2001年5月4日 昼
今度は逆に産業道路を上がっていく形になる。
ひたすら上り、今のところ函館で一番活気のある美原町を超えて、国道347号線と交わる十字路を更に直進。道なりに進んでいくと30分程で到着した。
俊介は車から降りてゲームセンターに入った。
シュンのことだからきっと格闘ゲームでもやっているのだろう。
だが格闘ゲームの筐体が置かれているコーナーに言っても、彼の姿は無かった。
どこにいるのだろう、と思い周囲を見渡すと、奥の方から聞き覚えのある喝采が聞こえてきた。
「ショウ、ここに居たのか」
「おう、見ろよ。堀井がレースゲームやってるんだけど、面白いぜ」
指さした先を見ると、堀井がレーシングカーのコクピットを模した大型筐体に乗り、レースしているところだった。
この手のゲームにはやり慣れていないのか、ハンドルを曲げるのと一緒に身体も曲がったり、急ブレーキを掛けてはつんのめり、アクセルはベタ踏みのままコーナリングに突っ込んでいた。画面で何度もコースアウトする車を見て、ショウは指を指して笑っている。
あまりにも滅茶苦茶な運転を目の当たりにして、俊介も思わず感想を漏らす。
「これは酷いな」
「でしょ! そう思うでしょ! 僕ぁコントローラーでやるゲームの方が得意なのに、ショウったらこれをやれって」
俊介の呟きを聞いた堀井が、額に汗を浮かべながらハンドルを切った。
「というか堀井、なんでお前がここにいるんだよ」
「街ん中で突っ立っていたから拉致ってきた」
白い歯を見せてショウ。おそらく俊介が喜久子を送りに行ったあと、堀井は街をフラフラ歩いていたのだろう。そこをショウに見つかったのだ。
「格ゲー以外も面白いだろ」
「面白いけど、大変だよ」
笑っているショウと、焦っている堀井。見かねて俊介はアドバイスを出す。
「堀井、落ち着け。アクセル踏みすぎてる。もうちょっと速度落として、きちんとブレーキで曲がるように運転するんだ」
「そうなのか」
途端、堀井の目が輝き始めた。アクセルを踏む足の力は抜け、制御できる範囲の速度まで落とす。コーナリングの前では減速をし、理想的なアウト・イン・アウトでこれを抜ける。一言アドバイスを貰っただけで、元々ゲーマーな堀井のプレイは落ち着きを取り戻した。だが現実とは非情なもので、ゲームはタイムアップとなって終了となる。
「ふぅー」
大きな息を吐きながら堀井は筐体から降りてきた。
「ショウにいきなり車に乗せられてさ、ゲームセンターに行くって。てっきり今日も格ゲーかと思ったら、これやれって……突然だよ」
「いいじゃねえか。車の事知りたいなら、動かすのが一番だぜ。お前免許持ってないんだから、ゲームでやるしかねえだろ」
「君は強引だなぁ」
「細かい事は気にすんなって」
ショウは豪快に堀井の肩を平手で叩いた。堀井の顔が苦渋に歪むのを見て、俊介は軽く笑みを浮かべた。ショウは手加減しないからさぞかし痛かっただろう。
「じゃあ次は、シュンと対戦だな」
「またかい? まあいいけど」
ショウは財布から硬貨を抜き出し、投入口に2枚入れた。これで対戦モードになる。
「俺もやるのか」
「当然」
ショウに背中を押されて、俊介も筐体に座った。右手を伸ばして椅子の下にあるレバーを操作し、アクセルとブレーキを踏みやすい距離になるようにコクピットの調整をする。
堀井も同じように調整したようだが、画面に最も近くなるようにしていた。
ハンドルを握りしめ、画面を食いつくように前方を見ている堀井の姿は、典型的な運転初心者のそれだった。
ゲームが始まり、車を選ぶ。俊介は適当にマニュアルのラリー車を選んだ。堀井は初心者向きとされているオートマチック車を選ぶ。
画面の中でカウントダウンが始まり、俊介はアクセルを踏んだ。左足は足元のクラッチがないので適当なところに放り出しておく。
カウントがゼロになった。
レースゲームにおいて、実車と一番違うところはクラッチの有無だ。
