転生したCGクリエイターは異世界でウチの子と新しい人生を夢見る

桔山 海

第1話 過労死したら

 今日も世界は変わらずに太陽が昇り、次第に明るくなっていく。

 都心の高層ビルは日の光を反射し輝き、遠くでは電車の走る音が聞こえ始める。

 眠りから覚めて世界が明るくなっているのなら、まだ良いのだけど……。


 その過程を見ながら仕事をしているという状況に、私は静かに怒っていた。

 私のいる会社は一般企業から見れば異質なデスクと言われるのでしょう。

 でも、そんな光景にもすっかり慣れた。

 各々のデスクにはキャラクターのフィギュアが飾られていたりする。


 そういった、オタク趣味は一般的な会社では隠すことの方が利口だけど、私のいる会社ではに作用する。


 いかにオタクであるべきか。


 アニメ制作会社では、そんなことが求められる。

 市販のフィギュアを飾る人がほとんどだけど、私だけは違った。

 私は自分の作った3DCGのキャラクターを業者に依頼をしてフィギュアにしてもらっていた。


 犬の耳と尻尾を持つ鋭い目つきをした架空の妖怪で、純白の長髪をなびかせる美男子だ。

 亀甲文様の着物姿で流殲牙りゅうせんがと名付けた太刀を抜く瞬間の凛々しいポーズをしている。

 いわゆる、ウチの子というやつ。


 あまりに顔が良い出来だったので届いたものを見た時には、気持ちの悪い声を出しながら手を合わせて拝んでしまった。

 そこそこ費用はかかったけれど結局はお金を使う時間もないので、作業の途中に眼の保養となり、満足度は高い。


 そして、仕事の方は納品日当日、朝の四時も過ぎた一番辛い時間帯だった。

 私は重たいまぶたを気力で持ち上げながらエナジードリンクを一気に飲み干し、PCモニターに向かって作業をしていた。


 出来上がったシーンを描き出しレンダリングする操作をして、完了するまでの時間を待つついでにトイレに向かった。

 トイレに入った瞬間、鏡に映った自分を見て思わずため息が出た。


 ミディアムの黒い髪がぼさぼさになって、ところどころ跳ねていた。

 さらには丸眼鏡の下にはうっすらと、くまができていた。

 ただでさえ、根暗な印象を与える私の印象はまさに今、極まっている。

 私、霧島一葉きりしまかずはは二十三歳、専門学校から卒業して新卒で入ったこの会社は三年目だ。

 本当なら化粧を直したいところだけど、今はそんな時間は無かった。



 席に戻り画面を確認してみると問題が無さそうだったので、進捗管理表を更新して次の作業の担当者にチャットで作業が完了した旨を知らせる文章を送った。


 今、完了したカットで自分の担当は最後だったけど、結局は誰かの残っているカットを作業することになる。


「…………はぁ」


 また、ため息が出る。

 この業界に入る前から、労働環境が悪いことは知っていた。

 それでも、好きなことなら続けられると信じていた。


 でも、違った。


 誰かの作品を作ることがこんなにも苦痛の伴うことだとは思っていなかった。

 自分の作品を作ることには一生懸命になれても、仕事には今一つやりがいを見出せなかった。


 私はプロに向いていなかったのでしょう。

 方向転換を考える余裕もなく、惰性で流され生きている。


 そんな私の憂鬱な考え事とは裏腹に、仕事の方は最後の追い込みが始まっていた。

 非表示にするべきオブジェクトが表示されてしまっていたり、古いモデルが使用されていたりなどのトラブルなどはお約束だった。


 それでも、十時にはなんとか納品は完了した。


「みんなお疲れ、今日はもう帰っていいぞ。明日は納品祝いで飲み会だッ」


 社長が腕を挙げて宣言すると、「おぉッ」とオフィスは拍手に包まれた。

 私はデスクに突っ伏して歓声を聞いていた。


 するとトントンと肩を叩かれたので、その方向を見た。


「……霧島さん、お疲れ様。はい、いつもの」


 数少ない同僚の生き残りである彼女は、私の自作フィギュアを顔の近くに置いてくれた。


「う~、なぎぃ~今回も生き残れたよぉ、あとで一緒に寝ようねぇ」


 こうして、徹夜の納品日の終わりにはいつも「凪」と名付けたウチの子に情けなく頬ずりをするのが定番になっていた。


「霧島さんっ、早く帰って寝ましょう!」


 同僚の彼女を見ると帰る準備を済ませていたようだった。

 私も帰る支度をしようとするが、身体が重くのそのそとした動きで、見かねた彼女はてきぱきと手伝い、私のことを持ち上げるように立たせてくれた。


 元テニス部だという彼女はとにかく体力がある。今でも休日は壁打ちの練習場に通うなど、信じられないくらい健康的だ。

 エナジードリンクを飲むことを良しとせず、気力だけで徹夜を乗り越える。

「クリエイターでも長生きしてみせる」

 これが彼女の理想だと語っていた。


 専門学校時代に知り合った男性と結婚を前提に付き合っていて、服装だってかわいらしい花柄のワンピースを着ていて、女子力の高さが垣間見える。


 私なんて適当なロゴの入った白いパーカーを着ていて、かわいいという言葉から遠いのは自他ともに認めるところだと思う。

 同期の彼女はいい人だと思う。だが、真の意味で同志とは思えなかった。

 彼女は仕事にやりがいを感じ、楽しむことができていたからだ。


 会社を出て、手を振りあって同期の彼女と別れて反対方向に歩いていった。

 でも彼女だけじゃない。

 同じ作品を作りあう仲間に囲まれていながらも、私は孤独感に日々苛まれているような気がしてならなかった。


 しかし、会社近くの徒歩圏内に家を借りたことは失敗だった。

「近くに住めたら、これからは長く働けるね」

 と、上司からは嬉々として肩を叩かれてしまったからだ。

 「こきつかってやる」という悪意ではなく、「スキルアップに時間が使えるね」という善意から出た言葉だということはわかっている。


 そうして、私の帰宅時間は実家から通っていた頃よりも遅くなった。


 いつの間にか、アパートのドアの前に立って数秒立ち尽くしていた。


(早く、寝よう。本当に死んじゃう)


 そして、かわいげの欠片もない安物のスニーカーを雑に脱ぎ捨て、引きっぱなしの布団に倒れるように横になった。


 睡眠というよりは気絶だった。

 十三時半頃、空腹で私は目を覚ました。冷凍チャーハンを皿に盛り、温めて一気に食べてPCの電源をつけた。


 そして、ヘッドマウントディスプレイを被った。

 目の前にはVR空間の和室が広がっていた。

 囲炉裏も畳も座布団も襖も全て、私が3DCGでモデリングしたもの。

 でも、このVR空間の目玉は和室なんかじゃない。


 何よりも、このVR空間の中では等身大の「凪」と対面することができる。

 徹夜の疲れも吹き飛ぶ圧倒的な没入感……。

 この世界を作ることが私の唯一の生きがいだった。

 当たり判定のある凪の耳をモフるべく手を伸ばした。


 その瞬間、何かで殴られたような頭痛に私はうずくまってしまった。


 思考によぎったのは「カフェイン中毒」という言葉だ。

 エナジードリンクを常用した人間の行き着く末路。


 これが過労死……。


「……まだ死ねない……凪……あなたの……あなたの生きる世界を創るまでは……死ねない」


 私は凪に手を伸ばす。だが、思わず目を疑った。


 動くはずのない凪が、私に手を差し伸べていたからだ。

 

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