第十九話: 星月夜、対飲する少年たち

 頭からすっぽりと白布を被り、大きな無貌むぼうの仮面を付け、名も無き星の神に扮した村娘たち。

 見事、その正体を当てることができた男には、翌日までのデート権が得られる。


 それが、今夜の【聖浄の星祭りサン・テグジュペリ】におけるお楽しみの一つだ。


 二人仲良く翌日の仕事は完全免除、お揃いの記念品と小遣い程度の金銭、司祭の祝福……など、未婚の若者たちにとっては意外とバカにならない褒賞も出るため、人気の催しとなっている。

 もちろん、看破されてしまった娘にも拒否権はあり、この場合、ただ男女二人が別々に休日を過ごすだけといういささか寂しいことになってしまうわけだが、それもまた一興だろう。


「お前がシイリンだ! そうだろう?」


 宴の喧騒を切り裂いて、また一人、そんなゲームの挑戦者が現れた。


 くるくると回るように会場内を渡り歩く星娘たちにも、多少は見た目の違いがある。

 自らの手で織った白布の出来映え、同様に自作した仮面の色と模様、あとは背の高さなど。

 何を決め手としたのやら、行き交う星の中から一人の手を取って意気揚々と名を呼んだのは、赤い髪をツンツンと逆立て、やんちゃな笑みを浮かべる少年――初級冒険者のライレだった。


「へえ、シイリンが参加してるんだ」


『そう言えば、【真っ赤な絆】の三人では、彼女だけが成人しているんだったか』


「ちょうど十五歳だってさ。あとの二人も一つしか違わないみたいだけど」


 黒髪を短めのポニーテールにわえた、委員長っぽい雰囲気を持つ真面目少女の姿を思い出し、改めて捕まっている星娘を眺めるも、僕の目では何一つとして共通要素を見出せそうもない。


「さあっ、どうだ、シイリン。当たりだろ。早く顔を見せろって」


 ワクワクとした表情で仮面を見つめ、再び声を掛けるライレだが……。


――ばしゃあっ!


 片手を掴まれた星娘は無言のまま、空いた方の手に持つ柄杓ひしゃくを掲げ、彼の頭から水を浴びせた。


「うおぁっ!?」と一声、両手を振って後ろへ数歩たたらを踏むライレ。

「「「だぁっはっはっはっはっはっはっは!」」」途端にどっと沸き立つ祭り会場。


「ひゃっひゃっひゃっ、残念だったなあ、ボウズ!」

「星を掴むにはまだちょいと早かったんじゃねえか、ククッ」

「んぐぐぐぐ……チックショー……足運びの癖がシイリンとおんなじだと思ったのによう」


 酔っぱらいの冷やかしを浴びながら、ライレは頭から水を滴らせ、すごすご席へ戻っていく。


 ちなみに、こうして答えを外した者にも特にペナルティがあるわけではない。

 チャンスは一人につき一度だけなので、今年はもう他の星娘に挑戦することはできないが。


「おーい、ライレ! こっちに来なよ。よかったら一緒に呑もう」

「……ああ、白坊ちゃんか」


 僕が声を掛けると、消沈した様子のライレは子どもたちが集まる大テーブルまでやって来た。


「ほら、このジュースでも飲んで。……あれ、そういや、アザマースは? 一緒じゃないの?」

「ごきゅっ……はぁ、あいつはちっと用を足してくるって、じきに戻んじゃねえかな。ぐびっ」

「ねー、ねー、ライレはシイリンのこと好きなの?」

「ぶふぉおっ!!」


 ファルーラの無邪気な問いに、ライレは口中に含んだジュースを吹き出す。


「げほっ、こほっ……な、なんで、そんなんじゃ……」

「え? 僕もそうなのかと思ったけど違うの? じゃあ、なんで【名指し】に参加したのさ」

「そ、そりゃあ、他の奴に……じゃなくて変な奴に仲間が……いや、てか、そうだ! 当てたら賞金とか出るって聞いたしよ。それに、ほら、あんな恰好じゃメシも食えなくって大変だろ?」

「「へー、ほぉ、ふーん」」


 顔を真っ赤にして言い訳を並べ立てる様を見れば、僕らにだって本心はバレバレである。


「確かシイリンとは幼馴染おさななじみなんだっけ?」

「あー、ああ、そう、同じ村の出だよ。親がいねえ俺の面倒を見てくれてたのがあいつんでさ。シイリンは頭の出来が良かったから町に出してもらえて、それに俺も付いてきたってわけ」

「そっかー、アザッスだけよそヽヽの子だったんだぁ」

「アザマースの奴とは町で組合ギルドに登録したとき知り合ったんだ。そんまま一行パーティー組んで以来の仲よ」


『同日登録とは縁があったものだな。初級冒険者といっても意外に狭き門らしいのに』


 そんなこんなと話をしていると、次第に夜も更けてきた。

 日中は風に吹かれ立ちこめていた砂埃すなぼこりもすっかり消え失せ、頭上はうに満点の星空だ。

 星祭りが開催されている今宵は新月、殊更ことさらに星がよく見える。


 この世界の空は、地球と比べてもさほど大きな違いがない。

 やけに大きく見える月――当然、新月の今は頭上に見えないのだが――に違和感はあるにせよ、日が進むにつれて満ち欠けする様は前世の記憶と似たようなものだろう。

 星の位置はまるで違うのだろうが、天文に詳しくない僕としてはわずかな違和感でしかなかった。

 ぐるりと見渡せば、無数の星屑が集まった天ノ川もどきさえ目に入ってくるし……。


「あ、流れ星! きゃっ、また! いっぱい!」

「わあ、これは凄いね。流星群だ」


『この世界では初めて見たなぁ。見事な星月夜ほしづきよじゃないか』


 ときには、こうした流れ星なんかも見ることができる。


「あはは、星祭りに相応ふさわしい夜に乾杯しようよ」

「お? おう、乾杯!」

「きゃはは、かんぱーい!」


 ノンアルコールなのを残念に思いつつ、僕は星空へ向けて杯を掲げるのだった。

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