第二十四話: 会議は踊る、陰鬱なワルツを

 非常に重苦しい雰囲気が、長いテーブルと多数の椅子が並ぶ大広間の中を満たしている。


 この村の集会場には、今、領主マティオロを筆頭に領内の主立った面々が一堂に会していた。

 マティオロとトゥーニヤの領主夫妻、僕、従士のノブロゴさん、村人の代表者たち二十数人、そして冒険者一行パーティー【草刈りの大鎌おおがま】、具体的にはそういった顔ぶれだが、皆一様に表情は暗い。


「むぅん、冒険者が多数常駐していた北東の男爵領でも、それほどか」

「女神よ、どうかご聖覧しょうらんを……」

「心配してた通り、他所よそでも大きな被害が出ているんだ。あれだけの規模だものな……」

「たぶん、アンタらの想像以上だよ! ここに来て被害の少なさに驚いちまったぐらいさ!」


『はぁ……当然ながら、我が領だけの話じゃ終わらないってことだ』


 あ、大人たちの中にしれっと幼児が一人交じっていることは気にしないでもらえると有り難い。

 何をするにしても、子どもである前に精霊術師という扱いなのである、僕は。


「ありゃあ乾期になったら相当ヤバいことになりそうだぜ」

「間違いなく餓死者が出るだろうね!」

「あちらの男爵一家が村を離れるだの、引き払うだの……なんつう話も出てるくらいでサァ」

「……国が滅ぶ」


 モントリーの健脚をもってしても辿り着くまでに三時間ほど掛かる隣村が、くだんのイナゴによって壊滅状態に陥っているというニュースは、皆の心を深く、暗く、どこまでも沈ませてゆく。


「ベオ・エルキル! アンタが早羽はやばね寄越よこしてくれたおかげで備えは間に合ったんだけどねえ!」

「……それも無意味だったようだな」

「いいや! 無かったら、それこそ乾期までたなかったよ! 行商の荷馬車もイナゴを怖れて完全に止まっちまってるんだからさ!」

後々あとあと、他領や王都の方でも被害が違ってくるはずですぜ。むしろ大手柄じゃねえですか?」


 どちらにせよ、この状況で他領や国の援助が期待できなくなったということに違いはない。

「行商も来れないのか」「どうすんだ?」「乾期が……」と村の顔役たちも一気にざわめきだす。


 ちなみに、この地の乾期とは、収穫期――秋が終わった後にやってくる真冬の頃を言う。

 まったく雨が降らず、空気はカラカラに乾燥し、一年中で最も気温が高くなる。

 湿気のないサウナとでも言うべきそのおもむきは、前世日本の感覚からすれば冬と呼ぶには戸惑うが、周囲の植物が枯れ果て、一切の実りがない季節だという点では共通している。

 現在はちょうど秋になったばかりなので、まだ三ヶ月以上も先の話ではあるのだが。


「そう言えば、【草刈りの大鎌おおがま】は何故うちに? わざわざ手伝いに来てくれたとか?」

「へへっ、俺らは国の依頼でちょいとイナゴのこと調べに来たのよ」


 国が? まだうちが襲われてから一週間かそこらだ。おかみにしては随分ずいぶんと対応が早いな。


「こんなに早く国が動いてくれるなんて……」

「確かに上の連中は及び腰だったねえ! イナゴなんて珍しくもないってさ!」

大草原サバナ蝗害こうがいめんじゃねえ! たまに王都辺りまで飛んでいくイナゴとはワケが違うのよ! って言ってやりてえが、自分の目で見てみなきゃ実感はできねえわなぁ」

「なんでも、イナゴ襲来の第一報が届いた途端、陛下の肝煎きもいりがあったって話だぜ。本腰入れた物資の支援は執政官がうるさく反対してるみてえだけどよ」

「そうか。陛下が……かたじけないことだ」

「あなた……」


 なんにせよ、依頼内容がイナゴの調査ということなら彼らは割りと自由に動けるのだろう。

 中級冒険者がいてくれれば、何をするにも心強い。

 ふっふっふ、せいぜい僕らのために働いてもらうとしようか……っと、冗談はともかくとして、本当に有り難いよな。この大変なときにやって来て、偶然たまたまヽヽヽヽなんてことはあるまいし。


「よし! ひとまず外のことはこれぐらいで良いだろう。ここからは領内の現状について話すぞ。初めて聞く者もいる。一つ一つまとめていってくれ」

「ええ、最初は……建物の被害にしましょうか――」


 と、母トゥーニヤが村の顔役らを交えて話すところによれば、領主屋敷ログハウスなど高級な硬い材木を使った建物や煉瓦れんが造りの家屋といった一部を除き、軒並のきなみ、扉、壁、屋根をかじられてボロボロ、中には支柱を折られて倒壊寸前という小屋まであるそうだ。

 この草原サバナにおいて木材はそれなりに貴重品である。リフォームには時間が掛かるだろうな。


「それから、あらまあ……北東の水車小屋が燃えてしまったんですって。付近の小屋も一軒」

「え? 燃えちゃったの? なんでまた?」

「イナゴにたかられ、錯乱して火を使った者がいた。幸い、川の近くだったため、延焼する前に消し止められたがな。まったく、馬鹿者が……」

「あちゃあ、それはあぶなかったね」


 もしも畑に燃え移ってたらと思うとゾッとする。

 ここでは家も畑も非常によく燃える。どんな事情があろうと故意の火付けは重罪だ。

 かわいそうだが、やった人は農奴に落とされ、一生ただ働きをさせられることになるだろう。


「次は……やっぱり畑かしら、ね?」

「皆もそれが最も気になるだろうからな。頼む――」


 それからの被害報告は、子どもの僕ですら耳を覆いたくなるほどのレベルだった。


「……やられたのは四割か」

「へ? 十のうち……えっと、六も残ったってことだよなァ? 存外、悪くないんじゃ?」

阿呆あほうか! この先、十日のうち四日は食えなくなるってえ話だよっ!」

「しかも、被害の多くが秋耕地です。日持ちする穀物が我々の手からこぼれ落ちたんですヨ!」

「もう少しだけ来るのを遅らせてくれれば、いくらかは収穫できてたものを……」

「あと、これは直轄地だけの数字だからね。知っての通り、村人個々でやってた畑は全滅してる」


 村人たちは畑の被害が四割だったと聞いて安堵あんどしかけるが、我がエルキル領の収穫量は元々、かろうじて自給自足できるかどうかという程度でしかなかったのだ。

 作物が失われたということは、そのまま領民の食糧が打ちてられたと言うのに等しい。


「アンタら! しばらく行商が来ないってのも忘れてんじゃないよっ!」

「そうだった! どうすりゃ……」

「おいおい、食料だけじゃないぞ! 塩はどんだけ残ってた? 油は? 糸は? 薬は?」

「あー、言いにくいんだが……草原サバナが禿げ上がって、生きモンもあらかた遠くに逃げちまっ――」

「狩猟も採集もできねえってことか!」


 そういうことである。

 僕たちは、残りわずかな備蓄と本来の六割ほどの農作物だけで、来たる乾期を乗り越えなければならなくなったというわけだ。

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