花を枯らす庭師になりたい
まにょ
episode1 ハナミズキ
<人間の死亡した定義>
呼吸と血液循環が完全に停止し、脳の全機能が完全に停止し、蘇生不能な状態に陥り、且つその状態が継続したとき、人は死亡したものとみなされる。
『法令集目録』より
香坂悠一は今世紀最大のピンチと自虐したい状況に陥っていた。とは言っても、その現状を引き起こしたのが悠一本人だから、今更どうこう言っても仕方がない。
グラウンドでは生徒が血気盛んに部活を励んでいる。そろそろ新人戦が始まる時期なので焦る気持ちもあるのだろう。
しかし、無所属の悠一にとっては関係の無いことだった。
むしろ静まり返った屋上という完璧なロケーションを作った部活には感謝したい。
おかげで目的の同級生、楠見華を屋上まで来させることに成功した。
何を隠そう悠一は今日、華へ告白するつもりなのだ。
太陽が山へと差し掛かり辺りをオレンジ色で包み込む。告白するには図書室や大きな木の下と並ぶくらい完璧だった。
後は一言、何か洒落た告白をするだけ。であるか、あれほど練習したはずのその一言が喉元で詰まり中々声が出せない。
「で、話ってなに?セールが始まるからそろそろスーパーに行きたいのだけど」
長らく待たせ、痺れを切らした華は軽くため息をする。
「いや、その...」
「まさか冷やかし?確かに私はクラスに馴染めてないのは実感してる。でも迷惑はかけてないつもりだよ」
「違う。そんなしみったれたことじゃない。本当は....」
「本当は?」
「華、お前のことが好きなんだ」
遂に言ってしまった。カラスがカーカーと嘲笑うかのように飛んでいく。
悠一は華を顔を見ることができなかった。
振られた時の諦めだってすぐに着く。了承されて舞い上がる準備だって出来ている。でもこの学校内、いやこの世界で一番好きなその人に軽蔑された顔をされるのだけは嫌だった。
華の口が徐々に開いてくる。
最初は戸惑っているように見えたが、決めれば早いものであった。
「私と一緒にいるのは辞めな」
振られた。瞬間的にそう確信してしまった。
悠一の顔には自然と笑顔が込み上げてしまっていた。振られたという事実が突きつけられてしまったからだ。
「だよな、突然言われても迷惑だもんな。こんな遅い時間まで付き合わせちゃってごめんね」
「あ、うん。それは大丈夫。それよりなんで振ったかとか聞かないの?」
「え?そういうのって野暮じゃん。人が嫌がることをするなって婆ちゃんからよく言われてたから」
「香坂くんは優しいね」
「香坂とか改まっちゃって。悠一って呼び捨てでいいよ。同じクラスなんだし」
「でも、そんな香坂くんが死ぬまであと二日なんて可哀想に...」
「えっ...」と悠一は素っ頓狂な声が漏れる。
清掃係が掃除してくれた床は異様に綺麗に見え、空が一層暗くなった気がした。
告白の結果よりも衝撃的なことに悠一は口をぽかんとさせたまま微動だにしない。
それは無理もない。死ぬまでなんて分かりもしないこと非科学的なことをいきなり息を吸うかのように自然に言われれば、誰だって驚愕してしまう。
「あっ、ごめん聞こえてた?」
「お、おう。この耳に一言一句逃さず入ってきやがった」
「私ね、物心ついた頃からどうぶつの死ぬ時期が分かるの。最初は芽なんだけどね。段々と育っていって気づいたら満開な花を咲かせるの。そしたらパッと何らかの原因で死ぬの」
裁判官が連ねられた罪状を読み上げるかのように淡々と語る。
悠一はただ聞いて生唾を飲むこともできなかった。
「信じてないでしょ」
「そりゃそうだろ。二次元でもあるまいし」
「そうだよねー。あ、あの鳥を見て」
そう華が指指した方向には、群れから離れた一羽のカラスがいた。群れに戻ろうと必死に羽をばたつかせている。
「あのカラスがどうしたんだ?」
「あと10秒...」
「なにがだよ?」
この質問に華が答えることは無かった。
ただ今か今かと待っている。
一秒、また一秒と進んでいった。
そして十秒ちょうど経った頃。
瞬間、あらぬ方向からサッカーボールか飛んでいき、偶然か必然か華の指さしたカラスに勢いよくぶつかった。そのままグラウンドのどこかにドサッと落ちた。
一連の光景、はたから見たら不運な事故と片付けられるだろう。しかし、華からの奇妙な一言が残る悠一には不気味な現象にしか思えなかった。
その姿を見た悠一はそれが本当のことだと信じるしかなかった。
「ね?理解できた?」
「じゃあ俺もあと二日で....なんとか生き残る方法はないのか!ほらあるだろ。部屋に閉じこもるだとか、海外に逃亡するとか」
死という恐怖を目の当たりにして悠一は支離滅裂な発言をする。
「数年前、花が咲きかかっている猫がいたから自宅へ避難させたら心臓発作でしんだ。トラックへ轢かれそうになった子供がいて、間一髪で助けたけど花は咲き続けていて、気づいたらビルから落ちた鉄骨に貫かれて死んだ。もう分かるよね。どう足掻いても無駄なんだよ。だから私になんかに告ってないでクラスの友達に告りなよ」
「いきなりクラスの女子が出てくるんだよ。それに好きでもねえし」
「廊下で歩いてると、すれ違ったクラスの女子が『香坂ってなんか良くない?』って話してるのよく聞くから。付き合ってくれなんて甘い言葉をかけたら喜んで了承してくれるでしょ」
華は踵を返して屋上を後にしようとする。
華の手が屋上のドアに届こうとした時、
「俺はっ..楠見が『嫌だ』って言ってくれたら誰にも告らないし、誰から告白されても付き合わないっ本当に絶対だ!」
子どもがおもちゃをねだるような必死さで華の手を掴んだ。目には涙を浮かべている。
「どうして私なの?クラスからはネクラメガネとか陰口言われてる私が」
「誰かの評価なんてどうだっていい。俺がお前のことが好きだから。どうせ後三日なんだから、その三日を無駄にしたくない。明後日の土曜日一緒に遊びにでも行かないか。嫌なら無理して来てもらわなくても構わないが」
「.....分かった。それで香坂くんの気持ちが済むのなら」
「本当か!楠見、ありがとう!!」
手首を掴んでいた悠一の手は無意識に華の背中へと周り抱きついてしまっていた。
「きゃっ」と乙女だと改めて実感してしまう声を挙げながら脇腹に渾身の右ストレートを入れる。
「変態!急に遊び行きたくなくなったんだけど」
「そ、そんなこと、おぇっ言うなよ。悪かった」
みぞおちに当たった華の拳は悠一にとてつもない大ダメージを与えて酷く悶絶する。
「分かったよもう。集合は十時、場所は..そうねえイオンで問題ない?近場だし遊ぶには申し分ないでしょ」
「あ、ああ。おれもそう言おうと思ってたんだ」
「それじゃ。このままだとセールに間に合わなそうだから走って行くね」
「俺も一緒に行こうか?」
「こんな時間に制服で一緒にいたらクラスに人に噂されるでしょ」
今度こそ華は屋上を出ていった。
悠一は屋上の柵からグラウンドを見下ろす。
さっき落ちたカラスは用務員が片付けたのだろうか。既にカラスの痕跡は塵一つ残っていない。サッカー部は何事もなかったかのようにドリブルの練習をしていた。
香坂悠一が死ぬまであと二日
ЖЖЖ
カクヨム甲子園ロングストーリー部門に応募します!!
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