第十一話: 気になる小峰、不気味な顔

 ノコギリの刃を思わせる険しい稜線を伝って辿り着いたその尾根は、他と比べれば低い峰――見上げれば、ほんの百数十メートルほど登るだけで至れそうな山頂より伸びてきていた。

 別にこれから登っていくわけではない、いつものようにただ通り過ぎるだけ、そう思いながら、何故だか僕は目に入ってきた光景に嫌な予感を覚えた。


 このとき、もっと考えを巡らせていれば、兆候は少なからずあったはずだ。


 他の峰よりも全体的に薄く被っている雪……。

 周囲に転がる無数の丸っぽい岩石……。

 チビどものいつになく緊張した様子……。


 だが、鈍い僕はもちろん、月子でさえ、それらに警戒の念を抱く間もなく異変が起こる。


――ズズズズズ……。


「みゃっ!?」

「気を付けてください!」


 それは、小さな地鳴りだった。

 ほとんど反射的に、僕とヒヨスは周囲をうかがい、月子とベアきちは態勢を整える。


「地震……いや!」

「わふぅ!」


――ドゴォオオン!


 僕が息を呑んだとき、上方に見えていた山頂付近で大きな爆発が起こる。

 間近で花火の大玉でも炸裂したのかという激しい轟音が空気の大波となって押し寄せ、遅れて数瞬の後、今度は実際に質量を持った大小多数の岩石として襲来する。


地の精霊に我は請うデザイアアース――」

「ばうっふ!」


 だが、二つの声が響き、カーゴ前方には矢印の先端めいた鋭角を成す二枚の【岩石の盾ストーンシールド】が、周囲にはいくつもの石壁が、同時に立ち並び、予想外に高速で飛んできた石の雨を受け止める。


 硬い石同士が激しくぶつかり合い、砕かれ、バラバラの破片だけが後方へ弾き飛ばされてゆき、大盾の上を越え、直接カーゴを狙ってきた一部の岩石も、多数の石壁によって防ぎきられる。

 耐えていた時間はわずか、ほどなくして石の雨は降りんだようだった。


 それにしても、一体何が?


「まさか火山噴火か!?」

「いえ、そんな様子は……」


 先の地鳴りもみ、更なる何か――立ち上る噴煙や迫ってくる溶岩流などの気配もなさそうだ。

 月子が、前方で組み合わせていた二枚の岩盾を、まるで扉のように左右へ開いていく、と。


 目に飛び込んできたのは赤!


「ばうっふ!」


 すかさず、岩盾のすぐ裏側に控えていたベアきち気合一閃きあいいっせん、剛腕を振るう。

 その腕の先に生え揃った鋭い五爪で切り裂かれたのは……炎だ。

 しかも、僕が得意とする火の精霊術【火球ファイアボール】のバレーボール大を優に超え、エクササイズ用のバランスボールにも迫る大火球であった。


 左右に分かたれた大火球は、カーゴの中にまで達する熱波を残して左右へ散ってゆく、が。

 僕らを救ったベア吉はただ熱いだけでは済まない。ほとんど爆発に近しい火勢を間近で受け、右腕の先から半身にかけ、あの素晴らしい手触りの毛皮が無惨にも焼け焦げてしまっていた。


水の精霊に我は請うデザイアウォーター――」


 火の攻撃に備え、月子が水の精霊術【泡の壁バブルシェル】を請願せいがんする。

 カーゴとチビども、それぞれの全身が大きな泡のような流水の壁によって包み込まれていく。


 そこで、ようやく敵の姿を確認することができた。

 爆発があった地点に、先ほどまではなかった大きなすり鉢状のクレーターが出来ている。

 外から何かが激突してえぐられた穴ではなく、内側から何かが飛び出してきたあなである。


 そのふちから頭をのぞかせているものがいた。

 穴底からじわじわとき出し、細い川となって周囲へ流れ出し始めている溶岩を意に介さず、二つの頭がこちらをじっと眺めている。


 距離が離れているため、どのような生き物かは分からないが、どちらも姿はまったく同じだ。

 のっぺりとして平たい顔。見たところ、爬虫類か両生類、大穴で魚類といった辺りか。

 ……や、まぁ、そろそろ地球の常識が当てはまらないってことは理解できているけれども。


「にゃあ!」

「わふぅ!」

「あいつらを知っているのか?」

「みゃ?」

「わぅ?」

「そういうわけではなさそうですね」

「だが、なんとなく恐れて……と言うよりも嫌がっているみたいだな」

「るるる……みにゃあ!」

「……ばうっふ!」


 そんなことを話しながら相手の出方をうかがっていると、ふいに、そいつらは欠伸あくびでもするのかという気の抜けた様子で、揃って大きな口を開けた。

 今まで見えていた顔がそのまま口になったような、横に二つ並んだ大口である。


 そして、先のものと同様の大火球が、中からそれぞれ一つずつ吐き出されてきた。


 僕らは赤い色が見えた瞬間、今なお形を崩さず立っている【岩石の盾ストーンシールド】のかげへと隠れる。

 だが、もう様子見は終わりだ。身を隠したまま、尾根を降る方向に全員で一気に走り出した。


 いや、流石さすがに、あんな怪物の相手までしてやる義理はないだろう。

 カーゴに乗った僕たちの戦闘能力は決して高いとは言えず、移動手段であり居住空間でもある、この壊されれば一巻の終わりの生命線をむざむざ危険にさらしたくはない。


 巨大なカーゴビートルだが、その気になればかなりの速度で移動することだってできる。

 岩の盾に当たった大火球がき散らす火の粉を泡の壁で防ぎながら、僕たちは急いでその場を後にした。


 幸い、敵は追撃することも追ってくることもなかった。

 最後に一度、振り返って見やれば、未だじっとこちらを眺め続ける、のっぺりとした二つの顔。

 二〇〇メートル近く離れれば、もう小さくしか見えない、元より顔のパーツなど判別できない。


 しかし、何故か、僕にはその顔がわらっているように感じられたのだった。

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