第二十二話: イナゴスレイヤーズ

「たかが虫だからって甘く見ないことですわ。敵は億千匹! 億千匹もいるんですからね」

「いいか、お前たち! 絶対に、真白まっしろお嬢さまか俺の側から離れるんじゃないぞ!」

「「「「「はーい!」」」」」


 広めに草を刈り取られた村の南側、柵の外に僕らは集結していた。


 まだ成人に満たない十五歳以下の子どもたちが十七人、その中には当然、僕も含まれる。

 姉のクリス、幼い妹双子ラッカとルッカ、妖精の取り替え子チェンジリングのファルも一緒だ。

 村の中では戦力外、まだ大人たちに交じって畑を防衛するには適さない少年少女たちである。


 愛用のスコップを携える僕は別として、全員がトンボと熊手の合いの子というような形をした長柄の農具――レーキのたぐいを手にしている。


 子どもたちの他には、ノブさんと部下である村の若者二人、更に二十一羽のモントリーが並ぶ。

 ノブさんら三人はそれぞれ既に騎乗しており、空背の残り十八羽を後ろに控えさせていた。


「僕とモントリーには近付いちゃ駄目だよ! あと、草むらの中には入っていかないように! そうそう、着てる物や髪の毛をかじられても慌てないで。すぐに無くなったりはしないから」

「「「「「はーい!」」」」」


 彼ら全員の前に立ち、次々と注意点を述べていくのは、領主の子である僕とクリス、この場の子どもたちの最年長であり、普段からリーダー格を務める赤毛の少年イヌオだ。

 まぁ、なんだかんだでたくましい開拓村の子ら、こうした緊急時の行動はけっこうマニュアル的に身に付いていたりするんだけどな。あまりくどくどヽヽヽヽと言わずとも。


 実際、居並ぶ子どもたちは落ち着いており、特におびえた様子などは感じ取れない。

 今から訪れる災厄の怖ろしさについて、まだ理解が追いついていない部分もあるのだろうが、背後の村が慌ただしい雰囲気をかもし出し、時折、怒鳴り声や角笛の大きな音が聞こえてくるのと対照的に思えるくらいだ。


――ぉぉぉおおおおおおおお……!


 草原サバナの奥に見える雲霞うんかの如きイナゴの大群までは、未だキロ単位の距離がある。

 しかし、無数の羽音による唸り声じみた低周波振動はボリュームを増し、もはや気のせいとは言えないほどハッキリと感じられるようになってきている。


 空を見れば、彼方かなたより伸び上がる群れの先がこちらの頭上へ到達し、うろこ雲状を成していた。

 ほとんどはそのまま上空を通り過ぎていってくれるだろうと思われるが……。


「村の畑に気付かれたかな? 少し降りてきそうな感じだね」

「シェガロぼん、手前で叩き落とせるか?」

「やってみる。風の精霊に我は請うデザイアエアー、運べ、帆をもて風を受け」


 と、僕が宙へ浮かび上がった瞬間、どこからともなくカサカサという小さな音が響き始めた。


「こっちも来やがったですわ!」

「「うわぁ、きもーい!」」

「よし! みんな、ここで一匹でも多く食い止めるぞ! あいつらを後ろに通せば、その分だけ明日からのメシが無くなると思うんだ! 腹減らしたくなかったら手を抜くなよ!」


 かすかな、しかし極めて不快なその音の発生源は、前方に生い茂った草むらの根元だった。

 高みより降下してくる一群とは別に、地面を這いずる一群がわらわらと出現し始めていたのだ。



 そこから始まったのは一種の大運動会といった様相である。


「おらああああ! 遅れるなよ! 走れ! 走れえーーっ!」


 それぞれレーキを構えた少年たちが、あたかも船の甲板をデッキブラシで掃除するかのように横並びの一列となって走る。


「どっりゃあああっ! 死にさらせ~~ですわっ!」


 正面からは同じく横一列となった少女たちが、学校の廊下をモップ掛けするように走ってくる。


 そうして勢いよく接近していった両集団はぶつかることなく、お互いに対向車線を走る要領ですれ違い、もぞもぞとうごめく灰褐色の地面をぐしゃぐしゃの泥土へと変えていく。


 迫るそれらにし潰されかけたイナゴが、数十匹まとめて飛び跳ねれば、更に続けて数百匹が飛び上がる。

 銃弾のように激しく飛び交うそいつらは、子どもたちの身体からだにバシバシと突撃していくものの、何より恐ろしいのは威力ではなく、羽ばたきによって巻き上げられるえ難い悪臭だった。

