直に出迎えてくれた皇帝の言葉を思い出し、紅玉はもはや怒りも忘れただ呆れる。
確かに当時の自分は目の周りに緑色の特殊な染料でまじないを描いていた。
そのまじないのせいで瑞祥の娘の証である黄金の虹彩が茶色になってしまっていたことも『瑞祥の娘とは思えぬ』と言われた要因であろう。
だが、仕方なかったのだ。
瑞祥の娘は地上に恵みをもたらす者。それ故、生まれた瞬間から人だけでなくあらゆる生き物から祝福される。
紅玉が生まれた瞬間邸の外には小鳥たちが集まり言祝ぐかのように揃って囀り始め、野犬たちは瑞祥の娘の誕生を知らせるかのように、都中で遠吠えを響き渡らせた。
他にも普段はあまり鳴かぬ猫が絶え間なく鳴いたりと、寡黙な父が後に『正直煩かった』と告げるほどだ。
その後も、母がある朝目覚めたら熊猫が赤子の紅玉をあやしていたことがあり、食べられてしまうのではないかと悲鳴を上げてしまったと後に苦言を聞かされたものだ。
そういった困りごとが続いたため、両親は懇意にしていた道士に頼み瑞祥の娘としての力を封じた。
そのまじないは紅玉が自身で力を
だが初めの後宮入り予定だった十四の年になってもまじないは消えず、一年延ばしてもらっても消えなかったため諦めて事情を伝えた上で後宮入りした。
だが、その事情は皇帝本人には伝わっていなかったらしい。
故に、紅玉は皇后どころか妃としての最下級・正五品の才人という地位に置かれてしまったのだ。
初めこそはその事情を伝えようと色々手を尽くそうとしていた紅玉だったが、皇帝の好色ぶりを見聞きし、彼を取り巻く女の闘いを見続け皇后になろうという思いは消え去ってしまった。
むしろなりたくないという思いが日に日に強くなり、自分が瑞祥の娘であることを隠し通すことばかり考えるようになった。
父に文を書いたことも何度かあったが、特に権力欲もない父は皇帝の皇后になりたくないと零すと『お前の思う通りにするといい』と任せてくれた。
幸か不幸か、一見不気味なまじないのせいで気味悪く見られていた紅玉は呪われた妃として扱われ、いつしか後宮内で起こった不幸ごとは紅玉が呪ったせいだと噂されるようになった。
あえて否定しなかったこともあり、今では悪女として後宮内では扱われている。
とはいえ曲がりなりにも皇帝の妃の一人だ。自身の宮から出なければ謗言を聞くこともなく不快な思いをすることもない。
宮が後宮の隅にあることをこれ幸いと、趣味の菜園をこっそり作りながらひきこもり生活を満喫していた。
紅玉には瑞祥の娘として皇帝の皇后となり地上に恵みをもたらすという使命があるが、現状も一応“皇帝の妃”なのだから大きな問題はないだろうと安寧の日々を過ごしていた。
……いたのだが。
「今になってまじないが解けるなんて……流石にこのままずっと隠し通すことは出来ないわよね」
嘆息し、悲し気に柳眉を寄せる。
今までも公の場では顔を
だが、瑞祥の娘は地上の全てのものに祝福される存在。それには動物だけでなく当然人も入っている。
今まではまじないで抑えられていたそれが解放されてしまったのだ。悪女と罵られている自分だが、何かきっかけさえあれば好意的に取られるようになるかもしれない。
万が一にも皇帝に気に入られてしまえばすぐに瑞祥の娘と知れるだろう。そして、なりたくもない好色な皇帝の皇后にされてしまう。
白龍帝と呼ばれる皇帝・
多くの妃が彼に本気で恋をし、寵愛を得ようと争いを繰り返す。
そんな女たちの頂点に立ちたいとは紅玉はどうしても思えなかった。
長い睫毛を軽く伏せ、細く息を吐いた紅玉は意を決したように表情を引き締める。
「やはりあの方法しかないわ」
いつかまじないが解けてしまったら。そんな考えはこの二年常にあった。
だからこそ、そうなったときの対処法はいくつか考えてあったのだ。
「善は急げと言うし、早速行動に移しましょう!」
拳を握り立ち上がった紅玉は、目的を実行するために裳裾を翻した。
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