第28話「羅針」
アーシャはルーナと共にアルバートの部屋を訪れていた。
すでにアーシャ達以外のメンバーは部屋に集まっており、皆椅子に腰掛けている。
「おまたせ」
「やっぱり私、この場に必要ないのでは……?」
今にも踵を返しそうなアーシャの顔は引き攣っていた。
「大丈夫ですよ。元々アルバートさんの我儘ですし」
そうアーシャに返したレモラが呆れたように苦笑する。
この一週間でレモラはアーシャに慣れたようで、よく喋るようになった。
その様子を横目にルーナがシャオラスの隣にある椅子に座る。
ルーナが腰掛けたことで、余計アーシャの場違い感が否めない。
何が嬉しくて標的にこれ以上の接触をしなければならないのか。
早々に退散しようとアーシャが決意をしたのを悟ったのか、アルバートが「おいで」と自身が腰掛けている寝台を叩いた。
──いや、普通にそこはダメでしょう。
拒否しようと周りを見渡して、椅子が無いことに気が付いた。
困ったようにルーナ達を見つめるが、皆に視線を逸らされてしまう。
どうやら彼の寝台に座るのは決定事項のようだ。
「……帰る」
くるりと回れ右をして、ドアノブに手をかける。
だが、ドアノブを回す事は叶わなかった。
なぜなら──
ふわりと身体が浮く。
足裏が地面とさよならをした感覚に、顔を強張らせるが浮遊は止まらない。
空中で動くスピードはあまり速くなく少しの気遣いを感じるが、本当に気遣いのできる人間はこんな強硬手段にでないだろう。
最近気が付いたのはアルバートはかなり強引だという事。
多少強引でも許される顔面が恨めしい。
シャオラス達が生贄の哀れな子羊を見るような顔をして、アーシャを見ている。
降ろされ彼の膝の上に座らされてしまえば逃げられるはずもなく、元凶であるアルバートを睨むことしか出来ない。
「睨んでも可愛いだけだって」
後ろから抱きしめられ、耳元で囁かれる。
それだけでも熱くなる顔。
思わず俯けば、クスクスと笑い声が降ってくる。
「お〜い。アル。そのぐらいにしといてやれよ。惚れた時と同じ状況がまたあった事にテンションが上ってるのは十分伝わったから。な?」
シャオラスが助け舟を出してくれるが、聞き捨てならない言葉が聞こえたのは気のせいだろうか。
──惚れた理由は何……?
その疑問に答える事ができるのはアルバートかシャオラスのみ。
アーシャは疑問を飲み込んで静観することにした。
彼の言葉にとりあえずは納得したのか、アーシャを抱きしめたまま話し始める。
「先日の……つっても一週間前になるのか。教会に喧嘩を売ったことで帝国に目をつけられた。この認識で間違っていないか?」
「それで、あってる」
「付け加えるなら、血眼になってオレらを探してる」
皆アーシャを気にせずに真面目に話しを進める。
もう少し、この状況に違和感を持って欲しい。
「なら、ウルスラグナに亡命しよう。あと一週間もすればこの船は向こうに出航するからな」
「……口を挟んで申し訳ないのだけど、その話私にして良かったの?」
どれだけ殺意や決意が揺らごうが、アーシャの任務に変わりはない。絶対に変わることのない、王命だからだ。
アーシャが揺らいでいる事が皇帝に伝われば――
──まぁ、いまさらだけど……。
彼が魔法を使えることや彼の危険性を報告しなかった挙げ句、昏睡している内に息の根を止めなかった。それが伝われば今度こそ処分は免れないだろう。
今、この時ですら首が飛ぶまでの猶予に過ぎない。
「構わないさ。どうせ着いてくるんだろ?」
「私があなたの追っかけみたいに言わないで欲しいわね」
「え? 違うのか?」
からかうように笑うシャオラスに、少し頬を膨らます。
アルバートが昏睡している間に不覚にも彼らとだいぶ打ち解けてしまった。冗談を言い合えるほどに。
少しだけ力の籠もった腕に気付かないふりをして、話の続きを促す。
「口を挟んで悪かったわ。続けて?」
「……そうだな。ほとぼりが冷めるまでどれぐらいかかるか、分かるか?」
アルバートがそう問えば、静観していたレモラが口を開く。
「二ヶ月ぐらいはどうでしょう? 騎士たちの捜索期間も満了するはずです。それに、それを過ぎてしまえば、たとえ見つかったとしても騎士たちは諦めが
一般に知られている捜索期間が二ヶ月な事。そして、騎士たちが真面目に職務を果たす気が無くなるのも二ヶ月だとレモラは語った。
頭のいい彼のことだ。開示していい情報は予め用意していたのだろう。
「なら二ヶ月間ウルスラグナに身を隠そう。異論は?」
「異議なーし」
「問題ない」
レモラがホッとした表情を浮かべる。
普段あまり意見を言わないレモラの提案はすんなりと受け入れられた。
「この船はあと一週間でウルスラグナに向けて出航するよな?」
「そうだな。まァ、オレら指名手配犯みたいだし、この船からは降りない方がいいと思うぜ」
「流石にそんな事はしない」
アルバートが苦笑する。
「ウルスラグナから、戻って来た後は……どうする?」
本題を避けて話を進める彼らに、ルーナが核心を突きつける。
少しの沈黙。
口を開いたのはアルバートだ。
「
「そう。皇帝の首を
彼の言葉に頷いて紡がれたものは、信じられない言葉だった。
虚を突かれた彼は、否、ルーナ以外のアーシャ含めた全員がポカンとルーナを見つめる。
「腐敗を止めるための手段」
彼女は本気だ。
自身の右腕だと言うのにその心中を知ることが出来なかったアーシャは、主人失格だろう。
初めて見るルーナの心の内側に、背筋が凍る。
見知っているはずのルーナが、正体の分からない怪物に見えた。
それほどまでに衝撃的な言葉だった。
「それは俺が『英雄』だからか?」
「ええ。英雄足り得る器を持つ、アルバートだから」
前髪を掻き上げた
前髪で隠れていた両目が露わになり、彼女が本気で言っているのだと痛感した。
彼女の瞳にはからかいなどの感情は一切ない。
ルーナは自分の思いが伝わったと判断したのか、前髪を下ろす。
「……少し、考えさせてくれ」
「分かった」
彼が出した結論は、返事を先延ばしにする事だった。
いきなり言われてもすぐに頷く事は出来ないだろう。
それを十分理解しているのかルーナはあっさりと引き下がった。
彼が目覚めた時にした会話がアーシャの頭を支配する。
『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言われている。歴史は繰り返すんだ。どれだけ時代が移り変わっても、人間の本質は変わらない。一度下剋上を覚えてしまった民は、また繰り返す』
もしも彼が現皇帝を打ち取れば、味をしめた民がそれを繰り返す。
不満があれば皇帝を打ち取ればいいと短絡的な考えになってしまう。それではアルバートが国を統治出来たとしても、根本的な解決にはならないのではないだろうか。
「なぜ『英雄』の存在が必要か、ちゃんと考えて」
ヒントだと言わんばかりの言葉をルーナが呟く。
「今後の方針も決まったことだし、そろそろ解散しようぜ」
「そうですね」
シャオラスもレモラも、彼に考える時間を設けるため立ち上がった。
「あぁ。また明日な」
アルバートの言葉に頷いたルーナ達は早々に部屋を出て行った。
──……あれ、私は?
置いてけぼりを食らったアーシャは腰に回った腕に力が入ったのを感じ、冷や汗をかいた。
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