 早くも数千……いや、万に達しようかという死体が地表近くに濃密な腐敗臭を溜めているのだ。


 皆、揃って顔の下半分に長布を巻き付け、マフラー風のマスクとしているが、においを防ぎきるまでには至らない。顔をしかめ、吐き気をこらえながら、懸命に走り続けていた。


「んきゃー!」

「「きゃはははは!」」


 村の柵付近へ目を向ければ、最年少の幼児たちがはしゃぎながら小さなレーキをいていた。

 まるっきり遊び感覚ながら結構な数のイナゴを殺しており、居ると居ないとでは大違いだ。

 幼児は嗅覚が鈍いのだろうか、意外と悪臭などを気にしている様子もない。


 いささかばかり緊張感に欠けるが、その幼児たちが僕らの最終防衛線となる。


 そんな子どもらを横目にしつつ、刻一刻と緑色の濃さを減らしていく草原の只中ただなか、縦横無尽にせわしなく駈け回っているのは二十一羽のモントリーだ。


「アァッラララララーーーイ!」


 ノブさんと部下二名の乗る騎羽きばを先頭に逆Vの字型の雁行がんこうを成し、分厚い黒煙の如く密集するイナゴたちを猛烈な勢いで蹴散らし続けていた。

 彼らのおかげで子どもたちのもとへ抜けていく数が大幅に減らされていることは間違いない。


 そして、僕はと言えば――。


「ふぅ、なんとか二三本にさんぼんくらいは同時に操れるようになってきた」


 呟きながら、精霊術【寒冷竜巻チルトーネード】によって作り出した二つの旋風を左右別方向へと放ってやる。


 ここは、モントリー部隊が駈け回る地点よりも更に奥、まがう事なき最前線だ。

 普段よりも粘液質にした水の精霊術【泡の壁バブルシェル】に守られながら、地上から四五しごメートルほどの高さに浮かんでいる。


 僕の周囲で常に暴れ回っている数本の【寒冷竜巻チルトーネード】は、大量のイナゴを巻き上げ、後方にいるモントリーや子どもたちのもとへまとめて吹き飛ばしていく。

 見ようによっては、スキー場にある降雪機で雪を降らせているみたいに……いや、見えないか。


『……っと、また降下部隊が来るみたいだ! それほど数は多くなさそうだが』


水の精霊に我は請うデザイアウォーター、大網を成して絡め取れ!」


 請願せいがんに応じ、展開している【泡の壁バブルシェル】の一部が上空へ向かって射出されていった。

 後を引く粘液状のそれは長い触手のように伸びゆくと、頭上高くで四方へ弾けて薄く広い網を形成し、村の方へ飛んでいこうとしていた一群をゴッソリと絡め取った。

 続けて、二つ三つと同様の精霊術【粘液搦めジェルバインド】を飛ばせば、イナゴの降下部隊はほぼ全滅する。


 地面に落ちたそいつらも、竜巻でき上げて後方送りにしておくことは言うまでもない。


「僕だけで半分くらいは減らしてる気がするよ。誰か褒めてくれないかなぁ」


『それでも、おそらく村の被害は相当なものになっているはずだぞ?』


 これだけ減らしても、飛び交う無数のイナゴのせいで周りの風景を見渡すことすら難しい。

 かろうじて目に入る眼下の草原サバナは、普段の鬱蒼うっそうとした様子が失われ、無惨に穴だらけとなった草ばかりが残り、地面の土まで見え始めていた。


『まだほんの数時間だと言うのに、もうこんな有様だからな』


「群れの本隊が通り過ぎるまで数日、一体、どこまで被害が広がるか見当も付かないや」



 その後も、僕らは交替で休みながら、延々イナゴの群れと戦い続けた。

 やがて、日が暮れ始めると、迫り来る群れの規模は目に見えて小さくなってくる。

 ようやく戦いが最初の一日を終えたのだ。


 まだまばらにイナゴが飛び交っているものの、たった数百匹やそこらを追いかける気にもならず、疲れきった僕たちはそれぞれの家へ戻り、報告などもそこそこに束の間の休息をる。

 家の中にまでイナゴが入ってきているが、今更、ほんの数十匹ぽっちなど気にもならない。



 翌朝、早くから戦いは再開する。

 僕たちの目も鼻も耳も、頭の中までも既にすっかり機能を衰えさせており、決められた行動でひたすらイナゴを殺していく機械にでもなった気分だ。




 そうして四日後、イナゴの群れの最後尾が後を引きながら開拓村上空を通り過ぎていった。

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