オートマチック車のエンジンは、速度に合わせて自動的にギアを切り替えてくれるが、マニュアル車はシフト操作でギアを変更しなければならない。
ただ実際の車とは違い、シフトチェンジに必要なクラッチを踏むという行為が簡略化されており、シフトレバーの上下だけでギアを操作する事になる。
レース開始と同時に、俊介は速度を上げてシフトチェンジを繰り返し、順調な出だしを見せる。一方、堀井も全て自動でやってくれるオートマチック車の恩恵を受け、なんなくスタート出来たようだ。
「お。さっきより全然いいじゃん」
後ろからショウの感嘆の声が聞こえた。
素人同然であった堀井の動きは、先程より明らかに洗練されていた。ゲームとは言え俊介と横並びに走っている。
「同じコースだから覚えたよ」
「堀井、ブレーキ踏むのは左足じゃなくて右足だからな」
「え? 本当」
俊介が先ほどのコーナリングで気になったことを指摘すると、堀井は足とドタバタと動かした。
「アクセルとブレーキは右足。クラッチは左足だ」
「あー、クラッチかー。考えてなかったよ」
あとで運転席に乗せてやろう、と俊介は思った。ギアを入れずにアクセルを踏ませるだけでも、実体験としてはだいぶ違うだろう。
レースは途中まで互角に思えた。だが左足でブレーキを踏んでいた堀井は、途中から速見のアドバイス通りに足の位置を変更した。これが原因でブレーキミスが多くなり、結果的にレースは俊介の勝ちとなった。
「堀井、実際に車のアクセル踏んでみないか」
俊介は言った。
「え? 僕は免許持ってないよ」
「ギア入れなきゃアクセル踏んでも動かない。実際に運転している人が、どういう足の動きをしているのかを見るのも、参考になるだろう」
「そうだねえ。お願いできるなら」
「よし。――ショウ、堀井をちょっと借りるぞ」
「おう」
俊介は堀井を連れてゲームセンターから出た。そして駐車場に停めておいたS15の運転手側のドアの前に立つと、ドアを開けて堀井を座らせる。
初めての経験にきょとんとしている堀井を横目に、俊介がイグニッションキーを差して回すと、エンジン起動音と共に車体が揺れた。
ドアを開けたまま、俊介は運転席を覗きこむように、
「一番右のペダル、アクセル踏んでみな」
「うん……」
恐る恐る堀井はアクセルペダルを踏み込んだ。同時、エンジンが高鳴り、その回転数を計るタコメーターのゲージが動く。
「うわっ」
驚いた堀井は右足を上げた。初心者そのものの行動に俊介の顔に笑みが浮かぶ。
「すごいだろ」
「ああ、凄い。アクセル踏んだだけで、こんな気持になるんだ。なんだか――楽しいよ」
「もっと踏み込んでも大丈夫だ」
「本当かい? じゃあ遠慮無く」
堀井の足がアクセルを更に踏み込むと、肉食獣が狩りの時に上げる唸り声のようなエンジン音が響き、マフラーから白煙が立ち上った。
「すごい! 楽しい! いやこれ経験出来て良かった」
堀井は運転席から降りて立ち上がり、俊介に笑顔を見せた。
「そうか。良かったな」
堀井は興奮しながら懐からペンとメモ帳を取り出す。するとその背後から、
「シュン、珍しく親切だな」
いつの間にか近寄っていたショウが言った。片手には店内の自動販売機で買ったのであろう、アイスクリームがあった。
俊介は少しだけ声色を落とし、ショウの耳元で囁く。
「どうやら堀井は、学校の先輩らしいんだ」
「先輩とか気にするタマかよ」
「それだけじゃないさ」
俊介は空を見上げ、目を細めた。
「ショウに誘われて初めて走り屋の見学に行った時さ、同じことを相川さんがしてくれたんだ。俺はあれで走り屋になる決心したんだよ」
「そんなこともあったなー。高一の時だっけ?」
「そのくらいだったな。じゃあ俺、バイトあるからここで」
俊介は片手を上げて挨拶すると、興奮している堀井を押しのけて借り物のS15に乗り込んだ。そしてシートベルトを締めると、軽くクラクションを鳴らしてから駐車場から出発した。
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